【番外編】狼男のバレンタイン
「斎ぃぃぃいいいいいい!!!!」
「うるせえ!!!!!」
二月十四日。狛は会社を出ると同時に走り出し、山道に入ったところで狼に変化し、一直線に斎と幸岐の住む家へと駆け込んだ。そして斎に怒号と同時に拳骨を落とされた。
しかし今の狛は、そんなことでは止まらない。
「聞いっ、聞いてくれ斎!! これ! 見て!!」
玄関先で沈められた体制のまま、きっちりと包装された小さめの箱を掲げる。斎はよく見ようとその箱を受け取ろうとしたが、狛が離さなかった。
「なんだそれ」
「バレンタインチョコ!」
「ちょこ? ……ちょこって、お前、それ駄目なやつじゃないか?」
狼男の狛は、チョコレートや葱など、犬に駄目なものは軒並み食べられない。人間の時であれば『苦手』で済むが、今のように狼からの変化直後に食べると、下手をすれば死ぬらしい。
「違う違う! これチョコじゃないんだって!」
「は? お前さっきと言ってること違うぞ」
「いや本当に聞いて!? マジであの子が尊い……」
「まじで…? とうとい……?」
不思議そうに言葉を繰り返す斎は視界に入っていないらしい。薄桃色の包装紙に包まれた箱を大切そうに撫でる。
「旦那さま…? どうかしましたか?」
「ああ、騒がしくしたな。悪い、茶を頼めるか」
「ああ、狛さん。わかりました」
廊下の奥から顔を覗かせた幸岐は、伏している狛を不自然にも思わずに台所へ引っ込む。斎は周りの見えていない狛の腕を引っ張って立たせた。
「とりあえず、居間に行こう」
☆ ☆ ☆
居間の中心にある卓袱台には、既に幸岐が急須と湯呑みを用意していた。真ん中には深皿が置いてあり、中にはこの家には珍しくクッキーが入っている。
「クッキー? 珍しいね」
「今日はバレンタインデーだとお聞きしたので、笙花さんと作ってきました」
「へえ! 食べてもいい?」
「はい。別で狛さんの分お包みしてあるので、帰りに持って帰ってくださいね」
「わあ嬉しい! 」
正気を取り戻した狛は、にこにこしながらクッキーを摘む。自分の茶を啜りながら、斎は「で?」と話を促した。
「そッッッッッう聞いて!? あの子がバレンタインチョコを課の人の分用意してくれたんだけどね!? あ、待って、斎、バレンタインってわかる?」
「馬鹿にするな。あれだろ? 女が男に菓子を渡す日」
「うんまあ、間違っちゃいないんだけどね…外つ国だと男から意中の女に渡すらしいよ? いやそんなこと今はどうでもいいんだよ!」
バンっと狛が卓袱台を叩く。斎の隣の幸岐は音に驚いて肩を跳ねさせた。
「おい、幸岐が驚くからやめろ」
「う、ごめんね…落ち着くね……」
深呼吸をひとつ、狛は昼間の出来事を話し始めた。
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