心と頭と僕と僕
@seisuke
第1話静寂
ギィー
蝶つがいの寂れた音、いつからこの部屋を埃の住処にしてしまっただろう、ぼんやりと脳裏に浮かぶ過去の映像を無意識に見ていた。
追憶の上に立ち真っ直ぐと、やや上を見上げて僕は思う、精一杯生きているだろうか。24時間が無限に続く中僕の命は有限なのに、僕はこの部屋になにをしにやってきたんだっけ?………
思えば小学校、中学校、高校、大学、いつだって僕には自分で決めた事が1つだってない、みんなが流行りのゲームやってるから僕もやる、みんなが笑ってるから僕も笑う、同調圧力とかそんなんじゃない、周りに溶け込む事が僕の生き甲斐なんだ
社会人になって四年目の春、この現実に狼狽仕切っていた。そんな僕を見かねて上司は僕に声をかけてくれた、(三年頑張れよ)、一体何をもって三年なのだろうか、聞いたって反射的に昔からそうなんだよって、根拠のない浅はかな答えしか返ってこない、事実、正確に答えられる人間なんてこの会社にはいない、かといってそれを覆す力も僕にはない、無気力に、表面的に、本音を隠して生きてきた結果いつのまにか過ぎていた。
何か掴めたかい?
いや………何も………
昔から変わらずに現代まで伝わっているんだ、その慣習には意味があるに違いないんだ、考えるな、感じろ、灰色の空が浮かぶ小さな脳みそで絞り出した答えが間違っていたのか、認めたくなかったんだ、結局人の言いなり、自分で決断出来ずにダラダラと過ごしたこの三年間は、……糞だ
ふと、机に目を向ける、右側にノートパソコンが置かれ、左側には一冊の本、小綺麗に配置された文房具達は僕の性格を表していた。……なんだっけ……これ、僅かに首を傾げると、積もった埃を払いながらその黒い本を手に取った。
○月×日土曜日
「今日はうんどうかいがあった、だから、土よう日なのにがっこうにいった。パパもママもきてくれた。しょうごくんに、かけっこでまけちゃったけど、とてもたのしかった」
あははなんだ、日記かあ……そういえば書いてたっけなあ、汚い字だけどちゃんと伝わってるよ、昔の僕。懐かしいなあ、しょうご君は今頃何やってるんだろうな、5年生になった時に引っ越しちゃったんだよなあ、そうそう確か……
○月×日金曜日
「今日はしょうご君のお別れ会をした、先生が言ってたけど死ぬわけじゃない、またぜったい会えるからそれまでみんな一生けんめい生きるんだ。」
この日だ、かけっこも結局1回も勝てずにさよならって悔しかったな、けどそんな事よりやっぱりもう会えない寂しさが子供ながらに重く心が泣いたよ。
顔を上げた、聞こえていた運動会の声援と音楽が寂れた部屋の沈黙に変わる、教室で歌うクラスメイトと彩られた黒板が、現実に散った、少しの間夢のようだった、しかし、確かに存在した過去、こんな時いつも思うんだ、過去は今でもそこに在り続けているんじゃないのか、遠い記憶にしてはあまりにも鮮明すぎる、境界線なんて実はなくて、気付かないうちに行ったり来たりしているのではないのか。産まれてから死ぬまでの人生は本当は終わっていて、復習をしているだけではないのか。……あほくさ
○月×日日曜日
「中学に上がり初めてのテスト期間、小学校とは違い定期的に大きなテストを受けなければならない、ちょっとだけ緊張するなあ…勉強しなくちゃね。」
そうだ、中学校から評価の仕方ががらりと変わったんだ、テストは今までもあったけど、あんなの仕組まれた賞賛会、ほとんど全員が高得点、80点から100点の間にいる、みんな同じ、みんな友達、うんうん、いい子いい子、幸せだね。出る杭は打たれ、容姿は揃えられ、先生の言う事は絶対で……気づくわけないよねこの違和感に、子供にとっては学校と家庭こそ世界そのもの、なりたい職業はスポーツ選手かケーキ屋さんか、仕事って何、社会って何、小学校高学年であれば理解出来る年齢じゃないか、それをいつまでも出し惜しみ可能性を潰しているのは大人じゃないのか、にもかかわらずやりたい事を見つけろなんて無茶言うなよ、挙げ句の果てにゆとり世代だって?責任逃れも甚だしい。
……………………おえ
やめよう、せっかくの休みじゃないか、それに、考えたって意味なんてない、もう過ぎ去った事じゃないか情けないぞ、自分……
パラっ
○月×日金曜日
「高校最後の球技大会があった、バスケットボールクラス対抗、うちのクラスは6組中、2位と大健闘、泣いたり笑ったりした。主要メンバーの修二が怪我してなけりゃ、勝算あったかも?とにかく、青春謳歌、ありがとう3年2組。」
