第3話

 次は授業の様子を見てみよう。ハジメのクラスの4時間目は学活だった。来週の学活の時間は、レクリエーション大会に充てられることが決まっている。今日は、その内容決めをすることになっていた。とはいっても、実はその話し合いは前回既に始まっており、話がまとまらなかったので、今回に持ち越しになったのだ。


 こうしたレクリエーション大会では、無論ゲートボールが内容の有力候補となる。しかし、他の遊びが淘汰されたわけではない。前回もゲートボールと鬼ごっこが競り合って、決着がつかなかったのだ。もっともゲートボールの人気はさすがで、既にクラスの3分の2の支持を得ており、じゃんけん大会、クイズ大会、かくれんぼなどの主要な遊びを屠ってしまっている。残る相手は鬼ごっこだけだった。


「はい、ユウマくん」


 ハジメは、この議論の司会をしていた。もっとも司会の仕事は持ち回りなので、ハジメは司会慣れしているわけではない。それでも一生懸命、与えられた仕事をこなそうとしていた。


「あのー、もう半ぶんい上さんせいしているんだから、ゲートボールでいいとおもいます」


「おなじでーす」


 賛同の声がクラスに飛び交う。続けざまに女子児童も発言を始めた。


「わたしもそうおもいます。ちょうど半ぶんだったらだめだけど、30人ちかくさんせいしているので、ゲートボールがいいとおもいます」


 ゲートボールの勝利は確実に思われた。ハジメ自身もゲートボールに手を挙げていたので、そろそろ決定としたかった。


「では、さんせいも多いのでゲートボールできまりで……」


 しかし、そこにクギを指したのが、議論の進行を見守っていた担任の大石先生だった。


「みんな。そんなふうに、多数決だけで決めちゃっていいのかな?」


 大石先生は学校内でも期待されている若手教員であり、もちろんゲートボールの審判資格は保有している。近年では、この審判資格がないと教員採用試験に合格することすら難しいのだ。

 

 大石先生自体、ゲートボールの大ファンであり、それゆえに小学校教員になったような人物である。ゆえに、一番ゲートボールがやりたいのは、実は大石先生なのだ。しかしここは教育現場。そのような個人的な欲求は抑えて、クラスの議論をよい方向に導いてやらなければならない。


「……」


 議論は止まってしまった。数の上でゲートボールに軍配が上がっていることは明らかだ。これ以上何を話し合う必要があるのか。小学生の多くはそう思ったことだろう。司会のハジメも、どうすればいいのかわからなくなり、おろおろしていた。


 しかしここで、沈黙を破って一人の女子が手を挙げたのだ。


「……いけんがあります」


 助け舟だ。ハジメはほっとして、すぐさまその女子を指名する。


「はい、どうぞ」


「あのー、だったら、ゲートボールとおにごっこをまぜた、『ゲートボールおにごっこ』をやればいいとおもいます」


 次の瞬間、教室は明るくなった。そうか、これならばゲートボールと鬼ごっこの両方を立てることができ、多数決も乗り越えられているではないか。


「さんせいでーす」


「わたしもさんせいです」


「ぼくも」


 飛びつくように賛成する児童たち。大石先生も、クラスの意向を認めることにした。同時に大石先生は、ゲートボールができるということで内心ほっとしていた。


「では、ゲートボールおにごっこできまりにしたいとおもいます。いいですか」


「いいでーす」


 拍手が飛び交う。ハジメは役目を果たし、満足感とともに自分の席へと戻った。


「お疲れさま。難しい話し合いだったけど、よくまとめたね」


 大石先生からの労いの言葉もあって、もう一度なら司会をやってみてもいいかな、などとハジメは思ってしまうのだった。こうして円満に、4時間目は終了した。


 しかし誰一人として、「ゲートボール鬼ごっこ」とはどのような遊びなのか、わかってはいなかった。

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