第1話 新規登録はこちらです 前編

冒険者募集中!




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・どなたでも歓迎!




冒険者になれば一攫千金も夢じゃない!


パーティーで楽しく稼ぎつつ勇者を目指してみませんか?


誓約書にサインして最短3分で冒険者になれちゃう!


興味がある方はお近くの冒険者ギルドまで!




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この国の冒険者ギルドと言えば上層部は貴族と仲良く癒着、管理職は横領、下っ端は過労死寸前、冒険者は下のランクほど悪質な者が横行。


というのが常な真っ黒の代名詞であった。


民衆の間では


「カラスが嫉妬する黒さ」


「闇魔法が可愛く見える」


「近くを通ると持っていた食べ物が腐った」


なんて笑えない冗談が飛び交うくらいである。


それでも冒険者がなくならないのは


誰でもなれ、商店の割引や施設利用等一定の補助が約束されているという権利が保障されているからだ。


増加する魔物への対策として冒険者の数を減らしたくない国は現状から目を逸らし


冒険者とは夢のあるものだと喧伝するビラが日々ばら撒かれていくであった。






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そんなブラックな運営ギルドの蔓延る国の首都からは遠く、豊かな農業地帯と地方とは思えぬ活気ある商店が立ち並ぶ街に<冒険者の楽園>と呼ばれるギルドがあった。


楽園と呼ぶだけあり多くの冒険者が集うこのギルドは冒険者もギルドの職員も心身の健康第一、安全第一をモットーに国の機関から完全に独立した新体制を取って建設されている。


貴族がオーナーとなって新たな資金繰りに乗り出したと当初は噂されていたがその「新体制」というものが功を為したのか荒れた様子もなく、活気づく街の様子を見るになかなかに評判がいいのだろう。


オーナー自作の石橋を叩いて渡るどころか叩き割ると表現した方がいい鈍器・・・もとい安全マニュアルの元に今日もギルドは運営されている。


この街のギルドは住民からも愛されていた。




昼時よりも少し前、街の活気がピークに達する頃に開館。


他の街では溢れる依頼をこなすために朝一番で開くことが通常であり王都周辺くらいになると24時間体制が当たり前の真逆を行くゆったりさである。


閉館は早く、陽の沈む前の小腹が空いた頃には受付は終了している。


朝一番で依頼を受けたい冒険者にとっては玉に瑕だ。


それも前の日にあらかじめ依頼を受けておけばいい話なのだが。




開館すれば外で列を作っていた冒険者達は公園に駆け出す子供のようにそれぞれ階級ごとで分けられている受付へ向かい、その日の依頼内容を吟味したり、パーティーの募集をする。




