淡いゆめ

サトミサラ

淡いゆめ

 電車がホームから出ていくのを見届けた私は、誰もいなくなってしずかになったベンチに腰掛けた。ひとつ電車を見送ってしまったから、お母さんは帰りが遅いのを怒るかもしれない。それでも私は、一歩を踏み出すことができなかった。

 思っていたよりもずっと、恋だった。

 女の子はすぐに推しという言葉に逃げるけど、それはやっぱり言い訳なのだと知った。だって、別に振られたわけでもないのに、じんわりと目頭が熱い。私は泣きそうになりながらも、頭の中はすっきりとしていて、おかしな気分だった。いつもよりずっと冷静に思考している気さえしてきた。辺りがしずかだから、余計に私の考えが冴えている。次の電車の時間を確認しようと鞄から携帯電話を取り出したら、後ろから話し声が聞こえた。反対側のホームに、だれかが来たらしかった。

 あ、同じ部活の人たちだ。

 そう思ったら彼を探してしまって、私はやっぱりそこに立ち止まるしかなくなった。

 憧れの先輩と、花火を見に行く約束をした。バイトが入ったと言われたのが数分前で、二日後に迫る花火大会は晴れの予報も意味をなさず、行けないことになってしまった。逃げるように、みんなより早く自主練を切り上げたのに、さっきの電車に乗らなかったせいで鉢合わせてしまったのだ。

 別に失恋したとか、そんな大げさなことじゃない。ただ一週間楽しみにしていた花火に、行けなくなっただけ。もちろん先輩は何も悪くない。「ごめん、行けなくなったんだ」と話した先輩は、確かに申し訳なさそうな顔をしていた。

 次の電車が、強風をまとってホームに駆け込んできた。私は彼らに背中を向け、電車へ一歩踏み出した。「ホームと電車の間が広く空いている場所がありますので、足元にお気をつけてご乗車になってください」なんて、そっけない声で誰かが告げた。思わず足元を見たら、世界が色薄くゆがんで、私はまた電車に上手く乗ることができなかった。

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淡いゆめ サトミサラ @sarasa-mls

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