未来
未来
加子ちゃんが僕に恋をするのは、これで何度目だろう。
出会いは高校一年生の頃、隣の席になったのが加子ちゃんだった。加子ちゃんと打ち解けるのに時間はかからず、いつも一緒にいるようになった。
そして季節は巡って高校二年生の春、公園で加子ちゃんに告白されて付き合うことになった。
「未来くんはねー、顔がイケメンで、更に性格も最高なんだよー。」
恥ずかしげもなく加子ちゃんは言う。僕はいつまで経ってもその褒め言葉に慣れず、恥ずかしくて赤面する。
それから年月は流れ、僕たちは大学二年生になった。地元の大学に通う僕と加子ちゃんは順風満帆で、幸せに満ち溢れていた。けれど、その幸せは続かない。
『未来くん!!加子が……加子が!!』
それは加子ちゃんのお母さんからの電話で、加子ちゃんが事故にあったという知らせだった。僕はすぐに大学を飛び出して、病院へと向かった。
病室に入ると、頭に包帯を巻いてベッドに座っている加子ちゃんと、加子ちゃんの両親がいた。
「良かった……加子ちゃん、無事だったんだね……。」
ホッとしたのもつかの間。
「……お兄さん、誰?」
最初は冗談かと思った。けれど、不安げな加子ちゃんの表情が本気だということを示していた。
「未来くん、ちょっと……」
加子ちゃんのお父さんが深刻そうな顔で、僕を別室へと連れて行った。
結論から言うと、加子ちゃんは前向性健忘症という一種の記憶喪失になっていた。
事故によって脳にダメージを受けた加子ちゃんは中学以降の記憶を喪失し、更に毎日、午後六時に記憶がリセットされるようになってしまった。記憶が戻るかはわからず、一生このままの可能性もあると言う。つまり、僕のことは加子ちゃんの記憶から消されていた。過去の僕も、未来の僕のことも。
一連の説明を終えて、加子ちゃんのお父さんは僕にこう言った。
「加子のことはもう、忘れてくれ。」
「……。」
僕は返答することができないまま、病院を後にした。急に加子ちゃんを諦めるなんて、できるはずないじゃないか。
家に帰った僕は部屋に篭り、加子ちゃんとの思い出を振り返った。写真や手紙、プレゼント……四年分の思い出は、僕の部屋を簡単に埋めてくれた。そしてそれを見て、小さく泣いた。
翌日、大学を休んでもう一度病院に行った。もしかしたら記憶が戻っているかもしれない。淡い期待を抱いて病室をノックした。
「どうぞ……あ、昨日のお兄さん」
加子ちゃんの記憶は戻っていなかった。昨日会ったのは午後六時をまわってからだってので、あと七時間は昨日会ったことを覚えているーー。
「……ご両親は?」
「お母さんは私の服を取りに、お父さんは先生と話してる。」
そう言いながら加子ちゃんはしきりに髪型を気にして、手櫛で整えたり頭を押さえた
りしていた。
「頭はまだ触らない方が……」
心配でつい、いつもの感じで加子ちゃんの手を取って顔を近づけてしまった。
「あっ……。」
加子ちゃんは顔を赤らめて顔を背ける。
「お兄さんかっこいいから……恥ずかしくて……。」
僕はその言葉を聞いて、頭をガツンと殴られた気がした。そうだ、僕は大事な事を忘れていた。
急いで病室を出て加子ちゃんのお父さんに会いに行った。診察室から出てきた加子ちゃんのお父さんの顔は疲れ切っていた。
「お義父さん、僕は……加子ちゃんと別れません。加子ちゃんの記憶が例え戻らなくても、心の底では加子ちゃんは無意識に僕を愛し続けています。だから僕も加子ちゃんを心の底から愛します。」
お義父さんはしばらく考え込み、それから弱々しく笑った。
「……その道は辛く、険しいかもしれない。それでもいいのかい?」
僕は黙ってうなずいた。
「……そうか。ならば私は全力で君たちをサポートするよ。」
僕は気づいたんだ。毎日、加子ちゃんに恋をしてもらえばいいと。何百……いや、何千回も僕を好きになってもらおうと。だって現に今日も加子ちゃんは僕に恋しているじゃないか。
だからこれから努力して、加子ちゃんとの時間が取れる職業について、満足のいくデートをして、幸せな日々を過ごそうと。
加子ちゃんの退院後、午後六時前に加子ちゃんが告白してくれた公園に置いていくよう、お義父さんに頼んだ。加子ちゃんは高校に入ってからここの存在を知ったから、一人では帰ることができない。
デートで食事するお店は、加子ちゃんの好きな喫茶店で。マスターに頼んで加子ちゃんの好きな食べ物をローテーションで作ってもらう。
これがあり得ないほど上手くいった。絶対、不審に思うようなところも気にせずに、加子ちゃんは毎日僕に恋をした。
そして僕は今日も加子ちゃんに恋をさせる。永遠にこの状態が続いても構わない。加子ちゃんと一緒に居られるならそれでいい。大好きだよ。加子ちゃん。
午後六時の恋 九条ねぎ @kinu54_to-fu
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