第24話『妖狐兄弟』
バァン、と音を立てて執務室の部屋を開け、いつも座っている椅子に腰を下ろした。
目の前にある山積みになっている書類。もうやり始めないとまた日が落ちる前までに終わらない。だが、どうしても仕事を始められなかった。
その原因はきっとさっき見た光景だろう。……知らない金髪の男と一緒にいたあいつ。
琥珀から久しぶりに外に出てきたって聞いたから、顔でも見に行こうと思って、湖まで行けばあいつは金髪男に寄り添っていた。
あの光景を見た瞬間、なぜか胸が締め付けられるような痛みが襲ってきた。その痛みはなんなのかわからねぇが、それと同時にイラつきも出てきて。俺は声をかけることなくそのまま屋敷へと戻ってきた。
「くそっ!!」
ペンを持ち、いつもの仕事の姿勢になれば集中出来るかと思ったがやはり無理だった。
持っていたペンを床に投げ捨て、デスクに肘をつきながらも頭を抱える。
このままだと本当に仕事が進まねぇ。何であいつなんかの事気にしてんだ。俺は。
イライラし、もやもやする自分自身の感情に対してもイライラしていた。
「てか、あの妖は誰なんだ。 あそこにいたって事は琥珀んとこの奴なんだろうが」
少なくとも俺はあんな妖は見たことがなかった。でも自分の国じゃない国の妖なんて覚えていないから、知らなくても不思議じゃないんだが。
「大河、いるか?」
「……誰だ」
一人、頭を抱えたまま考え事をしていれば扉の向こうから声が聞こえてきて、その声の主は俺がいるとわかれば許可もしてないのに勝手に入ってくる。
こんな奴は一人しかいねぇ。
「
「よぉ」
それは俺と同じ色の白髪を伸ばしている兄の影成だった。
影成は部屋にずかずかと入ってきたかと思えば、俺の前まで来てニヤニヤしながらも座っている俺を見下ろしてくる。
相変わらず、こいつの笑った顔腹立つな。一体何しに来たんだ。
「何か用か」
「兄貴が来たのにつれねぇな。 何か嫌なことでもあったのか?」
「別に」
「……あぁ、もしかして新しい聖妖様が来たからまたイラついてんのか?」
「そんなんじゃねーよ」
確かに最初はイライラしていたし、なるべく関わらないようにしていた。でも今は違う。寧ろ、出来れば毎日顔を見たいと思ってしまうときがある。
なぜヒト嫌いの俺が急に、そんな事を思うようになったのかはわからない。でも気がつけば、毎日でも会って会話がしたいと思うようになっていた。
まぁ、だからといって俺も長としての仕事があったため、毎日は行ってなかったし、ここのところあいつは何故か塞ぎがちだったから随分と会ってなかった。
──なのに、急に出てきたかと思えば知らねぇ妖に嬉しそうに寄り添いやがって。あれはまるで恋人同士だ。
「でも、お前がここまでイラつくのは聖妖様関係だろ?」
「ッ!!……違ぇよ」
「ふっ。まぁいい」
図星を突かれたが、否定の言葉を言えば俺を嘲笑うかのように笑みを見せる影成。
やっぱり兄弟でもいけすかねぇ野郎だ。
そんな事を心の中で考えていれば、影成は俺の前に数枚の用紙を差し出してくる。
「またか」
「お前もいい加減、嫁を貰え」
「いらねぇ」
「長をやっているからって遠慮することはない」
「遠慮なんてしてねぇよ」
また見合い話を持ってきた影成。
前々から顔を会わす度に「そろそろ結婚しろ」としつこく言ってきていて、こうしてたまに見合い話を持ってきていた。
だからこいつが来たって事は、何となくそんな話をしに来たんだろうとは薄々感づいていた。
だが話を突っぱねてもその場に留まる影成に渡された用紙を渋々見てみれば、一枚毎に写真とその女性のプロフィールのようなものが書かれている。
それに写真に写っている顔をよく見れば、町に出ればよく俺の周りにまとわりついてくる女妖狐どもばかり。
ったく、こいつらもしつこいな。今はそんな気分じゃねーのに。
「返す」
「良い女いなかったのか? それか好きな奴でも出来たか?」
「……さぁな」
影成の言葉に返す気もおきなくなった俺は適当に返事をし、用紙を返す。
影成のせいで、余計イライラが募っていく。あいつの事でもイライラしてたってのに。
だが、いつもと違うと思ったのか影成は俺の顔を覗き込んできて。「何だ」とイラつきながらも言えば、また笑みを浮かべやがった。
「まさかお前」
「……」
「聖妖様の事が、好きなのか?」
「はぁ!?」
影成の言葉につい声をあげてしまったが、影成は構わず続ける。
「最近、新しく来た聖妖様……えっと陽菜様だっけ? その方とよく一緒にいるそうじゃないか」
「……てめぇ、また楽から聞き出したな」
「お前が自分の事全然話さないからだろ。 楽を怒るなよ」
「楽には怒らねぇよ」
悪気のなさそうな顔をしている影成を睨むも全く効かない。そんな事はわかってるんだけどな。
しかし、毎度屋敷に来たとき俺の事を楽から聞くのはやめてほしい。楽に「言うな」とは言ってないが、楽が口を開かなきゃ脅して無理矢理ききだすからなぁ、こいつ。
「で、陽菜様の事好きなのか?」
「!! ……知るか」
しかし、あいつの話になった途端真剣な表情をしだす影成。その態度の変化が気になったが、俺はまた返事を濁した。
俺があいつを好きだって? そんな事、あるわけねぇだろ。……多分。
「お前もし陽菜様を好きになったのなら、やめておけ」
「は?」
俺があいつを好きだなんて言い出したかと思えば、今度はやめておけ?
