第5話 おいしいごはんの作り方 後編

目的の薬草を採取し終えた3人は森から離れ、岩場のある開けた場所で休憩がてら昼食をとることにした。


ここなら視界もひらけているし安心して食事にありつける。


あの後も途中何度か戦闘をすることになったので3人の空腹は限界に近かった。


街で作ってもらっていたサンドウィッチ弁当、それと水を取り出していた戦士とアーチャーに対し、神官の少女は下げていた大き目の肩掛けバッグから小鍋と、焚き火の上に鍋を置くための三脚を取り出している。


それからスープボウルを3つに、既に一口サイズに切ってあるジャガイモとタマネギ、そしてベーコンが入った袋。




「大きな荷物してるなって思ってたけどもしかしてなにか作ってくれたりするの?」




アーチャーが黄色い声を上げている。




「はい、スープでも作ろうかと。お二人とも疲れているでしょうし。」


「出先で温かい食べ物が食べられるのはありがたいな。」


「楽しみー!それじゃ私近くで小枝とか拾ってくるわね。」


「いえ、それには及びません。」


「え?でも焚き火が・・・。」




引き止められ戸惑うアーチャーに神官は曖昧に笑って返し、三脚に鍋を置き、具や水、塩を入れる。


そして三脚の下に杖を向ける。




「ファイアーボール!」




瞬間、杖の先から小さな火球が現れた。


驚く戦士とアーチャー。




「神官君、攻撃魔法も使えたの?」


「いえ・・・独学で習得したので物に着火できたり、こうして鍋を温め続けるくらいしか出せなくて。とても攻撃には使えません。こうして料理に使う分には便利なんですけどね。」


