DX3『Dear…』外伝 とある連絡係の日々

@chap-trpg

第1話 ロクでも無い日々

「―――こちらチームα、対象を見失いました。ターゲットロスト

「クソッ、どこ行きやがったアイツ!」



 ……やつらのやかましい声と足音が遠ざかっていく。

 ったく、ようやく行きやがったか。しつこい連中だ。

 高々、計画の要になるクソガキが逃げ出せるようにちっと誘導しただけだってのに、まったくファルスハーツも心の狭い組織になっちまったもんだ。

 今までひーこら言いながら一生懸命身を粉にしてサボ……働いてきた代償が右胸の大穴って言うんだからまったくやってられねぇ。

 

ま、こんな傷、ほっときゃ治るんだが、それでも痛ぇもんは痛ぇ。クソが。


 俺は、名無しだ。そういう名前とか、そういうコードネームとか、んなどうでも良い 理由がある訳でもない。単に、俺個人を指し示す名前が無い。

 ただ、それで苦労したことは一度も無ぇし、FH内部の『情報の運び屋』として切り捨てやすいトカゲの尻尾として重宝されてきた。だから、俺には今でも名前が無いし、大体は『連絡係』だの『連絡係A』だの、役割とそれにナンバリングされたコードネームがほとんどだ。

 別にこの名前や仕事を気に入っているわけでも無いが、ダサいコードネームを付けられるより百倍マシだしな。そんなこんなで、昨日の今日までFHであくせく働いていたってわけだ。それももう終わったんだけどな。


 先日、この街で起こったジャームの大量発生事件。原初のシンドロームと過去の事件の焼き直しっつう陳腐なストーリーはダッセぇハッピーエンドで幕を閉じ、また平和でクソ面白くもねぇ街に逆戻りした。特に『生きたままの絆の力を依り代にする』A-COREエンゼル-コアは全部ぶっ壊れて、それ使ってオーヴァードの進化とか訳分からねぇこと考えてたやつらの計画も全部おじゃんだ。

 コレでここらのUGNとFHの根腐れした確執も目途が付いて、晴れて俺も大手を振ってサボれるかと思ったが、何を嗅ぎつけたのか、連中『計画をぶっ潰したのは内部からの情報リーク』だってことに気が付きやがった。

 アイツらのやってることがちょっと気にくわなかったからちょっと邪魔してやっただけなのに、手に入ったのはカチコチの胸の感触だけだ。しかし硬かったな、あいつ中に石でも詰めてんじゃねぇだろうか、そういや林檎が良いって話を聞いたし、今度おすそ分けしてやろう。別に、何に良いとかそういうわけじゃないんだが、たまには俺だって憐みをかけてやってもいいだろう。何がってわけじゃないが。


 薄汚れた路地裏のアスファルトに、心臓のリズムに合わせて大量の血がべちゃりと噴出される。自然治癒リザレクトでどうにかなる範疇ではあるが、それでも思考の揺らぎと視界のブレはどうしようもなく不快でしかたがない。苛立ったように頭を振って歩きながら、霞がかった思考をフル回転させていく。今後の身の振り方も考えなければおちおち外も歩けやしない。

 まず、あのセルはもうダメだ。いくら言い繕った所でもう戻れはしないだろうし、出てくるときに邪魔だから2,3人やっちまった。死体は隠してきたが、まぁ、バレるだろ。却下。

 次にUGN。曰く甘ちゃんの支部長が来てから随分と環境はマシになったらしいが、あのゴリラ女に遭遇した時点でバレるので却下。からかうだけならともかく、一緒に仕事をするだなんてまっぴらごめんだ。

 そしてゼノス……得体の知れない連中は気味が悪い。却下。

 そうなると近隣の別セルに転がり込むのが落しどころか。噂に聞くに、A-COREみたいな研究を独自でやってる、随分と壮大な計画をお持ちのセルが近くにあったはずだ、ごっそり引き抜いてきた機密情報おみやげを持って行きゃそう嫌な顔されやしないだろう。


 ……表側が騒がしくなってきやがった。砂に雷、炎、風の軋む音が交ってるし、ありゃUGNか。めんどくせぇ、バレないようにもうちょい上手くやれや、あんなへなちょこセルこっちから願い下げだクソが。UGNにバレりゃ面倒なことになるし……この話は直接してやった方が良い。


 そんなことを考えながら路地を曲がると、角で女に出くわした。小綺麗なナリしてるくせに羽織った白衣はヨレヨレ、目があった時に敵意じゃなくて警戒の色が出てきた。こりゃUGNだな、しかも普段は非戦闘員のヤツ。どんだけ人手不足なんだよ、同情するぜ、ったく。


 向こうもようやく俺が何者か気づいたらしい、慣れない手つきで懐の拳銃に手を伸ばし始めたが、ちと遅いな。そのまま握った拳銃を蹴り上げて遠くに飛ばし、その足で女の首を壁に叩きつけて、声を出せないように押し付ける。靴の先から喉に残った空気が放り出される感覚が伝わる、うぇ、汚ぇ。妙にこなれたポニーテールとか、ちょっと怯えながらでもにらみ返してくる感じとか、見た目は好みなんだが、汚いのは無理だ、残念だったな。

 でも今回は殺すのが目的じゃねぇし、喉が潰れて目の中に怯えの色のが多くなってきたし、ここらが潮時か。すこしだけ押し付ける力を緩めてやる。


「おい、息ぐらい吸えんだろうが、声出そうなんて考えるなよ。お前が叫ぶより俺が喉を蹴り潰す方が早い。」


震えながらも、コクリと頷く感覚。 よしよし。


「ならいい。要求は簡単だ。ココで見たものは忘れて、とっとと家に帰れ。報告したチクったら、まぁ言わなくても分かんだろ。」


 もう何度か頷くのを確認してから、ゆっくりと足を離す。へなへなと腰が抜けたようにへたり込んだのを確認してから、踵を返した。ここまで徹底的にやりゃあ大丈夫だろ。今度は悪い男に捕まるなよ(笑)


 


 俺は、連絡係だ。物事を伝えるただの伝書鳩。

 俺に名前は要らねぇ。ただ、役割と伝える相手と、たまに虐められるバカが居ればそれで良い。


 ふらふらと路地を歩きながら、どこからか取り出した林檎を一口齧る。

 

 シャクリ、と瑞々しい音がした。

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