第4話 おいしいごはんの作り方 前編
街からほどなく離れた場所にある森へ、3人組のパーティーを組んだ冒険者が足を踏み入れた。
街の外の森にしか自生しない薬草を取りに行く依頼を受けているのだ。
先頭を歩く戦士の男性はおっかなびっくり、おそるおそるといった具合で歩みを進めている。
その様子を神官の少女とアーチャーである女性が見ていた。
アーチャーは笑いを堪えた様子だ。
「そんなに笑うなって。先頭を歩くのって思った以上に不安なんだぞ。」
「ごめんごめん、でもそんなに視界が悪いって訳じゃないからもっと力を抜いていいのよ。私も後ろから見てるし。」
呆れたように声をかける戦士に対して女性は明るい調子で詫びた。
フォローの言葉もあってか少しだけ肩の力を抜く。
「む・・・それもそうだな。少し気を張り過ぎていたか。」
「戦士さんは引率の方が同行しない状態での冒険はこれが初めてなんですよね。仕方ないですよ。」
「実は私もなんだけどね。」
アーチャーが肩をすくめて言う。
「私は一度だけ。パーティーの神官が体調不良で穴が空いてるということで臨時で同行させてもらったくらいですね。」
「なるほどな。まあ、みんな不慣れってことだ。」
「そういうこと。だから緊張しないで気楽にいきましょ。3人ともお墨付きをもらってここにいるんだから。」
相手の技量に疑問を抱くはずはなかった。
今日初めてマッチングでパーティーを組むことになった3人だがそのあたりは信頼できる。
あのやたらと石橋を叩きたがるギルドの育成プランを乗り越え、更に熟練冒険者の手ほどきも受けて初めて街の外であるこの場にいるのだから。
「―――シッ!」
先程までの和やかな雰囲気から一変、戦士は剣と円盾を構えながら二人に合図を送る。
それを聞いて後ろをついてくる二人も即座に戦闘の姿勢に入った。
気楽にいこうという台詞を言っていた割りには対応が早い。
これも先人の教えと安全マニュアルが染み付いたおかげだ。
戦士の見据える先には大猪・・・グレートボアが草を踏み固めながら移動していた。
こちらの匂いに気付いているのかしきりに鼻を動かしあたりを見回している。
唐突に現れた大物に3人は緊張を高める。
「プロテクション!」
神官が戦士にバフをかける。
相手に気付かれないようにごく小さい声だ。
「少しの間だけ受ける衝撃を和らげます・・・あまり持たないので気をつけてください。」
「助かる。アーチャーは先に矢を撃って相手を奇襲してくれ。その間に俺が接近して組み付く。」
「分かった。」
奇襲を指示されたアーチャーが弓を限界まで引き絞り狙いをつけ、グレートボアが鼻を鳴らしこちらへ顔を向けるその瞬間を見定めていた。
ヒュンッ
鋭い音を鳴らしてアーチャーの矢が放たれた。
「プギイイイイイィィィッ!!!!」
断末魔のような鳴き声が森に木霊する。
アーチャーの矢はグレートボアの目に命中し、突然の痛みに暴れる目元からは血液が舞っている。
その隙を逃さず戦士が間合いを詰め首元へと剣を突き入れる。
しかし、暴れている相手に狙いがわずかにずれたのか致命傷には至らない。
即座に剣を引き抜き盾を構え防御の姿勢を取る戦士。
―――ギインッ!!!
頭を振りかぶり暴れる相手の大きな牙を円盾が防ぐも、腕が痺れるほどの衝撃だ。
一旦距離を取りつつも焦る。
(プロテクションで軽減してこの衝撃か・・・!早く決着をつけないとマズイな。)
幸い向こうはまだ片目を潰された痛みに興奮して暴れているだけだ。
もう一度急所を狙いに行こうと剣を構え、間合いをつめようとした時―――
突如グレートボアの体が傾いた。
「え?」
そのままズシンと音を立て地に伏せる巨体になにがなんだかわからない。
予想外の出来事に呆けている戦士の後ろから声がかかる。
「念のために最初の矢に痺れ毒を使ったの。過信されても困るから黙っていたのだけれど。」
「お、おお・・・すまんな。最初の一撃でトドメを刺したかったんだがあんまり暴れるもんだから少しズレてしまってな・・・正直何度も攻撃を受けられないと思っていたから助かった。」
その場で座り込んで戦士は大きく息を吐いて安心する。
神官が駆け寄り、痺れの残る腕に回復魔法をかけていく。
「ありがとう、プロテクションがなかったら折れていたかもしれないな。」
「いいえお役に立てたのならいいんです。」
「そうそう、倒れたといっても痺れているだけだから起き上がる前に早いところトドメを刺したほうがいいわね。」
「ああそうだな。」
腕をさすりながら獲物に近づく。
目の前に転がるグレートボアはよく見るとピクピクと小刻みに震えている。
首元へ刃を入れて気道を断ち切り、さらに念のためと肋骨の間から心臓も刺しておく。
これで安心だ。
「それにしてもすごい毒だな。」
「目に当たったし、興奮して暴れてたから毒の回りが早かったのね。早く倒れてくれてよかった。」
そう謙虚に言いつつアーチャーは腰に手を当てて得意げだ。
自分の作戦が功を奏したのがよほど嬉しいのだろう。
トドメを刺して完全に沈黙したグレートボアの口を開き、大きな牙の根元に勢いよく剣の柄を叩き込んで折る。
折れた牙をバックパックに丁重に仕舞って戦士がにやける。
「こいつの牙はいい値で売れるからな、臨時収入だ。」
「臨時収入もいいけど本来の目的を忘れちゃだめよ。」
「わかってるわかってる。」
「まあまあ、二人とも。戻ったらお疲れ様会でも開きましょうか。」
「いいねえ。初めて自力で冒険に出たんだ。記念ってことで豪華にいきたいよな。」
「さんせーい!」
「俺のお気に入りの酒場に案内するよ。」
戦闘を無事に終えて緊張が溶けたのだろう。
なごやかな空気すら漂うパーティーだった。
「―――そういえばこのグレートボアのお肉は食べられないんでしょうか?」
「ええっ?麻痺毒を使ったからあまり食べないほうがいいと思うけど・・・。」
「そうですか・・・それは残念です。」
「そもそも魔物を食べる冒険者の方が少ないんじゃないか?」
「わざわざ食べなくてもねー。」
おいしいものは他に沢山あるんだし。そうアーチャーが付け足す。
彼らのいる街では冒険者のための支援がやたらと充実していた。
依頼にいく時は馴染みの食堂に頼めば快く片手で食べられる範囲で弁当を作ってもらえるし、長期で外へ出る場合を想定して携帯保存食を専門で取り扱う商店まであるほどだ。
中でもギルドのオーナーがレシピを公開している「ウメボシ」という杏の塩漬けは、独特の酸味と塩気が疲れた体に効くし日持ちもすることで冒険者の間で異様な人気を誇っている。
優秀な食料が他にあるのだ。わざわざ現場で狩猟して肉を食う、なんて発想はあまり思い浮かぶものではなかった。
「安全マニュアルにもグレートボアはおいしいってあったもので。」
「あれはお金が心もとない時のための野外飯ってあったじゃない。早く先にいきましょ?」
「ああ、日が暮れる前に街に着きたいからな。」
先を急ぐ二人を追いかけながらも神官は倒されたグレートボアを少し名残惜しそうに見やっていた。
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