第2話 新規登録はこちらです 中編
数日前にギルドで冒険者としての道を歩み始めた青年がいる。
眼鏡をクイッとかける癖のある彼が得意としているのは土魔法。
他の属性より地味で人気がないが地脈エネルギーを利用して低コストでバンバン打てちゃう自慢の魔法だ。
棘状に硬化させた土を地面から打ち上げる<アーススパイク>と地面を隆起させる<アースグレイブ>を操るその青年は・・・
―――何故か得意の魔法で畑を耕していた。
「アースグレイブ!」
青年が魔法を唱えると1メートル四方程の範囲で畑の土がふわりと盛り上がる。
本来は足止め目的で踏み入れれば動けなくなる程に地面を隆起させる魔法だが、耕すことを目的としているためあえて出力を抑えている。
数日同じ依頼を繰り返しているのでどうにか威力を抑えることはできるようになったが魔力の微妙な調整を要求される分自然と範囲が狭まるし神経もそれだけ使う。
それに広大な畑に対して極狭い範囲を少しずつ耕すのでいかんせん効率が悪いようにも感じていた。
報告の際に貰える報酬に少し罪悪感を覚えるレベルだ。
青年から離れた場所をクワを振るいものすごい勢いで耕す依頼主のオヤジを見ながらため息がでる。
ハゲ頭から流れ落ちる汗をものともせず、畑仕事で鍛えたであろう頑強そうな体のオヤジは筋肉モリモリで青年なんかは片手で持ち上げられそうなほどである。
とてもじゃないがわざわざギルドへ依頼をして青年の助けを必要としていたという風には見えない。
ああ、思い切り魔法を唱えたい・・・学院にいた頃は威力がより高いものを使えればそれだけで評価されたものなのに。
しゃがみこんで耕した場所から出てきた小石や雑草の根を背負った籠に投げ入れながら青年はまたため息をついた。
余談ではあるが、初日に身に着けていたローブと高い靴はドロだらけでその日のうちに廃棄された。
プライドの砕けた青年はひっそり泣いた。
今は日除け帽子、首に汗拭き用のタオル、動きやすい作業服、長靴の完全農家スタイルだった。
自分の職業がわからなくなった青年はまた泣いた。
「アースグレイブ!」
数歩歩いてまた魔法を唱えてまたしゃがむ。仕事はこの繰り返しだ。
魔法を何度唱えたかはわからないがそろそろ喉がつらくなってきた。
おまけに立ちとしゃがみを繰り返しているので勉強ばかりで大した運動もしてこなかった体が疲労を訴えている。
立ち上がり汗を拭っているとすぐ後ろからやたらと大きく通る声がかかった。
「おう兄ちゃん!そろそろ休憩にしようや!」
「い、いつのまに。」
依頼主のオヤジだ。
無意味にちからコブを作るポーズで笑顔が眩しい。
ハゲ頭も眩しい。
先程まで離れた場所にいたのにもう自分の近くまで耕してきていたのか。
このスピードならば自分が依頼を受けることはなかった、さっきまでの疑念を確信にしてしまう。
オヤジの奥さん特製の弁当を頬張りながら青年はなんだか悲しくなった。
=====================
「しかし兄ちゃんもいい感じになってきたな。」
弁当を食べ終えたオヤジは関心するように青年に声をかける。
「え?」
「だってほら、最初にうちに来た時なんかは魔法の調整できなくて地面をグズグズにしてたろ?
