第2話 縁の無い、うすら寒い日々
……騒がしい音も遠のき、一瞬の静寂が訪れる。UGNの連中も撒いたか。さっき心当たりあるセルに連絡したことだし、ちょっと暇になった。
そうして通りがかった道には見覚えがあった。
「ん、そういえばこの辺りあいつの家の近くか。連絡先知らねぇし言わなきゃならねぇことあったんだ、寄ってから向かうとするか。」
住宅街の一角、真新しく見える一軒家は少し古ぼけた塀とアンバランスな感じがする。そうか、一度俺が壊してからリフォームでもしたんだな。感慨深く何度か頷いて、連打の出来ないインターホンに手を伸ばす。
ぴーんぽーーん
間の抜けたチャイムの音が響き、家の奥から小さく答える声と共にドタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「はぁーい!どなたですかー!!」 律儀に扉ごしから幼い声がする。
「おぉ、なんで扉開けねぇんだ?」
「レンちゃんがね!知らない人が来ても扉開けちゃダメーッ!って言ってたから!!」
なんだそりゃ。アレか、差し詰め俺は狼で、コイツは無垢な子羊気取りってか。ガキは好みじゃねぇから取って喰いやしねぇっての。
「知らない訳ないだろ?俺は優しいお兄さんだ、ちょっとお前の姉貴に用があってな。」
「あーー!!!その声!?!?」 騒がしい声と共に勢いよく扉が開かれ、鼻先を掠める。アブねぇなクソガキが。
「オジサン!!レンちゃんと仲良しのオジサンだー!!久しぶりだね!!!!」
「よォ、クソガキ、久しぶりだな。最初から随分とご挨拶だなぁオイ。」
「えへへー、そうでしょ♪挨拶元気だねーってレンちゃんにも褒められたんだー。」
そう言ってバタバタと廊下を駆け戻って、ピタッと止まり、両手を後ろに組んでくるっと振り返る。
「ねぇ、もうちょっとしたらレンちゃんも帰ってくるし、オジサンもおいでよ!ちょうどお留守番で退屈だったんだー♪」
……しょうがねぇ、居ねぇんだったらちょっとくらい待っててやるか。腹も減ってたし、後で冷蔵庫で何か拝借するとしよう。そんなことを考えながら、乱雑に靴を脱ぎ捨て、勝手知ったる他人の家に上がり込んでいった。
このチビガキは、火山 華。A-CORE(エンゼルコア)事件の数少ない純粋な被害者であり、新たに覚醒したオーヴァード。
胸のど真ん中に"ねじ込まれた"禍々しいコアはとっくにぶっ壊れているらしいが、一度どういう形でもオーヴァードになっちまったヤツはもう戻ってくることなんざできやしねぇ。聞いた話だとオーヴァードの時の記憶はマルっと消されているらしいが……俺ァ、そっちの方が余程危ねぇと思うが、UGNの連中の考えることなんざ知ったこっちゃねぇからな。
そんなわけで、自分がバケモノであることも忘れて、のんきに笑いながら『敵』の俺も家に上げてしまっている。……ま、経過は悪くないらしいな。
「ねぇ~~~~~~~~~~~~!!!!遊んでよ~~~~~~~いつまでスマホ見てるの!!??」
「うっせぇなぁ、"お兄さん"は今お仕事してんの。」
「オジサンはそうかもしれないけどぉ~~~~~~~~~私は退屈なんだもん~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
「お前もスマホ持ってねぇのかよ。それで暇つぶしてろって。」
「持ってるよ!この前レンちゃんに買ってもらったんだ~……まだ電話しかできないんだけど。」
んなバカな。今時、ガキ共持ってるケータイゲーム機だってもうちょっと頭良いぞ。 ここは未来の俺の安寧のための投資をしておくべきか。
「おぅ、クソガキ。ちょっとお前のスマホ貸してみろ。」
