第29話 幸岐
運命の日、七日前。
幸岐は説明書通り、食事を止めた。斎をどう誤魔化すか悩んだが、彼は仕事が忙しくなり始めたようだ。家を出る時間が早くなり、帰ってくる時間も遅くなった。家に一人でいることが多くなった幸岐は、目論見がバレないことに安心しながらも寂しい気持ちがあると知っている。
「旦那さま、本日の夕食はいかがいたしますか」
「ああ…悪い。今日も遅くなるから先食べててくれ」
「…お忙しいのですか? 待っていますが…」
「いつ帰ってこられるかわからない。明日までに山向こうの狐から借り物をしてこなくちゃいけなくてな。…一人にしてすまない」
「いいえ。旦那さまがお忙しい身であることは承知していますから」
斎が困ったように笑う。笑顔が上手くできていなかったかと自分の頬に手を当てた幸岐は、いつもより若干低い体温に戸惑いながらも、もう一度笑顔を作って言った。
「どうか、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
一分一秒でも無駄にしたくないというのが本音だったが、あと七日で永遠を共にできると信じている幸岐の心は軽かった。不老不死の前には、この程度離れていることなど些末なこと。そう、本気で思っていた。
☆ ★ ☆
「み~ゆちゃん」
幸岐の様子見に訪れた笙花は、玄関を開けても出てこない幸岐に違和感を覚えながらも軽快に彼女の名前を呼んだ。しかし、普段なら呼んだら必ず返事をする彼女の声は聞こえない。
違和感が大きくなる。
「…みゆちゃん?」
静かな廊下を進む。頭の片隅で、斎が忙しくなってから何日目だっけな、と考えながら、幸岐の気配を探す。
廊下の最奥、物置がある方で、小さな呻き声が聞こえた。
笙花は弾かれたように走り出す。ここが他人の家だとか、滑りそうだとか、そんなこと気にしていられなかった。ただ、苦しそうな声に驚いて、呼吸が止まりかけたのは確かで。
「みゆちゃん!」
物置の入り口で、幸岐はぐったりと壁に凭れ掛かっていた。
顔を見ようと手を置いた方が細くて、咄嗟に手を離す。緩慢な動作で顔を上げた幸岐は、笙花の姿を見止めると虚ろな目で嗤った。
「しょうか、さん…こんにちは。すみません、きづかなくて…」
「そんなことはどうでもいい! どうしたの? 気分悪い?」
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