今じゃいい感じに耕せてるじゃねえか。基礎ができてきた証拠だ。」
エライエライなんて付け足しながら。
それに対して唐突に褒められた青年は挙動不審だ。
「だ、だが範囲は狭くて効率も悪いじゃないか。依頼なんてせずにオヤジさんが一人でしていた方がずっといいんじゃないのか・・・。」
軽々とクワを振り回して畑を耕して回るオヤジを思い出す。
弁当まで用意してくれているが役に立っている訳でもないのになんだか申し訳ない気持ちだ。
つい本音が出てしまう。
数日前に討伐依頼がやりたいんだ、畑なんて冒険者の仕事じゃない、なんて文句を言っていた青年とは別人のようだった。
そんな青年をオヤジは豪快に笑い飛ばす。
「ガッハッハッハ!兄ちゃんそんなことを気にしてたのか!」
「そんなことって!」
「俺は一人で畑作業するのが苦手なのさ。誰かと一緒にやると捗るから人をよこしてくれって依頼したんだよ。
弁当はカミさんのサービスだな。うめえからたらふく食えよ!」
兄ちゃんは細っこいんだからよ、そんなんじゃあ魔物の討伐になんて行けないぜ!と背中をバンバン叩いてくる。
なんだか無理やりな理由だがオヤジがいい笑顔で言い切るものだったので不思議と嫌悪感は湧かなかった。
「それに役に立たないなら立てるようにすればいい。そのために依頼を受けているんだからな。」
「そのための依頼?一体どういう・・・。」
これはただ低ランク冒険者に向けて宛がわれた仕事なのではないか。
なにがなんだかわからない。
「こうやって畑やりながら体を鍛えるんだよ。魔法使いだろうがヘロヘロのナヨナヨじゃいざって時は戦闘の足手まといだろ?それに魔法もずっと使ってりゃ馬鹿じゃねえんだ、コツが分かって来る。」
「ええ・・・?この仕事にそんな深い目的が!?」
「土魔法は大体畑か土木工事を紹介されるな。火は鍛冶場とかパン屋にいくし水は水汲み、風は林業とか加工って具合だ。」
さては兄ちゃん、安全マニュアル読んでねえな?とオヤジの目が光る。
「マニュアルってあの鈍器じみた・・・。」
「それだそれ、取っ手があるかないかしか違いがわからんアレだ。」
そういえば最初の依頼を受ける時に基礎能力の向上がどうとかあったような・・・。
ジャガイモ畑の手伝いを受けることになった時のことを青年は思い出す。
それにマニュアルにまだ目を通していなかった。
慣れない肉体労働と通常よりも気を使う威力を抑えた魔法の使用で宿に戻ってもすぐに寝付いていたからだ。
「石橋を叩き割る勢いで安全策が書かれているのさ。冒険者が死なないために作られたものらしいからな。」
「し、死なないため?」
突然オヤジから発せられる穏やかではない言葉に焦る青年。
オヤジはしかめっ面を作りながら続けて話す。
「ここの街以外じゃなりたての冒険者が戦闘のせの字も知らずに寄り集まって魔物の討伐依頼を受けたはいいがあっけなく全滅、なんてことが日常茶飯事なんだ。よく聞く話だよ。人は芋みたいに畑からドンドン出てくる訳じゃねえのにひでえ話だろ。」
「全滅が日常茶飯事!?そんな話、俺がいた王都では聞かなかった!」
「冒険者はなり手が多いからな。人の多い王都じゃなおさらだ。それに討伐依頼を受けた初心者のパーティーが全員死亡しました。なんて醜聞を国とギルドはわざわざ言わんさ。」
言い切るオヤジに青年は顔を青くしている。
「たとえ数人でパーティーを組んでも死ぬ順番が前後するだけだ。たとえ武器や魔法があったって今まで戦闘もしてこなかった人間が「冒険者」になったら急に魔物を倒せるようになる不思議な力が湧いてくる訳じゃないだろ?一般人から肩書きが変わっただけだ。言っちゃ悪いが魔物だって必死に生きてる。殺されると分かってる分向こうは死ぬ気で攻撃してくるし、必死になった生き物は強い。普通のことだろ。」
オヤジから連続で放たれる衝撃の話に身震いする青年。
信じがたい話だがまるっきり嘘だと否定することができなかった。