「む~~~~クソガキじゃないもん!なんで"ハナ"って呼んでくれないの!?」
「良いから黙って貸せ。お前のスマホもオモチャにしてやろうってんだよ。」
「えー!ホント!?じゃあ私アレやりたい!かわいい顔たくさん消すやつ!!!」
ツ●●ムだろうか、随分と物騒な表現をするヤツだ。 アイツの指紋でロックを解いたら……うわ、何だこれ。
なんだこのGPSアプリの量。しかも……うわ、全部あのゴリラお姉ちゃん(笑)の所に繋がってるじゃねぇか。シスコンもここまでくりゃ病気だな、キモチワルイし全部通信ぶった切っておこ。
で、チャイルドロックも全部解除して……面白そうだし、グラビアのアプリでもぶち込んどこ。たまにトップで水着の女性が躍ってるやつ。
「あはははは!何これ、変なダンスー!わはははは!!!」
そりゃそうだろ、この年のガキに腰振りダンスなんて分かるわけねーわな。
クソガキがスマホ見てゲラゲラ笑ってる間に次のセルへの連絡も済ませ、いよいよ暇になったので家の中を物色する。
一度綺麗にぶっ壊したからかかなり模様替えされており、家具の配置なんかがちょっと違う。さっきはソファの足に小指をぶつけた。ムカつく配置があのゴリラ女そっくりだ。ムカつくついでに冷蔵庫を見つけた。意外と中身が充実していたので、ひとまず林檎を拝借してからテキトーに食材を見繕う。
チビガキがセクシーダンスに夢中になってる間に、昼飯でも作っておいてやろう。別にアイツのためとかそういうわけでは無い。当然だがツンデレでも無い。 あのシスコンゴリラには、"俺が作った飯を旨そうに喰うガキ"の姿が一番屈辱的だろうというと想像がつくからだ。
テキトーにフライパンを振っていたら、おずおずとガキが近づいてきた。スマホにはもう飽きたらしい。
「あの……あのね?もう、オジサン作ってくれちゃったんだけどね……?今日、ホントは私が作るって……レンちゃんと約束してて……その……」
あぁ……なるほどなぁ、困ってるガキの一人くらい、助けてやらねぇとなぁ……!
「そっかぁ……じゃあ仕方ねぇな、今回はお前がコレ作ったってことにしておいてやるよ。」
「ホント!?ホントに!?!?ありがとうオジサン!!」
「鬱陶しいから離れろっての。その代わり、絶対アイツには秘密だからな?」
「うん!レンちゃんに秘密だね……えへへ、絶対秘密だもんね……」
安心したのか、謎にニコニコしながらまたスマホの方に戻っていった。今度はダンスの真似事してやがる。大人のお姉様ならともかく、チビガキのカクカクしたセクシーダンスなんぞ滑稽なだけだ。 思わずそっち見て鼻で笑ってやったら怒られた。理不尽極まりねぇ。
そんなこんなで、テキトーに作った"ナポリタン"がテーブルに並んだ辺りで、ドタバタと外から音が聞こえてきた。アイツ、もうちょっと品のある帰り方ってもんが出来ねぇのか。
「ハナ!ハナ!!大丈夫か!?GPS切れたから急いで帰ってきt……おい、この靴!!!!!!!!」
一層ウルサくなった足音と共に、音の主が勢いよくリビングの扉を開け放つ。
「やっぱり!!!!お前か!!!!!!華に何をした!!!!!!!!!!」
「おっかえり~レンちゅわぁ~ん。一緒にご飯いただいてまーす。」
「あああああああああああああああ何でお前がハナの美味しい美味しいご飯を食べてるんだ!!お前の分は無い!!!出て行け!!!!!!!!!」
「ダメだよレンちゃん!いっつもみんなと仲良くしなさ―い、って言ってるのレンちゃんじゃん!!!」
「うぁ……いや、確かにそれは、そうなんだけど……」
「そうだっぞレンちゅわぁ~~~~~ん、ホラホラ、華ちゃんのナポリタン冷めちまうぞォ~~~~」
「お前ェ……ッ!!」
