第3話 新規登録はこちらです 後編

青年が最初に冒険者ギルドを訪れた日からふた月の時間が経っていた。


安全マニュアルを守って週のうち5日は畑仕事や土木工事などの依頼で体力の増強と魔法の訓練。


残りの2日は休息とマニュアルを読んでの勉強に当てる。




そんな生活を送っていた青年は、二ヶ月前とは見違えるほどの成長を見せていた。。




畑に向かって杖をかざし集中する青年。




(浅く、広く・・・)


(もっと広く・・・遠くまで・・・)




「アースグレイブッ!」




魔法を唱えると畑一面が瞬時に柔らかい土へと耕されていく。


端から端まで、畑の側を歩いて回り確実に耕されていることを確認した青年は続けて杖をかざす。




(今度はほんの少し強めに・・・範囲を絞って)




「アースグレイブ!」




耕された畑に盛り上がった列ができる。


ここに等間隔に種を植えて作物を育成する、いわゆる畝うねだ。


少し間を離して次の畝をまた作るために魔法を唱える。


次は新しく習得した<ストーンブラスト>で畑に混ざった小石を打ち上げて取り除いていく。




そうしてすべての作業を終え汗を拭う青年にジャガイモ畑の草むしりをしていたはずの依頼主のオヤジが声をかけた。




「もう終わったのか?悪いな、カブの畑までやってもらって。」


「いやいいんだ。耕すだけならすぐにできることだから。」


「しかし随分と立派に成長してまあ・・・冒険者よりも農家やった方がいいと思うぜ。」


「まさか。俺が本気を出したらオヤジさんが失業することになる。」


「ハハハ!ナマイキ言う口まで育ちやがった!」




ニヤリと笑い、眼鏡をクイッとする青年の背中を力強く叩くオヤジ。


最初の頃は背中を叩かれて前に転がっていったものだが今ではビクともしない。




「橋の土木工事も手伝ってるんだって?活躍してるじゃないか。」


「少しの間<アーススパイク>を応用して土壁を作って水をせき止めるだけだ。畑に比べれば楽させてもらってたよ。」


「ほお、ウチじゃあ別の仕事までしてもらってるんだ。こりゃ給料弾まないと怒られちまうな!」


「これ以上もらったらまた給料泥棒になりそうだからやめておくよ。」




最初の頃を思い出して苦笑いする青年。


ローブと高い靴で畑に入っていたのも今となってはいい思い出だ。








「・・・それで、今日の依頼で最後だろ?」




コクリ。


先程の冗談とは打って変わって話を切り出すオヤジに青年は大きく頷く。




「この依頼を報告したら次のランクにいけるようになるみたいだ。その・・・オヤジさんには世話になった。」




ありがとうございました。


そう言って丁寧に頭を下げる青年。




「おう、今の兄ちゃんなら街の外に出ても安心だ。寂しくなったらいつでも手伝いに来ていいぞ。」


「収穫の時期になったらまた手伝いに行くよ。」


「気にすんな!じゃあこれからが本番だからな、頑張れよ!」




オヤジと固く握手をする。


もう会えなくなる訳ではないがなんとなく名残惜しい、そんなことを思いながら青年はギルドへ向かうのだった。






====================






「―――はい、すべての審査が完了しました。Dランクへのランクアップおめでとうございます。」




新しい免許のカードを渡しながら受付嬢は満面の笑みで青年に告げる。




「2ヶ月ほどですかね?修行期間お疲れ様でした。」


「ああ、いい経験をさせてもらった。」


「これからは街の外へ行く依頼が多くなると思いますが、この感じだと大丈夫そうですね。


安全マニュアルも守っているし、安心して依頼をお任せできそうです。」




受付嬢はなんだか嬉しそうだ。




「それじゃあ早速依頼を受けたいんだが・・・。」




青年はウズウズしている。


ようやく冒険者らしく街の外へ出て魔物の討伐をできるようになったのだ。


はしゃいでいるのだろう、期待に目を輝かせていた。




「そうですね。でも今日はお疲れでしょうから明日からの依頼としてお願いしますね。その前に・・・。」


「ああ、説明があるんだな。」


「はい、安全のためにギルドには説明責任がありますので。ご了承ください。」


「分かっている。」




それじゃあ頼む、と付け足した青年は素直だ。


その様子に成長したなあ、と受付嬢は内心関心しながらも説明していく。




「Dランクの冒険者さん達にお願いしているのは主に外でしか取れない薬草や鉱石類の採取や簡単な地質調査などのフィールドワークです。」


「フィールドワーク?それじゃ討伐なんかはまだできないのか?」


「いえ、具体的にどの魔物を討伐してきてほしいというお願いでないだけで街から離れた場所へ向かって頂くのですから魔物との接触は避けられないでしょう。」




討伐依頼というのは基本的に人の生活に脅威となりうる魔物を指定するものを指す。


街からそう離れていない場所に住処を作るゴブリンやオーク、鉱山に寄り付くワームなんかがそうだ。


そういう類の魔物討伐はひとつ上のCランクでお願いしていると受付嬢は言う。


気性の荒いドラゴンや上位種の魔物なんかの討伐になるとまたランクが上がっていく。


なんとも先の長そうな話だなと青年は思った。


初日にSランクになるには・・・なんて言っていた自分がなんとも滑稽だったとも。




「依頼中に遭遇した魔物がいれば倒して爪や牙、毛皮を持ち帰ってください。素材はギルドで買取します。もちろん鍛冶屋さんに持ち込んでご自分の装備の強化に使っていただいても構いません。」