ああ惜しかったんだよなあ、決勝戦で後半始まってすぐ相手チームとゴール下で接触した時に修二足捻っちゃって……その後当時付き合ってた僕の彼女に付き添われて保健室に行ったけど……………そう、僕の彼女に……修二は確かに彼女いなかったよ、そして僕の彼女が困っている人を放って置けない性格なのも熟知していたよ、そんな彼女に惹かれたんだから、あのあと保健室で何があったかなんて知りたくないよ、最後まで戦い抜いた彼氏の方が、僕の方が大事なんじゃないのか、勿論エースでもないよ、修二の変わりに僕が抜けてたら試合には勝ってたかもしれないね、なあ、一か月もしないうちに好きな人が出来たのって、馬鹿にしてんじゃねえよ受験期真っ只中、怒りと喪失感で勉強なんてできねえよ第1志望には行けず、浪人もする気もなく行ける大学で妥協して…………ああ、落ち着けよ……僕は何を、昔のことに熱くなってんだ……落ち着けよ。
カフェインを取り過ぎてしまった時のように、鼓動が僕を圧迫する、動悸、思わず涙がでた、今思えばそれでも楽しかった、青春って、何も楽しい思い出だけを記憶する媒体ではないんだから。苦い思い出も、甘く酸っぱい思い出も、全部引っくるめて青く儚い。
○月×土曜日
「新入生歓迎会、いわゆる新歓が行われた。大学生になったんだなあって実感、心機一転、新しい道を行こう」
この飲み会に救われたような気がした。いつまでも付き纏う辛く重い高校時代を浄化してくれた気がした。新しい場所、新しい環境、新しい友達、全てが新鮮でみずみずしく、青春はまだまだ続くなんて淡く期待していた。普通でいい、普通で、僕には煌びやかな世界は遠く雲の上、それをぼうっと眺めて寝転びたい。
そこから平凡な日常が綴られていた、同じような日記が多数存在していてもおかしくない程の内容、平々凡々、平穏無事、なにもないなにも
パラララ
ん?
理解月不能日死ね曜日
「普通でいいと望んでいるのに、誰も聞いていないのか、誰もいないのか僕がなにか身の丈に合わないものをお願いしたか、してないだろう。あのバカ殺してやろうかマジで。」
…………ああ、あの時だ、平凡な毎日を繰り返していく中今度こそ本気で信頼できる彼女を見つけたんだ。それに、今度は彼女の方から告白してきたから他の男に目移りする心配は少しだけ緩和されていた。僅か3か月。1通のメッセージ
ごめん彼氏にバレたからもう連絡しないで
は?
誰?彼氏?それって僕のことじゃないの?僕のこと好きだよって言わなかった?彼氏いるなんて一言も言ってないよね?僕ら付き合ってすらないの?口から出る言葉は全て偽りかい?それなら一体いくつ僕に嘘をついたんだい?数なんて数えらんないよね?なんで手を繋いだんだい?2度と絡めないように指落としてやろうか?なんでキスしたんだい?2度と開かないようにアイロンで溶かしてやろうか?たかが3か月、信頼もクソも、元々存在すらしなかったんだ。僕が作り上げた幻想、夢想、まばたきをする前後で違う世界にいるみたいだ、まばたきをした回数分世界が存在するとしたら……そんなのもう……ああ……落ち着けよ、理性を欠いてしまっては動物と同じ、整合性を追えば自ずと見えてくる物質こそ真実だ。
深呼吸しよう。顔をあげよう。この程度誰だって経験し得る事、もっと酷いやつなんてごまんといる、痛みなくして成長はないんだ。ああ、大丈夫、大丈夫だよ。
過去を振り返るのはもう止めよう、それではいつまで経っても先へ進まない。日記を書くことは思考を整理する意味ではとても優れているとは思うけど、読み返すものではないのかもね、もっと最近の、最近思い出ならそう痛む事もない。
パラララ
○月×日水曜日
「もう、人生に楽しみを見つける事が出来なくなってしまっていた、学生の頃は入学や卒業が人生の大切な分岐点となり、それを追う事で希望を絶やさずにできていた。今はもう、これから40年も続く家と地獄の繰り返しに……もう……僕……」
随分とネガティブな内容だ情けないぞ僕。あのなあ人生死ななければ必ずいい事あるんだから頑張れよ僕。
パララ
○月×日月曜日
「誰も僕を見つけてくれなかった。」
ん?
○月×日火曜日
「今日も誰もやって来ることはなかった。」
○月×日水曜日
「誰も来ない」
○月×日木曜日
「誰も来ない」
○月×日金曜日
「誰も来ない」
ふと、窓際に目を向けた、首を吊った僕がゆらゆらと、光を失ったその両目で、僕を睨みつけていた。
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