目の前からギリギリと歯ぎしりの音が聞こえてくる。そうそう、この苦虫を口いっぱいに噛みつぶした顔、久しぶりだ。
この目の前で歯ぎしりしながらスパゲッティを貪ってるゴリラ女が、火山 蓮。元FHのシスコンだ。
妹のために頑張った結果、妹を覚醒させてしまった可哀そうなヤツな上、親切に話をしてやってるにもかかわらず連絡係の俺にも悪態しかつかない。
それでもクソまじめに何でも真正面に捉えるからこそ、こうやってバカにして遊ぶと楽しいんだけどな。
チビガキに説教されて、ぐぬぬって顔でこっちを睨みつけてやがる。自業自得をこっちのせいにするんじゃねぇ。
結局、怒られたのもそこそこに顔を緩ませてスパゲッティ頬張ってやがる。俺を無視する方針に変えたらしい。チビガキがもじもじしてるのは味に自信が無いからじゃねぇんだが……面白いから黙ってよ。
「……で、お前はいつまで居るんだよ。とっとと出てけ。」
「そんな寂しいこと言うんじゃねぇよ、FH時代からの付き合いだろ?」
「うるさい、もうそんな後ろ暗い所からは足洗ったんだ、お前なんてもう知り合いでもなんでもない。」
「はぁ……つれないねぇ。別に良いんだが。」
そう言って、俺はその場で立ちあがる。チビガキが、名残惜しそうにこっちを見ている気がするが、ムシムシ。
「そうだ、お前に言わなきゃいけないことがあったんだ。」
「お前なんかから聞く話なんて一個も……」
「『A-COREの駆動はまだ止まっていない』。今のうちに合うものだけでも探しておくこったな。」
「お、おい。それってどういう」
「伝えることは伝えた、後は好きにやってろ。お前のせいでセルを追い出されたんだ、勝手にクソガキ殺してんじゃねぇぞ。」
そこまで言うと踵を返し、呼び止める声を無視して玄関の靴を……誰だよこんな汚く脱ぎ散らかした奴。
腹いせにゴリラ女の靴を玄関の外に丁寧に並べて置いて、連絡の来ていたセルへと向かって
―――その後、妹のスマホに入っているアダルトアプリに絶叫する姉の声が、空になった3つの皿を割らんばかりに響いていたことは、想像に難くない。
「……ハァ、ハァ、クソ、やっぱダメか。」
出力不足で《ディメンジョンゲート》が不安定だったらしい、どことも分からない路地裏に放り出され、身体がゴロゴロと転がる。
唐突な天地の逆転、揺れる視界に胃からせりあがるものをこらえることなどできなかった。
そのまま勢いよく胃の中身を路地にぶちまける。真っ赤なケチャップに黄色が混ざり、文字通り酸鼻を極める状態。
まったく、満足にモノも喰えねぇってのは、ホントにロクなもんじゃねぇ。人間の体だってのに、フツーのガソリンで動かねぇんだから不便なことこの上ない。
「だけどよ、コイツと付き合っていかねぇと生きていけねぇんじゃどうしようもない。ま、そんなもんだよな。」
そう言って、不安定なゲートを潜り抜ける際にボロボロになった体の、胸の部分を軽く叩く。カツン、と人間のものとは思えない、乾いた音が響いた。
露出した部分から昏い光を覗かせる半透明の球体には、『A-CORE prototype』の刻印があった。
連絡係、名前の無い"役割"としての存在。ソレは、元の名前を剥奪された残りかす。
未だに胸に残る無骨なコアは、見捨てられた残骸。UGNにもFHにも認識されていない、
鈍色に光るそれに悪態をついて、赤い林檎を口に運ぶ。今、存在しない罪人に許された食事は、この知恵の実だけ。
それでもニヤリと口角を吊り上げて、ふらふらと路地の向こう、その闇の先へと一歩足を踏み出した。
DX3『Dear…』外伝 とある連絡係の日々 @chap-trpg
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