第23話『好きと隙』

 奇襲された日から今日までの数日間、私は廻り縁にさえ出ることなくずっと引きこもっていた。

 理由はこのもやもやした気持ち。

 しかし雫さんや楽くん達は奇襲されたせいで外出を怖がっていると思っているようで、かなり気を使われている。

 そろそろ外に出ないと運動不足にもなるよなぁ。それにいい加減皆に気を使わせるわけにもいかないし。


「南の国の湖にでも行こうかな」


 小さく呟いた言葉には誰も返してくれる人はいなく、虚しく消えていく。

 それにしてもしばらく皆とあまり関わっていなかったし、話もろくにしていなかったせいか、今さら寂しさが出てきた。とりあえず南の国に行って、琥珀さんい湖に連れていってもらおうかな。忙しくなきゃいいけど。


 私は重い体を動かし、ゆっくりとした足取りで部屋を後にした。





 ***





「では行きましょう」


 南の国に来て琥珀さんに声をかけてみれば、快く承諾してくれた。


 そして琥珀さんとも話すのは久しぶりなため、つい夢中になってしまい、気がつけば湖へと到着していた。湖は相変わらず透き通っていて美しい。写真にでも撮って部屋に飾りたいくらいだ。


「やっぱり、きれいだね」

「そうですね」


 湖に着いた私たちはほとり近くにある木の木陰へと腰を下ろす。のだが、やっぱり琥珀さんは座らない。多分私に気を使ってるんだろうな。


「琥珀さん、座れば?」

「いえ、俺はいいです」

「そっか」


 やっぱり断られちゃった。

 しつこく言っても、嫌がられるだろうから彼の好きにさせよう。

 立ったままの琥珀さんを見上げたものの、私はまた湖に目を向けた。


 ふと湖を眺めていれば、湖の丸い形が四国全体の形に見えてきて、前に教えてもらった"荒くれ者"達の存在を思い出す。

 そういえば、何で四国の外にいるんだろう。石英病になるってわかってるのに。


 そんな疑問が浮かんできて、私は立ったまま湖を眺めている琥珀さんに尋ねてみた。


「琥珀さん、ちょっと気になることがあるんだけど」

「何でしょう」

「荒くれ者達って何でこの四国の外にいるの? 石英病になるってわかってるのに。 それにぬらりひょんも……何でわざわざ外に無法の国なんて作ったの?」


 荒くれ者の連鎖なのか、ぬらりひょんの事に関しての疑問も自然と浮かんできて、同時に聞いてしまっていた。

 しかし、突然一気に質問しても琥珀さんは笑顔のまま教えてくれた。


「まず、ぬらりひょんですが」

「うん」

「ぬらりひょんは元々ヒト嫌いなのです」

「ヒト嫌い……」


 その言葉で一番に思い浮かぶのは、大河さん。彼もヒト嫌いだったよね。


「普通、妖というのはヒトの強い想像や思い込みから生まれることが多いのです。 一部では死んだヒトの恨みなどから妖になるものもいますが」


 確かに、妖怪とかはヒトの想像や見間違いから生まれたものだ。ヒトの恨みなどから妖になったのは結局は"霊"だと聞いたことがある。


「しかし聖妖様は違います」

「!!」

「普通の妖のように強い思い込みや死んだヒトの恨みから妖になっているわけではなく、生きているヒトの"存在が変わる"事によって聖妖様になるため、ヒト嫌いは聖妖様を"ヒト"だと言い、妖と認められないらしいのです」

「……」

「そのため、ヒトである聖妖様の力は借りたくないと、ぬらりひょんはこの四国から出ていったのです。 ぬらりひょんの側近や荒くれ者も同じ考えでこの国を出ていきました。しかし、一部の荒くれ者の中には元々この四国にいて乱暴等で問題を起こし、追放されたものもいます」


 琥珀さんから聞く事実に言葉が出てこない。

 そうか、だからこの国にいないんだ。でも石英病になるリスクがあるのに。

 しかし、琥珀さんの説明でなぜ大河さんも私の事をしつこく"ヒト"だと言ってきた理由がわかり、それと同時に以前雫さんが言っていた<聖妖様を食らえば、自分がなれる>という言葉を思い出す。


「もしかして、ぬらりひょんが私を狙ってるのは自分が聖妖様になろうとしているから?」

「……えぇ。 恐らくは」


 私の言葉に、気まずそうな表情を浮かべながら言う琥珀さん。

 やっぱりそうなんだ。本当の話かどうかわからないのに、ぬらりひょん達は本気で信じているんだ。だから、覚と鎌鼬を送りつけてきて。


 しかしこの話をしていた直後。迹くんが湖まで来たかと思えば、トラブルが発生したとかで琥珀さんは屋敷に戻らなくてはいけなくなってしまった。

 でも私はまだ湖に居たかった為、その事を伝えれば「一応怪しい妖はいませんが、お気をつけください。怪しいやつが来たら、近くの町にお逃げくださいね」と言い、迹くんと足早に屋敷へと戻っていった。





