第22話『奇襲』
「あ!」
「ん」
「秋真!! お前」
「何だ、突然」
大河さんと移動空間を使い城に来くれば早々に秋真さんを発見した。丁度、下の階から階段を上ってきたようで、大河さんの声に反応し、面倒そうな言葉を言うも表情は安定の無。
しかしそんな秋真さんに対して眉間にシワを寄せ、睨みながらもズンズンと近づいていく。
「お前、こいつに余計な事を言っただろ!」
「……こいつって誰の事だ」
「こいつだ!!」
「!!」
秋真さんに近付いていった大河さんの後ろを歩き、そして彼らを通りすぎて部屋へと戻ろうとすれば、大河さんにビシッと指を指され、驚いてしまった。
というか、また「こいつ」って。私には陽菜って名前があるんだけど!!
「お前はまた……。 いい加減その口の聞き方をやめろ。 このお方は陽菜様だろ」
「うるせぇな! そんな事より、余計な事を言うな!」
私が言おうと思ったことを秋真さんは、少しだけ眉間にシワを寄せ、注意をしてくれた。
でも、秋真さんがこうして言っても、大河さんは直す気は全く無いようで、スルーされている。
きっと私が言っても、直してはくれないだろう。秋真さんに対して怒っている大河さんをチラッと見た後、私は心の中で小さくため息をつきながらも、階段を上り部屋へと向かう。
でも大河さんは何で私の事を名前で呼んでくれないんだろう。勿論、畏まった時には「陽菜様」と言ってくるけど、普段の会話では一切ない。
部屋へと着いてそのまま、開いている廻り縁に出て高欄に手をつきながらも景色を眺める。暖かな日差しに爽やかな風。それがとても心地良い。
しかし、頭の中は大河さんの事。
──本当に、何で名前呼んでくれないんだろう。
お前やてめぇ、それにこいつと言われるくらいなら、呼び捨てでも良いから呼んでもらった方がいい。
後で言ってみようかな。
そんな事を考えながら、暖かい日差しを浴び、寛いでいた時だった。
突然ビュォーと、廻り縁に出て今まで感じた事のないような突風が吹いてきたのだ。きっとただそれだけならいいのだが、その強い風は収まることはなくて、私の長い髪を乱しながらも吹き続く。
「っわ!! え!!」
そしてなぜかその風は私に集中して吹いてくる。……この風はなんだかおかしい。
この時、ようやく異変に気が付いたのだがそれは時すでに遅く、私の体に纏うように吹く風は私の体を徐々に浮かしていく。
「な、何これ!!」
風ごときで自分の体が浮くわけない。そう頭の中で思うのに実際は、持ち上げられるように体が浮いてしまい、飛ばされないよう高欄にしがみつく。
「っ、誰か!!」
「くくく」
「!!?」
飛ばされそうになり、必死に高欄に掴まっていれば近くから笑い声が聞こえてきて、私は声がした方へ目を向ける。
その先にいたのは、小さな竜巻があり、その竜巻の上に茶色い毛並みをした鼬のような動物が立っていたのだ。その小さな竜巻はまるで浮く乗り物のようで。そしてその鼬の手には鎌のようなものもあって。
「あなたっ……!」
「お前が新しい聖妖様だな」
その言葉を聞き、この鼬はすぐにぬらりひょんの刺客なんだと気付く。
しかし、体が風に持っていかれそうなこの状態で私に何が出来るのか。いや、必死に飛ばされないように掴まっているのが限界だった。
このまま、連れていかれるわけにはいかない。
私は、下の階にいるであろう二人に助けを求めるため、スゥッと息を吸い込む。
「大河さぁん!!」
──無意識に大河さんの名前を叫んでいた。
その直後、ドタドタと走る足音が微かに聞こえてきて。
バァンと思いきり襖が開き、大河さんが飛び込んでくる。
「陽菜!! 掴まれ!!」
走り、廻り縁に出てきた大河さんは風に飛ばされないよう扉に掴まりながらも、私に手を伸ばしてくる。
その手を掴むために手を伸ばし、離れないようしっかりと手を握れば、グッと腕を引かれ、ようやく私は地に足を着くことができた。
のだが、なぜかそのまま大河さんの胸の中へ飛び込む形となってしまったのだ。
私の後ろではまだ、ヒュォーと突風の音が聞こえるも、大河さんに抱きしめられている今は、正直それどころではない。
