第25話 斎と狛
「…それ、本当なのか」
「…斎、顔真っ青だぞ」
「本当なのか!? 本当に、『不老不死の薬』って言ってたのか!?」
「しーっ、しーっ! 大声出すな!」
狛が慌てて斎の口を押える。こちらに向かってくる足音が聞こえないことを確認して、二人で大きく息を吐いた。
「悪い、取り乱した」
「いや、大丈夫だけど…」
斎の顔はまだ青白い。狛は、どうして彼がこんなにも取り乱すのかがわからなかった。
「なんかわかったの?」
「…ああ。正直、あんまり考えたくなかった可能性だが」
「『不老不死の薬』で、か? …待て、まさか」
狛も一つの可能性にたどり着いた。
初めは、笙花が懸想し故郷さえ捨てる決断に至った人間の男に飲ませるのだと思っていた。しかし、ここで思い出したのは幸岐の言葉だ。
『幸せが、永遠に』
幸岐の幸せとはなんだと、斎は考えた。彼が教えたのは妖としての幸せだ。それを一度後悔したことはあっても、狛の言葉で思い直した。
自惚れでなければ、彼女にとっての幸せは。
「幸岐ちゃんが、飲むのか…!?」
幸岐は人間、斎は天狗。いくら斎が歳を重ねていようとも、幸岐と歳が離れていようとも。
死が先に来るのは、どう考えたって幸岐が先だ。それが種族の壁だ。
もし、それのことで彼女が思いつめていたとしたら。
「…まだ、笙は薬を手に入れてはいないんだな?」
「あ、ああ。報酬で受け取るって言ってたはずだから、まだ少し猶予はある。でもちょっと待て! そんなもんが本当にあるのか!? 不老不死って、そんな」
不老不死の薬で有名なものは蓬莱だ。かぐや姫が月に還るとき、帝と老夫婦に渡したとされるそれは、帝が燃やしてなくなった。蓬莱に不老不死の効果があったか定かではないが、そう言い伝えられている薬はなくなった。
しかし人間は、時代が経つにつれ老いを恐れ、死を恐れ、不老不死を求めてきた。死なない体、老いない体は人類繁栄の永遠のテーマである。
「完全な不老不死になれる薬なんかねえよ。そんなもんあったら、妖と人間の大戦争が起こる」
とは言え、まがい物は存在する。一時、蓬莱の偽物が人間の間で出回り、多くの命が消えていった。蓬莱の偽物は禁止されたが、『不老不死』と銘打つものは人間に高く売れるとわかってしまった。
以来、ひっそりと『不老不死の薬』は出回っている。全てを絶つことは難しいが、妖の間で買う者はいないし現代人間界でもそんな怪しいものを手に取るものはいない。
「…どう考えても偽物だよな? なんで笙はそんなものを…!」
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