「手ごたえのある討伐はあるか?」


「火の魔法でお役に立つ依頼はないですか?」


「回復魔法の使える人を探しているのですが・・・」


「飛んでいる魔物に有効な対策を教えてください。」




冒険者の相談に乗ることもギルドの仕事だ。


休憩場所もそなえており各々自由に情報交換や雑談に勤しむ冒険者も見られる。


そして依頼を受け、街で装備や道具を整え各々が自分達の冒険をしに行くのだった。








昼を少し過ぎあらかたの受付が済んで人がまばらになってきた頃、一人の青年がギルドを訪れた。


真新しいローブに身を包み、作りの良い靴をカツカツと鳴らしながら一番端の受付へ歩み寄った青年は眼鏡をクイッとして聞く。




「冒険者の新規登録はここであっているか?」


「こんにちは。はい、冒険者登録やE、Dランクでの依頼受け付けはこちらとなっております。」




再度眼鏡をクイッとかけ直し、身分証と魔術学院の卒業証書、恩師の紹介状の三つをまとめて渡す。


なんだか絵に描いたようなエリートっぽい所作に青年にバレないよう受付嬢は小さく笑った。




「登録を頼む。魔術師だ。それからすぐに依頼を受けたい。」


「はい、紹介状をお持ちでしたら身分証と卒業証書は結構です。それではこちらの誓約書をすべて読み、同意した上でお名前をご記入ください。」


「ああわかっ・・・ん・・・?」




軽く受け取った誓約書を見ると白い紙面のはずの誓約書がなんだか黒い。


黒いと言ってもまだらに黒いのだ。


青年の顔が少しひきつる。




「すべて読むって・・・なんだこれは!ものすごい小さな字で上から下までビッシリ書かれているじゃないか!」


「裏面もありますので気をつけてください。後になって読んでないというのは知りませんからね。本当に知りませんからね。」


「やけに脅してくるな・・・。」




笑顔で念を押しまくる受付嬢に気圧され、渋々と内容を読み上げて行く青年。


王都で受付を済ませれば名前を書くだけで早かっただろうに・・・冒険者になるだけなのに義理なんか果たすべきではなかった。


多少雰囲気の良い街だからと浮かれていた自分が恨めしい。


恩師にこの街のギルドを強く推され紹介状を押し付けられた青年はそう胸中でひとりごちる。




「手洗いうがい早寝早起き歯を磨く・・・他人に迷惑をかけない・・・命を省みない行動をしない・・・パーティーは仲良く、相手を尊重して・・・食堂のお残し禁止・・・ギルドの安全マニュアルに従う・・・挨拶しっかり・・・感謝の気持ちを忘れずに・・・?」


「当ギルドのオーナーが冒険者の皆様の命や尊厳を守るために夜もしっかり寝ながら考えた誓約書です。」


「そこは寝ないで考えたじゃないのか!」


「心身の健康のために徹夜は禁止されていますので・・・。」




受付嬢は当たり前だとでも言うように、笑顔で返す。




「あと整理整頓お片付けとか子供じゃないんだぞ!!クジゴジを守るって意味がわからん!裏面までこの調子だ!ええい同意だ!同意!!」


「ああっ、ちゃんと読んでください!あと安全マニュアルも確認してからじゃないとおおっ。」




鈍器らしきものを取り出していた手を止め受付嬢が注意するもヤケクソ気味に名前を書きなぐる青年には届かない。


あっさりと署名し終えた誓約書を受け取る受付嬢は困り顔だ。




「いくつかは子供向けっぽいですが、中には本当に大事なことも書かれているんですよ。守らないと大変なことになるんですからね。それから重要なものは全部目を通すこと。」


「わざわざ書かなくても大抵は守れるものばかりだ。しかし破るとどうなる?」


「破っても特になにかある訳ではありません。」


「ないのかよ。」




青年がたまらず突っ込む。




「しかし守らないと大変なことになるだけです。」


「・・・違いが・・・大変なことってなんだ。」


「たーいへんなことです!」




拗ねた様子の受付嬢はこれ以上は教えてくれないようだ。


こちらをからかっているだけとタカを括っていたがそうでもなかったらしい。


まさか誓約を破ると呪いが降りかかる・・・なんて魔術的要素は感じられなかった。


目の前に置かれた誓約書はどうみても紙製だ。


なんだか納得がいかない気もするが後で読みなおそう、なんて青年は怖気づいて考えてみる。




「はい、登録完了しました。こちらがあなたの冒険者免許証です。常に携帯してギルドや商店を利用する時に提示してください。一年間依頼をこなさずに過ごすと除名扱いになるので気をつけてくださいね。」