「っうぐ!!」
「!?」
大河さんの胸に顔が埋まり、鼓動が早まっているのを感じていれば、鼬のような妖の呻き声が聞こえてきて。
一体何があったのか。気になった私は大河さんの胸から顔を離して振り向く。
廻り縁から外を見てみれば呻き声がしたのと同時に突風は収まったのか、いつもの静けさが戻るもその場の緊迫感は変わらない。そして鼬の妖の尾からは真っ赤な血が滴れている。
「鎌鼬か」
「っくそ、烏天狗め……」
「奇襲は失敗だ。大人しく帰れ」
成る程。あの妖は鎌鼬らしい。
その鎌鼬の近くには、漆黒の翼を大きくゆっくりと動かし飛んでいる秋真さんの姿がある。
彼が飛んでいる姿を見るのは初めてだ。……なんかかっこいい。
なんて呑気な事を考えていれば、尾を怪我した鎌鼬と目があってしまって。
「……」
「久しぶりだな、鎌鼬」
「くくく、そうだね。 大河」
私の事をジッと見つめながらも大河さんの言葉に返事する鎌鼬。
なぜ私の事をそんなに見てくるのか、なんだか不気味で恐怖心が出てきてしまい、大河さんの服をぎゅっと、シワが出来てしまう程強く掴んでいた。
それに気が付いたのか、強く抱きしめてくる大河さん。
守ってくれているんだとわかっているのに、鼓動は勝手に早く動いてしまう。
「悪ぃがこいつは渡せねぇ」
「へぇ、ヒト嫌いの大河がねぇ。ねぇそいつは大河にとって大切なの?」
「は?」
「ねぇねぇ」
「……ッ、あ、当たり前だろ! こいつは聖妖様なんだ」
「え、聖妖様としてなの?」
「当たり前だ!」
鎌鼬は何でそんな事を聞いているんだろう。そう思うも、なぜか大河さんの"聖妖様として"という言葉が嫌に耳に残って、胸がチクンと痛む。何で? 何でこんなにも痛くて苦しいんだろう。
しかし、そんな私を他所に鎌鼬は少しだけニヤリと笑みを浮かべ口を開いた。
「ふーん。まぁいいや。失敗したから帰るね」
「もう二度と来んな」
"失敗した"。確かにそうなのに、何故か鎌鼬は満足げな表情をしながらも、小さな竜巻に乗り、去っていってしまった。
完全にいなくなった事を確認した秋真さんは、バサッと音をたてながらも、廻り縁から部屋へと入ってくる。
そして私はようやく大河さんの腕の中から解放された。
「陽菜様、お怪我は」
「大丈夫。 ありがとう」
私の身を心配してくれる秋真さんとは対照的に、腕を組みながらも何か考え事をしている大河さん。……何を考えているんだろう。
だがそんな大河さんに秋真さんは歩み寄っていき。
「大河」
「何だ」
「お前、やはり最近おかしいぞ」
「あぁ?」
「今までこんな事無かったし、敵が城に着く前にお前は気が付いたはずだ」
「え……」
「……」
その言葉を言われ、渋い表情を浮かべる大河さん。
いつもなら気が付いた? じゃあ何で今日は気が付かなかったんだろう。もしかして、疲れてるから?
「秋真さん、大河さんは──」
「余計な事は言うな」
「仕事が溜まっていて疲れているから」そう言おうと思えば、大河さんにギッと睨まれてしまい、慌てて口をつぐむ。
大河さんが疲れているから、気配に気がつかなかったと思っている私を気遣ってかわからないが、秋真さんが「そのくらいで、こいつが気配に気が付かない筈がありません」と私に教えてくれる。
「たまたまだ」
「そんな言い訳で納得できるわけがないだろ。 まさかお前、やはり……」
「うるせぇな!! 無事だったんだから良いだろ!」
「今回は大丈夫だったが、陽菜様が連れて行かれてしまってからじゃ遅いんだぞ!」
今回ばかりはうるさく言う秋真さんにうんざりしている様子の大河さんは、気だるげに言い返しながら部屋を出ていき、その後を秋真さんが追いながらも怒っている。
そんな二人を見送り、一人になった時。ようやくバクバクと鼓動が激しく動いている事に気がついた。
これは奇襲されたからなのか、それとも大河さんに抱きしめられたからなのか。
わかりそうでわからない、この気持ちのせいで私の気分はどんどん下がっていった。
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