第28話 笙花

「よし、これでオッケーっと…」


古びた書物の埃を払い、笙花は袋にそれを入れる。とあるビルの、忘れ去られた資料室。会社自体はとうの昔に倒産しているが、資料室だけはまだ当時の姿のまま残っている。


彼女に課せられた仕事は三つ。一つはたった今完了した書物の回収。二つ目は既に完了している、薬草の採取。そして、最後の仕事。笙花は母親の言葉を思い出してため息を吐いた。


『日本の妖の血を摂って来い。できるだけ高等な、純血の妖のものを』


使用用途は教えてもらえなかった。まあろくでもない使い方をするんだろうと、笙花は考えるのを辞めた。研究思考の強い母親の考えがわかるはずもない。どうせ、これが終わったらまた関わらなければいい話。


「純血の妖ねー…」


そう言われてまず思いつくのは斎だった。彼はほぼ純血の天狗と言っても過言ではない。その為、幸岐と結婚するにあたってだいぶ揉めたらしいが、純血による圧倒的魔力でねじ伏せた、らしい。らしい、というのは、「俺の意思で幸岐と添い遂げるからお前たちは手を出すな」という斎の要望で、笙花と狛はこの件に全く関わっていないからである。


そんなこともあった純血の斎だが、彼から血を貰うのは難しいと考えた方がいだろう。おそらく、笙花と幸岐の計画に勘づかれている。どこまで気づかれているかはわからないが、これが決定打になってはいけない。


となると、もう一人の心当たりは狛。しかし彼は、曾祖母だかそのもっと上だかに、人間の女の血が入っている。もう薄れてしまっていると思うが、純血ではない。


「困ったなあ…斎のとこに夜這いするか…?」


乾いた笑いと共に零した言葉はもちろん冗談だ。そもそも、斎の妻である幸岐の為に行うことなのに、彼女に不安を与えたくない。

それに、彼女の方でも動き始めているはずだ。


「ババアは〝下拵え〟とか言ってたけど…」


いち、ふくやく する なのか まえ から もの を たべては いけない。

に、ふくやく まえ には み を きよめ なければ いけない。

さん、ふくやく する とき は みず で なければ いけない。

し、ふくやく ご なに が あっても はいては いけない。

あなた に ふろう ふし の こうふく が あります ように。


心の中で復唱したのは、不老不死の薬を飲む準備段階の注意。

そろそろ断食を行っているはずだ。斎にバレそうなら自宅に匿うことも視野に入れているが、どうやら最近彼は忙しいらしい。このまま順調にいけば、何事もなく済むはず。


「…ま、〝下拵え〟っぽいわな」


自嘲したように吐き捨て、笙花は翼を展開した。


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