第33話 斎と幸岐

翌朝、斎は目が覚めて真横に幸岐がいないことに飛び起きた。


「幸岐、幸岐⁉」

「はい…?」


慌てて廊下に駆けだすと、きょとんとした顔の幸岐がいる。心底安堵しながら、「なんでもない」と寝間着の襟を正す。


「まだ夜明け前ですよ」

「ああ。すまない、もう出なければ」

「そう、ですか…。では、朝食をご用意しますね」

「あ、いや」


断ろうとして、昨晩の狛の言葉が蘇った。


まだ時間には余裕がある。朝食は食べなくてもいいと思っていたが、幸岐が作ってくれるなら食べたい。その反面、やつれた彼女を寝かせてあげたい気持ちもあった。

どうしようかと考えて言葉を止める。幸岐が不安そうに見上げてきた。


「…お前が、いいなら、作ってくれるか」

「! はい! もちろんです!」


ぱっと顔を輝かせ、ぱたぱた廊下を駆けて行く幸岐を見送る。久しぶりに幸岐の造ったものが食べられることにわくわくしながら、準備を手伝おうとその後を追った。


しかし、斎はすぐに駆けだすことになる。


台所で何か重いものが落下する音が聞こえた。なのに、幸岐の悲鳴が聞こえない。

嫌な予感がして、駆けだす。短いはずの廊下が、やけに長く感じる。

台所に入って、血の気が引いた。

転がる鍋に、倒れる幸岐。彼女の顔は真っ青でぐったりと体を横たえている。


「幸岐!」


抱き起こして、あまりに軽く細い身体に驚いた。こんなに軽かったか、こんなに細かったか。やつれたとは思っていたが、想像を絶する軽さと細さ。


「っ…!」


指を噛んで血を出す。懐の和紙に少量の血を付け魔力を宿した。


「『すまない』と伝えてくれ。嫁が倒れた」


ぱたりと羽ばたいた和紙は、そのまま縁側から薄明るくなった空に飛んで行った。

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