第30話 幸岐と笙花

「あの、ご飯を食べるのを、やめたんです」

「え!? なん、で…」


水を飲ませて居間に腰を落ち着けた二人は、卓袱台を挟んで向かい合う。

ご飯を食べるのをやめた、とその答えを問い詰めようとした笙花は、すぐにやめた。真っ白な顔をしているのに、瞳は真っ直ぐに輝いている。


「…体調悪いとか? ご飯食べられない?」

「いえ、薬の、準備段階で」


“下拵え”と呼んでいた文言を思い出し、笙花は顔を顰めた。


「それ、いつからやってんの?」

「ええっと。断食は一昨日からです」

「一昨日から何も食べてないの⁉」

「そう、書いてありましたから…」


詰め寄る笙花に対して、幸岐は眉を八の字にして縮こまる。

ここで幸岐を責めるのは違うと、そんなことはわかっていた。元は笙花が持ってきた薬で、準備があることは事前に知っていた。しかし、その内容まではよく理解していない。ただ読んだというだけ。漠然と「下拵えかよ」と思っただけ。

把握したくなかったのだ。もしこれを、あのひとに飲ませていたらと考えたくなかったから。


「…笙花さん」


少しやつれた気もする幸岐が真っ直ぐに見つめてくる。


「なにか、後悔してるのですか?」


笙花は目を見開いた。顔色が悪いのに、あまりにも真っ直ぐな瞳に射貫かれ、咄嗟に目を逸らす。


「…」

「…無理に話してくださいとは言いませんが…もし、私に不老不死の薬を渡したことを後悔しているなら、やめてください。私が不老不死になりたいと望んでいるのです」


きっぱりと言い切った幸岐を見る。強く輝く瞳に気圧されそうだった。


「…ねえ、みゆちゃん。今からでも遅くないよ。やめよう、こんなこと」


笙花は懇願するように、卓袱台に投げ出されていた幸岐の手を握った。


「やめよう。天命を全うしよう。あの薬は、完全に効果があるって実証されたわけじゃないんだよ。噂の中で一番ってだけなんだよ。やめよう、ね?」

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