こいつは何が言いてぇんだ。
勝手に俺の気持ちを決めつけて言ってくるため、イラつきながらもまた睨むが影成はそのまま続けた。
「聖妖様はお前より長く生きられないんだ」
「……」
「それに聖妖様はお前の嫌いなヒトだろう。 何でヒト嫌いのお前が最近よく一緒にいるのかわからないが、ヒトの考えを持っているから色々と面倒だろ。やめておけ、あまり関わらない方がいい」
「てめぇ!!!」
「!!」
勢いよく立ち上がった事で、椅子がガタンと音を立てて倒れ、俺は目の前の影成の胸ぐらを掴んでいた。やろうと思ってやったわけではない。影成の言葉を聞いて、体が勝手に動いていたのだ。
何でこんな行動をしたのか、自分でもよくわからないが何だかあいつを侮辱されたようで頭に来た。
「あいつは、ヒトじゃねぇ。 俺たちと同じ妖だ」
「……へぇ」
「あいつが嫌ならお前も
「わかったって。 悪かったよ」
影成からの謝罪の言葉を聞いてようやく、一気に沸き上がってきた怒りが収まってくる。
ゆっくりと胸ぐらから手を離せば、影成は自分で乱れた服を整え、深いため息を溢す。
「やっぱり、お前陽菜様が好きなんだな」
「何でそう思う」
「ヒト嫌いのお前だし、今まで聖妖様をヒトだと思っていたのに、急にこうして庇うような事を言うのはおかしいだろ。それ以前に陽菜様に心開いている時点で驚いたが。 もしかして自分で陽菜様が好きな事、気が付いてなかったのか?」
「……」
俺があいつを好き……。
確かに今までヒト嫌いで聖妖様をヒトだと思っていた俺が、あいつと口論して、楽の言葉で考え直されて認めるようになった。ただ、それだけだと思っていた。
でも影成に何度も「好きなんだろ」と言われ、最近の気持ちを思い返してみる。
あいつと一緒にいると楽しくて安らげて、でもあいつはどこか抜けているから目が離せなくて。
でも、他の奴と話していたり一緒にいるだけですごく腹が立っていた。現にさっきも……。
まるで恋人同士のよに寄り添っていたあいつらの事を思い出すと、胸がもやつきイライラが再発してくる。
──じゃあ、俺は本当にあいつの事好きになってたのか。
「やっと自覚したって感じだな。 で、どうするんだ? 好きだって言うのか?」
どうする? どうするも何も、さっきの光景を見てあの二人は恋人だろう。なら俺が割って入る隙間はねぇよな。と、すると自ずと答えは見えてくる。
「うるせぇ。 あいつには好きな奴が居るみてぇだから、どうするつもりもない」
「え、そうなのか!?」
散々俺が驚かされたが、今度は影成が驚き目を見開く。
詳しくは言わなかったが、さっき湖で男と寄り添って一緒にいたことを伝えれば、「へぇ」と感心していた。
恋人でなくとも、あんなに寄り添っていれば好きな可能性がかなり高い。……なら、影成が持ってきた見合いで誰かと結婚してしまえばこの行き場のない気持ちをかき消せるだろうか。
俺はまだ驚いている影成に返した用紙をまた奪い、適当に選んだ女の用紙を見せ、見合い話を承諾した。
私、人間から妖怪になりました 抹茶ロール @yururun
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