「わかった。」




免許証と言って渡されたカードを懐にしまいながら青年はニンマリ笑う。


これで晴れて冒険者。


必死に勉強して魔法を習得した努力が報われるのだ。


これから魔物をバンバン倒して稼いで、名を上げて、ゆくゆくは大魔術師なんて呼ばれたりして・・・。


脳内で夢を広げていく青年に受付嬢は説明を続ける。




「他の街のギルドと階級制は同じです。最初はEランクからの開始となります。


依頼を一定数こなせば審査の後Dランクへ。C、Dとランクが上がって行きます。最高はSランクです。」


「ふむ・・・。Sランクになるにはどれくらいの依頼をこなせばいい?」


「ええ!?・・・え、Sランクですか・・・。」




つい今しがた登録を済ませたばかりなのになんとも自信満々な青年である。


調子を完全に取り戻して眼鏡をクイッとしている青年に受付嬢は少し引きつった笑顔を向けていた。




「Aランクに上がる段階で審査内容に依頼回数とは別に功績も加味されるようになるんです。」


「功績?具体的にはどのようなことをすればいいんだ。」


「未開だった遺跡を踏破したり、魔物の襲撃など大規模な依頼に参加したりですね。少し難しくなります。」


「なるほど。依頼もランク別に分けられて、当然難易度も高くなるから回数もこなし難いと。」


「そうですね。その上のSランク冒険者になるためには難しい依頼を相当数こなすことに加えて、


Aランクの時よりもさらに大きな功績をあげることが条件になっていまして・・・。」


「さらに大きな・・・例えば?」


「・・・魔神級の魔物を倒す、とか・・・。蘇生魔法を開発する、とか・・・。それこそ伝説級なので。」


「・・・。」


「・・・実質名誉階級と言っていいでしょうね。」


「で、早速依頼の話だが。」


「はい。」




この話はなかったことに。とでも言うように青年は真顔だ。


受付嬢も同じく真顔で仕事に戻る。


受付のデスクを挟んで真面目な顔を見合わせる二人の間に共通意識が芽生えた瞬間だった。


Sランク冒険者の上にさらにまだ「勇者」という称号まであることを受付嬢は言うまいと密かに心に決める。






「気を取り直して、依頼をご紹介する前にまず習得しているスキルを鑑定して登録します。それによって紹介できる依頼も変わってきますので。」


「鑑定?自分が使える魔法は分かっている。それに鑑定を受ける金は持っていない。」




青年は眼鏡をクイッとしながらも怪訝な顔になる。


装備や呪いの鑑定といった造詣が深くなれば自ずと習得できるものと違いスキル鑑定は専用に開発されたレアスキルだ。


人が開発したものなので適正が必要になるしなにより単純に習得することが難しい、いわば国家資格。


それゆえ他の街では自らの所持スキルは高い金を払い国の専門の施設で鑑定するのが通常である。


簡単にスキルだけを見分けるなら使ってみれば済むことだ。


なにも起こらなければ未修得。


なにかしら起これば習得していることになる。


もちろん使用魔力や威力等の正確な情報は自らの感覚頼りだ。


属性耐性等の攻撃を受けなければ判明しないものはわざわざ自分で調べないものだし、戦士が魔法適正のスキルを持っていた、と持って生まれた才能の分野やたまたま習得していたユニークスキルなんてものは鑑定しなければ一生知らないままになるのではないだろうか。




冒険者ならば施設利用の割引が受けられるので料金は多少マシになるだがそれでも安くはない。


なので一部の高ランク層以外、大抵の冒険者のスキルはおざなりだ。




「大丈夫です。この眼鏡で詳しく鑑定することができますよ。」




受付嬢は胸ポケットから取り出した赤色の縁をした眼鏡を得意げにかけ、クイッとして青年の癖を真似る。




「ギルドオーナー特製、スキル鑑定眼鏡、<スキルミール君>です!」


「はあ!?なんだそのふざけた眼鏡は!そんなもので鑑定できるはずがないだろう!国家資格だぞ!それに名前がダサイ!」


「名前はダサイですが性能は本物ですよ。」




サラリと名前がダサイことに同意する受付嬢。


ほら、とスキルを書き込んでいた用紙を見せてくる。


中には<アーススパイク><アースグレイブ><土魔法適正>とある。




「ね?間違いないでしょう?」


「あ、ああ・・・。」




魔術師と名乗ってはいたが習得している魔法は申告していないはずだ。


確かに習得したスキルは正確だった。


認めるしかないのか、スキルミール君を。


青年は信じられない現実に歯噛みする。


隠れた才能でユニークスキルはなかったか、なんてちょっとだけガッカリもしていた。


人生そうそう才能に目覚めるなんてことはないのである。




「因みにこちらはステータス確認眼鏡、<ステミール君>。」




胸元ポケットから今度は青縁の眼鏡を取り出してかける受付嬢。


矢張り名前はダサかった。




「そっちはまさか筋力とか魔力を数値化して見えたりするんじゃないだろうな?」




青年は鼻で笑う。




「いいえ、数値化なんてそんなことできる訳ないじゃないですか。こちらは名前、種族、年齢、身長、体重、スリーサイズまでまるっとお見通しの便利な眼鏡です!身分証の作成に使用します。ですので今回は割愛で。」


「し、身長?やめろ!性能は分かった!だからそれで俺を見るんじゃない!」


「ふむ・・・なるほど・・・冒険には向かないので今履いている物理的にもの高い靴は新調したほうがいいかもしれませんね。身長だけに。」


「余計なお世話だ!」




プライベートだぞと息巻く青年。


寒いジョークに突っ込めないほどプライドはズタズタだ。


しかし個人のプライベート情報を見たり国家資格スキル使用できるようにする眼鏡、そんな現実離れしたマジックアイテムを作るオーナーとは何者なのか。


なんだかすごいギルドを恩師に紹介されてしまったのではないか。


そう思い始めた青年に受付嬢は明るく声をかける。




「はい、登録できました。スキルは定期的に鑑定しますのでバンバン習得していってくださいね。」


「そんなに簡単に習得できるか!」


「ふふっ冗談ですよ。それで依頼ですが・・・属性で選ぶならこれくらいですね。」




ドサリとデスクに乗せられた依頼用紙の量に目を見張る青年。




「こんなにあるのか?」


「土属性は扱う方が少ないので・・・とても助かります。」


「なるほど。土属性専用の依頼があるのか。他の属性より派手さはないが地脈エネルギーを扱う分魔力消費を抑えられるからな。実に効率的で素晴らしい。やはり需要があるんだな。」




