第12話 笙花
「それで、この間教えたクッキーは成功した?」
「はい。旦那さまもとても気に入っていました」
「やっぱり。小烏はああいうの好きだと思ったんだよねえ! 多分こういうのも好きだと思うから作り方書いといてあげるよ」
「ありがとうございます」
笙花はにこにこ上機嫌に付箋を貼っていく。幸岐は借りてきた猫のごとくじっとその様子を見ていた。
ここは笙花の家。斎と幸岐の住居のように山奥にあるのではなく、都市部から少し離れたところにある。普段は本家からの仕事をこなしつつ、人間に紛れて生活している。
彼女自身の見た目の派手さに相反して、部屋は白と黒で統一されている。
「笙花さん、今日の用事とは…?」
朝、突然笙花がやってきて、「小烏ちょっとみゆちゃん借りるわあ!」と挨拶もそこそこに連れてこられたのだ。当然斎は怒鳴り散らして追いかけてこようとしたが、笙花と入れ違いに来た狛が理由を説明しながら宥めたので、今こうして笙花の家にいる。
「ああ、例の話でね。狛には適当言って斎止めてもらったの」
笙花の言葉に、幸岐の肩がぴくりと揺れた。
「…『不老不死になれる』って言われてる薬は見つけたよ。本家の方から送ってもらうから、ちょい時間かかっちゃうけど」
笙花がちらりと幸岐を見ると、その顔は輝いていた。
その表情に、笙花はぞっとする。
「本当に、不老不死になれるかはまだわからないよ、みゆちゃん」
「あ…、そうですよね。でも、ありがとうございます」
「…うん。一番信憑性の高い物送ってもらうから、待っててねえ」
本当は、斎に話すべきことだ。斎に話して、幸岐を説得してもらわなければいけない。一番信憑性が高いとはいえ、必ず不老不死になれると確信がある代物ではない。今すぐ斎に報告して、なんとか諦めてもらうべきだということは、笙花が一番よくわかっている。
でも、彼女にそれはできなかった。
笙花はよく知っている。愛する人と歩む時間の速さが違うということが、どれだけ残酷で辛いことか。斎よりも狛よりも、他の誰よりも理解しているという自信があった。
「…笙花さんは、どうして協力してくれるのですか…? 本家から送ってもらうって、笙花さん確か…」
「んー、まあ、本家と仲は良くないよねえ。ここ二百年くらい帰ってないし」
まあそんなこと気にしなくていいの! と笙花は話をはぐらかした。
本家と仲が良くない理由は、彼女が無理を突き通してこの地にやって来たことにあった。彼女が生まれたころは本家もこちらに住んでいたが、どうもこの地の空気にサキュバスの性質が馴染まなかったのか、彼女が幼いときに外の国に移住しようという話が出た。それを、彼女は嫌がり、突っぱね、以来一人でここに住んでいる。
「ていうか、縁切らせてもらえないうえに仕事まで押し付けてくるんだから薬送るくらいやってほしいもんよ」
溜め息を吐きながらひらひらと手を振る笙花に、幸岐は苦笑いをこぼす。
「んあ、そろそろお昼か…みゆちゃんなんか食べたいものある?」
視界に入った時計は、もう頂点を示していた。
「えと、この間教えてもらった、おむらいす、を作ってみてもいいですか…?」
「お、いいよ! 材料はあると思うから自由に使って!」
「ありがとうございます。台所お借りしますね」
よろしく~と見送る。台所からりょうりを開始した音が聞こえると、立ち上がって伏せてあった写真立てを起こした。
額縁の中には白黒で、今より幼い笙花と、二十代後半に見える男性が写っていた。
するりと、細い指が男性を撫でる。
「…わかるよ、みゆちゃんの気持ちは、痛いほど…」
写真の中で、二人は幸せそうに笑う。
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