「それでも魔法の使えない俺なんかには相当すごく見えるけどな。」


「そうそう、私も魔法はからきしだったからなー。」




褒められた神官は片手で魔法を維持するために杖をかざし続け、もう片方の手は鍋をかき混ぜている。


思わず「器用なもんだな。」と呟く戦士に照れ笑いだ。


鍋の中ではコトコトと音を立てながら野菜やベーコンが踊り始めていた。




「いいにおい・・・。」


「これは楽しみだなあ。」


「もう少しでできますよ。最後に・・・。」




そういいつつ杖を側に置き、バッグから小瓶を取り出す神官。


傾けた小瓶から粘性の高い液体が鍋の中に零れ落ちていく。




「その小瓶は?」


「隠し味です。」


「ほほう・・・やけに本格的だな。」


「趣味でよく作っているもので。」


「はやく食べたいー!ね、もういいんじゃない?」




アーチャーは待ちきれないようだ。


戦士も匂いにつられ体を揺らしている。




これでよし、と最終的な味見をしてからスープを器によそっていく。


渡されたボウルから湯気と共に立ち上る匂いにゴクリと喉を鳴らす二人。


フー、フー、と息をかけて冷ましながら口をつける。




ジャガイモはホロリと崩れ、タマネギは噛むと自然な甘味と香味を運ぶ。


噛み締めたベーコンからにじむ塩気と脂気がたまらない。


なにより野菜と肉のうま味が溶け出したスープが戦闘で疲れた体にじんわりと染み渡る。


ハーブも入っているのだろうか?後味にほんのりと爽やかな風味まで感じられて美味しい。


隠し味だと言って最後に入れた調味料のおかげだろう、薄いトロミが具全体をまとめていた。


夢中でかきこむ。




「おいしい・・・味付けは塩だけよね?なんでこんなにおいしいの・・・!」


「外で食べる食事は確かに美味いが・・・それだけじゃないな。」


「お口に合ったようでよかったです。スライムの粘液もいい感じにうま味を出してくれてますね。」




「「え゛」」




柔らかだった食事の空気が止まった。




「いいいい、今なんか言ってた?なんかスライムって聞こえた気がするんだけど・・・。」


「お、俺は聞き間違いだと思うけどな?ま、まさかな?」




動揺する戦士とアーチャー。


聞き間違えであってほしい。そう二人の目は神官へと切実に訴えかけている。




「いえ、最後に隠し味でスライムの粘液を入れたんですよ。」


「「なんですとーーーーー!!!!」」




仲良く同時に叫ぶ。




「そ、そんなに叫んだら魔物が寄ってきちゃいますよう!」


「な、な、なんでスープにスライムなんて入れてるの!?」


「わざわざそんなもの入れなくてもいいんじゃ」


「ええ・・・?スライムの粘液は危険なものじゃないですよ・・・!」




詰め寄るアーチャーに神官は困惑している。


自分が原因とはいえなんとかこの場を落ち着かせなくては・・・


そう思いバッグから鈍器を取り出す。


いや、鈍器ではなかった。安全マニュアルだ。


なぜわざわざ持ち歩いているのか・・・重いのに・・・アーチャーよりも幾分か落ち着いていた戦士は密かに心の中で突っ込む。




「お二人とも安全マニュアルの最後の方を読んでください!」


「・・・最後の方?」




神官の謎の行動にマニュアルを覗き込む二人。


開いたページのタイトルはこう記されている。






<お金が心もとない?節約したい!魔物を食べてみたい!そんな時のための魔物飯レシピ!>


※ここに記載されているレシピはギルドのオーナー自らが実践し安全を保証したものです!安心してドンドン料理していきましょう!






「ええええ・・・・・・・・・」




アーチャーが呻く。


一方戦士は興味深げに読んでいる。


二人とも自炊をする習慣もなく、街の食堂や商店を利用していたタイプだ。


後ろの方にオマケ程度で記載されていたレシピは読み飛ばしていたのだろう。




<精製されたスライムの粘液は新種のうま味成分がたっぷり含まれていてどの料理に入れてもおいしくなります!トロミをつけるのにも使いやすくオススメです。草食なのでハーブのような香りもする万能調味料です。>




その一文を指差して神官は必死に弁明する。


よかれと思ってしたことなのだろう、ちょっと涙目だ。




「騙すつまりはなかったんです!おいしい物をお二人に食べてもらいたくて!自分で味見もしました!」


「む・・・そんなに責めるつもりはなかったんだ。スープは美味かったし。」


「そ、そうね・・・ちょっと驚いただけっていうか・・・。」




確かに美味しかったのだ。


魔物とはいえおいしいならいいんじゃないか?二人がそう納得しかけていた時、神官は更にとんでもないことを言い出した。




「街の食堂でも普通に使っている所もありますし!」




「「え゛」」




あまり聞きたくなかった事実だ。




「それってどこの食堂なのかなー・・・私気になっちゃうー・・・・・・」


「噴水広場の通りのパン屋さんが隣にあるところです。」


「あ、あー・・・・・・普通にいきつけだわ・・・。」




あそこは煮込み料理が美味しいのよね・・・ちょっとハーブきいててさ・・・。


アーチャーは驚く気力もない。遠い目をしていた。




「他にもギルドの少し右に行ったところにある角の酒場とか。」


「俺のお気に入りの場所が!」




この依頼が終わったら案内しようと思っていたのに。でも美味いならいいか・・・。


戦士は達観し始めていた。






「料理が趣味だったのでおいしいお店は全部チェックしてレシピを聞いていたりしてたんです。それで魔物料理に興味を持って・・・」


「ま、まあ料理にスライムを入れるのは街でもしていることなんだな。なにもおかしくはないな。」


「そうね、美味しかったしね!マニュアルにあったなんて驚きよね!」




動揺していたとはいえ詰め寄ったことを謝る二人。


どちらも無理やり自分に言い聞かせて納得したのだろう、少しぎこちない。




「いえ、私も確認しておくべきでしたね。でも納得してもらえてよかったです。」


「ううん。スープごちそうさま。ありがとね。」


「俺達に美味いものを食べさせたかっただけなんだろ?神官はなにも悪くないさ。」






無骨な戦士、おっとり神官、明るいアーチャー。


3人が手を取り合い尊重する。


なんとも美しいパーティーの風景だった。


打ち解けた様子に安心した神官がモジモジとしながら声をかける。




「あ、あの・・・スライムで納得してもらったついでで少しお願いがあるのですが。」


「どうしたの?パーティーなんだから遠慮しないで。」


「言ってみてくれ。いくらでも協力しよう。」






「グレートボアも食べてみたいなって。」


「「え゛」」




神官は恥ずかしそうに顔を赤らめ、続けた。




「マニュアルで食べられるって見てワクワクしてたんです。森で倒したやつの肉を少し取りに戻りたくて・・・麻痺毒だって解毒の魔法をかければイケると思うんです!」


「「ええ~~~~~・・・・・・・・・・・・。」」






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―――グレートボアはめちゃくちゃ美味かった。


戦士とアーチャーはなにかを悟ったような、諦めたような・・・そんな目で語っていた。






数日後、受付嬢が賑やかなギルド内の休憩スペースで今日はなにを食べるか、そんなことを熱く議論している3人の姿を見かける。


マッチング以降、気が合って固定で組むことになったのだろう。


よかったと安心している受付嬢はアーチャーと戦士が神官に胃袋をガッツリつかまれているなんてことを知る由もなかった。

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