 湖に一人になった私。

 ぼんやりときれいな湖を眺め、さっきまで琥珀さんと沢山話をしていたのになんだかまた寂しくなってきてしまった。


「そういえば……大河さんに……、初めて名前呼ばれたなぁ」


 ふと、鎌鼬が奇襲しに来た日を思い出す。助けてもらうとき、大河さんは確かに"陽菜"と叫んだ。呼びたくて呼んだのか、無意識なのかはわからないけどあの時の事を思い出すと、凄く嬉しくて、ドキドキして、心が暖かくなる。

 それにここ最近、必ず大河さんが頭の中に現れる。誰かと話をしたり一緒にいればそんな事はないんだけど。

 今日本当は久しぶりに大河さんの屋敷にでも行こうかと思ったのだが、また邪魔してしまい仕事を溜めてしまっても困ると思って足が向かなかったのだ。

 でも何で私、こんなに大河さんの事考えちゃうんだろう。


 これは人間の時でもあった気持ち。

 本人に会えば、嬉しくてドキドキして。でも他の女性と一緒にいれば胸がもやもやしてイラついちゃって。しばらく会っていないと、とても会いたくて、恋しくて──。




 ……あ。




 心の中でいろんな事を考えていくうちに、この不思議な気持ちに当てはまる言葉にやっと気が付くことが出来た。

 そうだ、これは好きって言う気持ちだ。

 人間の頃、長いこと誰かを好きになるなんて事はしていなかったせいで気がつくのに時間がかかってしまった。

 そうか、私大河さんの事好きになってたのか。


 しかしハッキリと自覚した途端、その場に一人のはずなのに顔が熱くなり、鼓動もバクバクと早くなっていく。

 気持ちに気が付いたのはいいけど、次会うときどんな顔していいのかわからないし、ドキドキして今までと同じ態度で接する事出来るかな。

 そんな不安が大きくなっていき、私は俯き、深いため息をつきながら両手で顔を覆う。


「どうされました。 陽菜様」

「!!」


 一人で大河さんの事を考えていた時、突然誰かに声をかけられ肩が震えてしまった。

 声の主を確認するため、顔をあげればそこには金髪一つ結び三つ編みタレ目の男性が微笑んでいた。

 あまりの美青年で驚き固まってしまったが、彼は私に「具合悪いのですか?」と言いながらも、ごく自然に当たり前のように私の横に腰を下ろす。

 しかしこの世界に来て、初対面の妖にここまで接近されたことがないため、つい後ずさりしてしまいそうになる。


「具合悪くないから……。 あ、あなたは誰なの?」


 そう質問するも、彼は逃げ腰の私が離れないよう左腕を腰に回してきて。驚く私に気にすることなく、今度は右手で私の顎に手を添え、自分の顔を見ろと言わんばかりに向かせてくる。

 ここにいるって事は、南の国の妖なんだろうか。さっき琥珀さんは怪しい妖はいないって言ってたし。この妖が怪しいやつなら気がついてる筈だよね。


「申し遅れました。 僕は久遠くおんと申します」

「く、おん……さん」

「えぇ」


 なんだろう。彼のエメラルドのようなキレイな瞳から目が離せない。なんだか吸い込まれてしまいそうだ。それに久遠さんの目を見ていたら、スゥッとが消えたような、楽になったようなそんな気がしてきて。その"何か"は私の大事なものだから目を逸らさなきゃ、と思うのに逸らせなく、どんどん彼に取り込まれていくような気がする。

 それに抱き寄せられているせいか、なんだかドキドキしてきた。何でだろう。


 ──なんか……ドキドキして、熱い。


「陽菜様、顔が真っ赤ですよ」

「!!」

「やはり、具合が──」

「何でもない!」


 顔が熱くなっていくのはわかったが、彼でもわかるほど赤くなっていたらしい。でも何で、初対面の彼に私はこんなにもドキドキして苦しいんだろう。

 顔も心も落ち着かせようと慌てて彼から離れようとするも、なぜか解放してくれない久遠さん。


 離れようともがく私の顎に手を添えていた右手は、今度は頬を優しく撫で始め、更に鼓動が早くなってしまう。


 と、その時だった。


 近くに誰かの視線を感じて、久遠さん越しに彼の後ろを見てみると、そこには何故か大河さんの姿があって。


「大河さん!!」

「……」


 無理矢理久遠さんから離れようとするもやっぱり解放なんてしてくれなく、大河さんは私たちの様子を見て眉間にシワを寄せ、何も言わず踵を返して立ち去ってしまった。


 その様子を私は久遠さんと体をぴったりとくっつけたままジッと見つめていた。

 本当は追いかけなきゃいけないはずなのに、でも何で追いかけなきゃいけないのかわからない。別に大河さんは私の彼氏でも何でもない。のに、この光景を見られて誤解をされたと不安になり、誤解を解かなきゃという焦りの気持ちもある。


 いろんな感情が私の中で混ざりあっているようで訳がわからなくなってくる。


 でも今はっきりわかるのは、私は久遠さんが好きだということ……。

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