午後六時の恋

九条ねぎ

加子

加子

「今日はいい天気だなぁ。」


私は青い空を見上げながら、カラッとした冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。平日の真昼間、公園には犬を散歩させている老人しかいない。私はここで、昨日知り合った片思いの相手を待っていた。


               ★ ★ ★


お恥ずかしい話、昨日の午後六時頃この公園で私は迷子になっていた。どうやってここにたどり着いたのか記憶にない。仕方なく交番を探そうとブランコから立ち上がったところで声をかけてきたのが未来くんだ。


「どうかしたの?」


普通はこの一言で「ナンパか?」と思ってしまいがちだけど、未来くんはそんな風には見えなかった。何故かと聞かれても、大丈夫!と私の第六感が言うのだからしょうがない。


「迷子になった」


私は恥じらいもなく答える。


「そっか。どこに行きたいの?」

「○○町」

「じゃあ、そこまで連れてってあげる。僕の名前は遠山 未来」

「ち、近島……加子」


初対面でここまでしてくれる未来くんって怪しい……。そう思いつつも私は自分の名前も、家がある町の名前も無意識に答えてしまった。未来くんは催眠術が使えるのかな?


そんな怪しさ全開の未来くんに従ってしまう理由は、悪い人に見えない他にもう一つあった。そう、私のタイプの男性なのです。黒縁のメガネに白い肌、ショートカットの綺麗な黒髪に中性的な顔立ち……。


「何か僕の顔についてる?」

「あっ……何でもない!」


ついつい見惚れてしまった。


「じゃあ、行こうか」


ナチュラルに差し出される未来くんの左手。素直に従う私の右手。未来くんの手はとても冷たかったけれど、私の手を優しく包み込んでくれた。


歩いている間、未来くんは自分のことをたくさん教えてくれた。私と同じ町に住んでいること、在宅の仕事をしていて自由に時間が作れること、公園は散歩の時の通り道だということ……。


家に到着する頃には、もうすっかり私は未来くんの虜になっていた。


「着いたよ」


その一言が、私の幸せの時間を砕いた。どうにかして未来くんとまた会いたい!


「ありがとうございました!あ、あの!お礼に明日ご飯でもどうですか!」


私は必死だった。絶対に、絶対にまた未来くんと会いたかった。


「いいよ。じゃあ明日、お昼にあの公園で会おう」


未来くんは嬉しそうに笑ってOKを出してくれた。ありがとう神様。今日は迷子になって良かった。


               ★ ★ ★


そして本日、この公園で午後一時に未来くんと待ち合わせ中なのです。公園までの道のりもちゃんと覚えていました!!︎


「加子ちゃん、こんにちは。待たせちゃったみたいだね」


私が昨日の事を思い出しながら一人で悶えていると、未来くんが来てしまった。これは恥ずかしい。穴があったら入りたい……。


「こんにちは未来くん!!︎全然大丈夫!!︎私が早く来すぎちゃっただけだから!!︎」


事実、私は約束の時間より30分も前に到着していた。未来くんが到着した時間も約束の時間より15分も早い。浮かれているのが丸わかりだ。


「良かった。じゃあ、行こっか。」


そうして当たり前のように差し出された未来くんの左手を、私も当たり前のように掴んだ。もうこの手を離したくないなぁ。なんてね。


未来くんに導かれてやって来たお店は、公園から1十分くらい歩いた所にある、私の大好きな喫茶店だった。昔ながらの純喫茶で、扉を開くとコーヒーのいい香りが店内に立ち込めている。


未来くんは常連なのか、ウエイターさんが案内に来るのを待たずに窓際の席に腰を下ろした。


「遠山くん、こんにちは。注文はどれにする?」


私も未来くんの向かい側の席に座ると、黒いエプロンをつけたマスターがカウンターから聞いてきた。


「うーん、今日はBセットで。加子ちゃんも同じでいい?きっと好きだから。」


そう言ってニッコリ微笑む未来くん。私が断るはずないじゃないですか!料理が来るまではたわいない話をしながら、二人の時間を楽しんだ。


「お待たせ致しました。」


愛想のいいウエイターさんが運んで着たのは、私の大好きなグラタンだった。アツアツでチーズの焼ける音と匂いが食欲をそそる。


「グラタン大好き!いただきます!」

「どうぞ召し上がれ」


私が未来くんに奢る予定なのに、私が奢られているような雰囲気になっている気が……。そんなことを考えながらも、私はグラタンをパクパクと食べ続けた。一方の未来くんは、そんな私をじっと見つめている。


「未来くん、冷めちゃうよ?」

「あ、そうだね。加子ちゃんが可愛くて見惚れてた。」


照れ臭そうに笑いながら言われたその一言で、私の心臓の動きが急加速した。ドキド

キドキドキ……。これはもしかして……。


そこからはドキドキが止まらなかった。目が合うだけで顔が熱くなる。手の汗がすごい。会話の内容が全然入ってこない。喫茶店を出た時の冷たい風がとても気持ちよく感じた。


結局、喫茶店の食事代はいつの間にか未来くんが支払っていた。また手を繋いで私達は歩き出す。その後はボーリングをしたり、河原を散歩したり。気付けば時刻は午後六時前で、私達はあの出会った公園に戻っていた。


「加子ちゃん、今日はとても楽しかった。ありがとう。」


未来くんは寂しそうな笑顔を浮かべて言った。どうしてそんな顔をするんだろう?


「私も楽しかった。また、会っ……」


言葉は最後まで言えなかった。気付けば未来くんの顔が目の前にあって、未来くんの唇で私の言葉はふさがれてしまった。未来くんとは初めてのキスのはずなのに、懐かしくて、優しくて、悲しい気持ちになるのは何故だろう?


「加子ちゃん……好き……愛してる……」

「わ、私も……好き……!大好き……」


お互いの目を見つめ合って告白した後、強く抱きしめられた。これのせいで息が苦しいのか、私の胸が苦しいのかもう分からない。嬉しい告白なのに、素晴らしい記念日なのに、なんで私も未来くんも悲しい顔をしているんだろう?いつものおちゃらけた私は何処へ行ったの?


「ジュース、買ってくるね」


先に沈黙を破ったのは未来くんからだった。公園を出たところに自動販売機にあったから、そこへ買いに行くんだろうな。公園出て行く未来くんを見送ってから、私は公園の柱時計を見て時刻を確認した。午後五時五十九分。私と未来くんが出会って丸一日かぁ……。しかも付き合っちゃったもんなー。未来くんと出会って一日記念日まで三、二、一……。


「あれ、ここ、どこだ?」


私は気がつくと、知らない公園にいた。これってもしかして、迷子?どうやってここに来たのか分からない。とりあえず近くに交番がないか調べてみようかなー……。


「どうかしたの?」


途方に暮れていた私に、イケメンが声をかけてきた。


「○○町に行きたいけど、迷子になっちゃった」

「そっか、じゃあ連れてってあげる。僕の名前は遠山 未来ーー。」

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