「追加報酬ということだな。」


「そうなりますね。それと・・・ここからが大事なところなのですが。」




受付嬢は名簿らしきものを取り出す。




「安全を考えて基本外へはパーティーを組んで向かって頂く事になるんですが、今まで一人で活動してきたなかで突然パーティーと言われて戸惑う方も多いんです。」


「言われてみれば確かにそうだな・・・。」


「なので最初の数回は熟練の冒険者の方が同行して、パーティーの基本を教えてもらったり、慣れて頂く決まりとっています。そこから同じランクの冒険者さん達とギルド内でマッチングして固定でパーティーを組む形ですね。」


「なるほど・・・しかし熟練のだなんて上のランクの人間がわざわざ下のランクの依頼に同行してくれるものなのか?」




青年は怪訝そうな顔をする。


上級の冒険者は長期の依頼で街を離れていることも多いと聞くし、なにより忙しい。


そう簡単にボランティアじみた仕事を引き受けてくれるものだろうか。




「熟練のと言っても上級の冒険者ではなく、既に引退した方達ですね。熟練だけあって顔も広いですし、色々と力になってくれますよ。安心です!」




ここで同行してくれた冒険者は師匠のような存在としても扱われることが多い。


最初の同行だけでなくそれ以降も依頼に行き詰った時などは相談事もできる頼りになる存在なのだ。


そう説明する受付嬢になるほどなと返しつつ




「そういうことなら納得だ。そこでその名簿か。」




受付嬢の手元にある冊子を見て青年は言う。


冒険者が集まる街だけあってその名簿はそこそこに分厚い。


渡されたそれをパラパラとめくる。




「最終ランクとプロフィールが簡単に載せてあります。よさげな方がいればいいですし、迷うようなら職業などを考慮してギルドの方で選びますから。」


「・・・いいやそれには及ばない。決めた、是非ともこの人に頼みたい。」




名簿の一点を指差す。


随分と早い決定だったが大丈夫だろうか、と思った受付嬢は名簿を見て頷く。




「なるほどわかりました。相手の方の都合もありますから、依頼を受けてもらえるかギルドから連絡をしておきますね。」


「ああ、頼んだ。」


「受ける依頼を選んで頂いて、一緒に連絡をしたほうがいいと思うのですがどうでしょう。」




そうして依頼の紙束を見せてくる受付嬢。


それもそうだなと青年は依頼を覗き込み、なにを受けようかと吟味していくのだった。






====================






そして翌朝。




昨晩、借りている部屋を訪れた受付嬢に連絡された通り、青年は街の入り口で来るはずの同行者を待っていた。


昨日のうちに揃えておいた新しいローブのヒラリとした感触がなんとも懐かしい。


採取する薬草は頭に入れた、回復薬は持った、装備の点検もした。


頭の中で安全マニュアルを反芻しながらこれからの冒険に胸を膨らませている青年の背中に大きな声がかかる。




「まさか指名されるなんて思ってなかったぜ!ありがとよ!」




振り返った先には鎧を着込み、肩に斧を担いだまま豪快に笑うジャガイモ畑のオヤジがいたのだ。




「名簿を見たときは驚いたよ。まさかオヤジさんが元冒険者だったとはね。」




道理でジャガイモ農家をしている割りに外の街の冒険者事情に詳しかったはずである。


青年がギルドで名簿を見せられた時に即決したのはこのオヤジの名前を見たからだ。


この人なら大丈夫だ、うまくやっていける。そう確信して。




「昔はブイブイ言わせてたんだぜ。カミさんと結婚したのを機会にあぶねえことは卒業しようと思ったんでな。新米冒険者の引率くらいはさせてもらうがね。」




オヤジは輝かんばかりのいい顔でガハハと笑う。


ハゲ頭も輝いている。




「しばらくはまた一緒だ。よろしく頼むぜ。」




先輩としても仲間としてもビシバシ教えていくからな。


そう意気込み手を差し出してくるオヤジに応え、握手をしながら青年は笑って言う。




「ああ、これからよろしくお願いします。先生。」










―――青年には恩師が二人いる。


一人は学院時代の教師で、自分にこの街のギルドを紹介してくれた老人だ。


もう一人は目の前を豪快に歩くオヤジ。




二人の恩師に感謝しながら、青年の冒険はようやくはじまった。




数年後、青年が仲間に頼りにされる立派な冒険者となるのはまた別のお話。

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