食べ物を好き嫌いしてはいけません

我闘亜々亜

食べ物を好き嫌いしてはいけません(完)



「食べ物を好き嫌いしてはいけません」



 先生の口グセだった。

 給食の時間に『嫌いだから』と、量を減らしたり残したりすることは認められなかった。

 別の先生は『得意なものがあったら、苦手なものもある。尊重して補うことが大切』と言っていた。


 どうして食べ物の好き嫌いはダメなの?






「ねえ、先生。先生には好き嫌いはないの?」

「当然です。好き嫌いをしないで食べないと、大きくなれませんよ」

 好き嫌いを否定する先生は、私の問いに自信たっぷりに答えた。

 本当なんだね。本当に先生は好き嫌いがないんだね。




 後日、先生の前にある料理を出した。

 いぶかしげな表情を作った先生に教える。

「好き嫌いがないなら、食べられるよね?」

 テレビで見た人は、食べる前は嫌そうな顔をしていた。食べたら『おいしい』と言っていたよ。

「イラブ、ヘビのスープだよ」

 箸を持った先生は、イラブをすくった。

 顔もシッポもない、体の中心部分だけの身。それでもヘビの一部である事実には変わりはない。

 ヘビが得意ではない私は、姿だけで食欲をなくす。

 先生はイラブを持ったまま動かない。

「食べられないの?」

 私の言葉に反応して、先生はイラブの身を小さくほぐした。

「いただきます」

 その身を口に含む。ゆったりと数回だけかんで、笑みを見せた。

「おいしいですよ」

「本当に好き嫌いがないんだね」

 先生はスープを全部食べた。

「当然です。好き嫌いをしては大きくなれません」




 後日、私は先生の前にある料理を出した。瞬間、先生は小さく身をひいた。

「食用カエルだよ」

 イラブは、身の一部だった。

 今回は、カエルの形がまるまる残っている。見た目は前回より嫌悪が強い。

「好き嫌いがないなら、食べられるよね?」

 先生に顔をちらりとうかがわれた。

「カエルは主に外国で食べられるんです。我が国では――」

「国で差別をするの?」

 食文化の違いがあることは知っているよ。

 前のイラブは、主に別の県で食べられる料理。

「国内の食文化は許容できて、国外の食文化は否定するの?」

「そんな意味ではなく」

「海外の料理は好き嫌いをしてもいいんだね?」

 黙った先生にたたみかける。

「誤解がないように、これからは『国内の食べ物の好き嫌いはダメ』って言ってね」

 数秒の沈黙のあと、先生はカエルを手にして口の前まで運んだ。

 直前で少し迷いを見せたあと、食べた。控えめに、ゆっくりと数回だけ口が動く。

「おいしい、ですよ」

 『カエルは味が鶏肉に似ている』って聞いた。事実なら、先生の言葉に偽りはないのかな。

 黙々と食べ続けた先生は完食した。

「好き嫌いはいけませんよ。当然、海外の食べ物も」




 後日、先生の前にある食材、とは私の感覚では言えないものを出した。

 小さく肩を震わせた先生は、私に眉をひそめた。

「どこでつかまえたんですか!? 逃がしなさい!」

「違うよ」

 先生に箸を手渡す。

「海外でね、食べるんだって」

 知った際は驚いた。生きた芋虫を食べるなんて。

 『栄養豊富で、見た目によらずクリーミー』なんて言われても、一切の食欲がわかない。飢餓に苦しんでも、私は手にしようとすらしないだろうな。

「まさか」

「本当だよ」

 家から持ってきた資料を見せる。先生の顔がみるみる硬直した。

「海外の食べ物も好き嫌いはダメなんでしょ?」

 先生の前でうごめく芋虫。

「食べてよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

食べ物を好き嫌いしてはいけません 我闘亜々亜 @GatoAaA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