最近まで学院の中で勉強だけをしてきた自分が魔法を使えたからと魔物にそうすぐに対応できるだろうか。
畑仕事の手伝いだけでこんなに疲労しているというのに。
考えもしなかったと青年はか細く呟く。
オヤジは悲しそうな顔だ。
「冒険者は夢のある仕事だって国が率先して言うからそのあたりが誤魔化されてんだよ。魔物に対抗するためにとにかく冒険者の数を増やすことしか考えてねーんだな。」
「し、しかし・・・冒険者を増やしたいなら国もそのあたりを保証すれば・・・。」
「なり手が多いって言ったろ?一部の上級者ならいざ知らず数の多い低ランク冒険者なんて戦争してアップアップな国じゃあ手が回らなくて使い捨ても同然だ。国はギルドに増えた魔物を早く狩りに行かせろってせっつく。ギルドも人手が足りないから冒険者の力量をランクだけで判断してじゃあどうぞって送り出すんだ。」
オヤジの話は止まらない。
余程腹に据えかねているのだろう。
「運良く生きて帰ってこれたとしても今度は報酬な。ハッキリ言うがすごく安い。ギルドの上の連中が仲介料とか言って補助金やら依頼料の一部をハネてんだよ。あいつら私腹を肥やしまくってみんなブクブクしてら。冒険者で金持ちになるなんて今の時代じぁあ夢のまた夢だよ。」
「そんな・・・。」
もう言葉もでない。
「他では日常の話だ。残酷な話だ。それはおかしいって声を上げたのがギルドのオーナーだよ。十年くらい前にこの街にひょっこりやって来ていきなりギルド作ってな。国から独立した機関として自由にやらせてもらうってな。」
依頼といいちょっと変わってるだろ?とオヤジが聞いてくる。
確かに、やたらと項目の多い誓約書。
鈍器のような安全マニュアル。
スキルの鑑定や受付の説明。
基礎能力の向上と銘打つ畑仕事の依頼。
青年が故郷で見てきた最短3分で登録できちゃうという謳い文句とはまったく違ったギルドの様相を思い出す。
「初日に学院の紹介でって言ってたな・・・感謝した方がいいぞ。いい先生だ。王都で冒険者になってたら今頃は魔物の腹の中かもしれねえ。」
死んでいたかもしれない、想像してゾっとする。
真剣に言うオヤジが決して冗談を言っている訳ではない。
青年は言葉を忘れてコクコクと慌てて首を縦に振るしかなかった。
心の中で恩師に感謝も忘れず言っておく。
先生、義理なんて果たすべきではなかったとか面倒だとか悪態ついてすみませんでした。あなたは命の恩人です!
学院に在籍していた時もクソジジイって何度も思ったりしたけれどもうそんなこと思いません!多分。
「と、話し込んじまったな。今日はここまでだ。」
弁当の片付けをしてオヤジは立ち上がる。
「ここまで?まだ畑仕事は残ってるんじゃ・・・。」
「ギルドにはきちんと働いてくれたって報告しとくよ。今日は帰って安全マニュアルに目を通しときな。」
報酬は明日受け取ればいい。
そう言ってオヤジは白い歯を見せながらさわやかに笑って帰っていく。
ーーーなんだか気を使われてしまったな。
鈍器のようなマニュアルに目を通す時間をもらってしまい困惑する青年。
報酬までもらうのは悪い気もするがかけだしの自分には正直ありがたい。
ひねたところもあるが根が真面目な彼はオヤジの後姿に腰を折って礼した。
====================
ギルド経由で格安で借りている部屋に戻った青年は早速備え付けの簡素な机に「冒険者のための安全マニュアル」を広げた。
まだ一ページ目だというのにビッシリと書かれた内容に誓約書のことを思い出して苦笑いしつつ文字を指でなぞって自分に必要な情報を頭に入れていく。
<Eランク冒険者は安全のため地域支援依頼で基礎能力の向上を計りましょう>
基礎能力の向上・・・今の自分にとっての畑仕事だ。
体力作りと魔力操作の練習、なんと遠回りでわかりにくい訓練だろう。
だが現実を知った今ではこのありがたいと思いつつ青年は読み進める。
<十分な休息をとるため緊急時や長期遠征等を除き週5日以上連続して依頼を受けないようにしましょう>