先程とはうって変わり褒められた青年は上機嫌だ。


得意の眼鏡クイッも忘れずに行う。


受付嬢は依頼の紙束をめくっていきながら条件を絞っていく。




「火や水は派手さがありますもんね。でもこの街は農業が盛んですから土魔法は人気があるんですよ。」


「そうかそうか。やはり土属性は・・・え?農業?」


「それに戦士さんや弓手さんのように訓練所に通ってもらいながら・・・という必要がないのでお仕事を紹介しやすいですしね。」


「く、訓練所?」




なんだかおかしな単語が聞こえた気がする。


なぜ冒険者に依頼するものに農業が関係するのか?


農家の依頼が多くて親しみがあるとかそんな?


訓練所もなにかの間違いに決まっている。


拭いきれない不穏さを頭を振って消し去ろうとする青年に対して受付嬢はまたおかしなことを聞いてくる。




「人参はお好きですか?それとも玉ねぎ?ジャガイモもいいですね。引く手数多ですから選び放題ですよ。」




なぜ好きな野菜を聞いてくるのか。


魔物を倒すのに野菜とか関係ないのではないか。


これはまた冗談を言われているのではないか?


怯えはじめる青年に




「決められないようなら丁度土起こしの時期なのでジャガイモにしますね。」




ニッコリ、いい笑顔で受付嬢はそう言い放った。




「ちょ、ちょっと待ってくれ!さっきから話がおかしくないか!?なんで農場の手伝いをするみたいな話になっているんだ!?」


「ええ?ジャガイモは嫌いですか?」


「ちっがーう!そうじゃない!!!」




ズレた質問をする受付嬢に青年は頭を振りかぶりながら全力で否定の姿勢だ。


眼鏡も勢いに任せて遠くへ吹き飛ばされていく。


最初に見せていたエリートな影はもうどこにもなかった。




「ここは冒険者ギルドだろう!俺は冒険をして!この自慢のアーススパイクで魔物をガンガン倒して!報酬受け取ってランクを上げたい!なんでジャガイモ植えるために畑を耕す話になってる!?」


「あ、アースグレイブの方を使用してくださいね。」




土が硬くなりますし大変です、グレイブでふんわり隆起させるくらいがいいんです。


そう暢気に言ってくる受付嬢には青年の言いたいことはこれっぽっちも伝わっていない。




「そうそう、誓約書のなかにギルドの安全マニュアルに従うって項目がありまして・・・読んだから知ってますよね。」


「え?」


「これがその安全マニュアルなんですが。」




そう言って受付嬢は少し前に取り出そうとしていた鈍器・・・ではなく分厚すぎる本のようなものを


ドスンッと大きな音を立てながら青年の前に置く。




「最初のページにありますが。<Eランク冒険者は安全のため地域支援依頼で基礎能力の向上を計りましょう>ですね。」


「は?」


「つまりジャガイモ植えるためにアースグレイブで畑を耕してきてください。」




ランクが上がるまで頑張ってくださいね。


そう付け足しながらトドメを刺す受付嬢に青年はガクリと床に膝をつく。




「なんですとおおおおおおお!!!」


「誓約書を読んでいればよかったんですよ。あと安全マニュアル。」




だから念を押したのに。帰ったらよく読むんですよ。


と内心呆れる受付嬢は営業スマイルを崩さなかった。










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恩師の紹介なんて真面目に受けなければよかった。


すごいギルドとか思いもしたけどやっぱりおかしなギルドの間違いだった。


誓約書も隅から隅まで読んで安全マニュアルとやらも確認しておけばよかった。


そうしたらすぐにでも王都に帰っていたのに。


新しいローブと値段も物理的にも高かった靴を泥だらけにしながら青年はそう後悔した。




「おーーい兄ちゃん!まだ魔力あるだろう?こっちも耕してくれよ!」


「このおおおおおアアアアアアアスグレイブウウウウウ!!!!」


「もっと威力弱めねえと畑がボコボコになっちまうぜ。ほらほら力抜いて!」


「難しいこと言うんじゃない!アアアアアースグレイブウウウウウ!!!」


「ははは!元気なのはいいことだ!でももっともっと威力弱めだー!」


「ちくしょおおおおお!アースグレイブーーーー!!!!」




理想と夢を胸に冒険者の道を歩み始める青年の初めての依頼は


汗と土と、ちょっぴり涙の味がするものだった。




青年の冒険が始まるのは、まだまだ先のことだ。

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