<長期に渡る依頼の後は最低5日以上の休息日を設けましょう>
<寝不足や体調不良の時には依頼を受けることはできません>
<冒険へ出る前に武器防具、道具のチェックを癖づけましょう>
<視界の悪い場所での索敵、クリアリング、明かり取りは過剰に思うくらいが適切です>
<遺跡やダンジョンでは欲張って深入りしないことを心がけましょう>
<回復できる仲間がいても念のために前衛は体力回復薬を持ち歩きましょう>
<一人になるような行動をしないようにしましょう>
<パーティー内で予め合図を決めておきましょう(撤退、戦闘開始等)>
<常に退路を確保する意識を持ちましょう>
etc
最初は全体に向けた心構えや注意のようだ。
有事の際の対応、パーティーでの決まりごと、休息の取り方まで。
さまざまなことを想定して作られている。
小さな子供へ注意をする親のような丁寧さだ。
一通り目を通してページをめくる。
<まだ職業の決まっていない方必見☆チャート式で自分にあった職業が分かっちゃう!>
魔法学院を卒業したのだから自分の職業は魔法使いで決まっているのでやる必要はないので飛ばす。
・・・が、少し興味があるので後でやることにする。
<頼れるみんなの盾役アニキ!鉄壁の要塞になるには?>
どうやら戦士向けにまとめられた攻略の記事のようだ。
ふざけたタイトルからは想像も付かないほど丁寧に装備の選び方から動き、するべきこと、役割まで事細かに数十ページに渡り書いてある。
こんな調子ですべての職業について書かれているんじゃないだろうな・・・とページを大きく飛ばす。
―――そんな調子で書かれていた。
この分厚さだ、そりゃあ書かれているに決まっている。
簡単に目を通して自分の職業まで飛ばすことにする。
<目指せ鷹の目!恋のキューピッド。魔物の心臓を射止めるのはあなた>
これは弓手向けか?やはり変なタイトルだ・・・数ページ飛ばす。
<回復だけじゃない?ヒールの意外な使い道。これでドS神官の仲間入り>
使い道は気になるが自分でヒールを使うことはないので飛ばす。
<熱血炎の魔法人!愛の手料理~今夜の夕飯は魔物の丸焼きで決まり!>
魔物を食していいのかと突っ込みたい所だが飛ばす。
<温風と共に去りぬ。もう扇風機とは言わせない風魔法の使い方>
去ってどうする!あと扇風機ってなんだ!謎だが風魔法は将来的には習得したいので付箋を貼ってから飛ばす。
<怪盗参上!どんな鍵穴も無理やりこじ開ける秘訣!>
なんだか犯罪チックだ・・・あと無理やり開けちゃダメだ。
魔術師向けから外れたということは行き過ぎたようなので少し戻る。
<まるっとお見通し?隠された罠と解除方法徹底解明!>
これはすごく気になる。付箋を貼りつつもう少し戻る。
<我こそは漆黒の堕天使、この世に力の契約(フォース)を与える>
なんだこのタイトル・・・内容から闇魔法というのは分かったが・・・数ページ戻る。
<地味なんて言っちゃイヤイヤ☆土・・・こんなにすごいんです・・・>
途中惹かれるタイトルに目を奪われつつようやく目当ての項目にたどり着けたようだ。
早速食い入るように読む。
ふむふむ・・・なるほどなるほど・・・。
なんだこれ面白いな・・・はー・・・こんな応用方法が・・・。
なに・・・学院ではこんなこと・・・へえへえ・・・ほおー・・・。
こうして青年は全4690ページの安全マニュアルを読み解いていくのであった。
そしてもちろん徹夜した。
次の日目の下に濃い隈をこさえて依頼を受けにきた青年に受付嬢は青筋をたてながら笑顔で追い返したし、追い返された青年は泣いた。
後日、安全マニュアルを読んでちょっとだけスキルアップした青年の<アースグレイブ>は2メートル四方を耕せるようになった。
青年は感動して泣いた。オヤジも感動して泣いた。
青年の冒険は、もう少しで始まるのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます