第12話『和解』
体がとても温かくて安心する。なんだろう……。
ゆっくりと意識が戻り、瞼を持ち上げればまだ見慣れない部屋の天井が目に入る。
ぼんやりと何故ここで寝てしまったのか、まだ半分寝ている頭で考えれば、大河さんと喧嘩してしまったことを思い出した。
……というか、あれは勝手に私が怒っちゃっただけだよね。子供みたいな事しちゃったかな。
しかし、私の体の上に乗ったものに目を向けてみれば、それは白いもふもふしたもの。手で触れてみれば、やはり思った通り柔らかい毛並みで、触り心地は最高だった。しかも同じ感触が、背中からもしている。これは一体なんだろう。
体を起こして、毛並みが最高なもふもふしたものがどこから来ているのか、目で追えば、同じようなもふもふが九つ。
寝ていた位置を移動してみてみれば、もふもふの正体がすぐに判明した。
「き、狐……!?」
私よりも大きな白い狐が、スヤスヤと寝ていたのだ。一瞬ぬいぐるみかと思ったが、呼吸をしているし、何より私が寄りかかっていた腹部辺りを触れれば暖かい。
そして、狐全体を見てみれば、私の体に掛かっていた部分は九本の尻尾だったらしく、この狐はもしかしたら大河さんなのかもしれないという、結論に至った。
でも、なぜ?
大河さんは、ヒトが嫌いだし、私の事も嫌いなはず。それにさっき、喧嘩しちゃったし。
……それにしても、毛並みが最高すぎて。
スヤスヤと眠る彼の背中を撫でれば撫でる程、毛並みが気持ちよくてやめられなくなる。
「ん……」
「!!」
しかし、あまりにもしつこく撫ですぎたのか、大河さんであろう狐はピクリと体を動かす。
──やばっ、起こしちゃったかな。
もぞっ、と白くてもふもふした大きな体を動かす彼の目を見てみればゆっくりと瞼が開いていく。
「ん……お前」
「!!」
目を覚まし、私に目線を向けてきた大河さんらしき狐。
だが私は先ほどの件で気まずさがあるせいで後ずさりし、つい距離を取ってしまう。
また、あのような事を言われるんじゃないか。そんな事が頭を過り、緊張と恐怖からか、バクバクと鼓動が早まっていく。
「た、……大河さんです、か?」
「あぁ、そうだ。……いや、失礼しました」
「?」
恐る恐る大河さん本人なのか、聞いてみただけなのに彼は何故か私に謝りながらも体を起こして、私の前へと、犬がお座りした感じに座り、頭を下げる。
急にそんな事をしてくる大河さんに戸惑い、少し身を引く。
「陽菜様、これが本来の俺の姿です」
「……」
急に敬語になっているし、さっきまで酷いこと言ったりしてきたのに何で?
また、形だけの謝罪をするつもりなんだろうか。
「先程は失礼致しました。 陽菜様の気持ちも知らず、俺は貴女様を傷付けるような事を……。 しかし、俺はヒトを好きになる事はできません。もし今後、俺と関わりたくないのなら、長を降りるつもりでございます」
「え……、な、何でそんな、急に」
突然、そんな事を言われても困るし、本当に彼の考えている事がわからない。
「今のこの妖の国では妖である貴女様がトップ。貴女様のご命令とあらば俺は従います」
"妖"。
そう言われて、また先ほど言われた言葉が甦ってくる。
<元々はヒトだろう。 考えもヒトだ。 その状態で何が妖だ! 貴様ら、ヒトと妖を一緒にするな>
あんな事を言ってきたのに……。
気がつけば、私は眉間にシワを寄せ、自分の服をぎゅっと掴んでいた。
「……大河さんからしてみたら私はヒトなんでしょ?」
「……俺は、ついさっきまで貴女様の気持ちなんて考えていませんでした。……しかし、楽達の話を聞いて気が付きました」
「……楽くん達の話?」
「もし、俺が陽菜様と同じ状況ならきっと恨み、協力などしません。ですが陽菜様は……我々の為にここに留まり、妖を知ろうとしてくださっている。 それは妖だろうと、ヒトだろうと、簡単に出来ることではありません」
目の前で、狐の……本来の姿になり、深々と頭を下げる大河さん。
楽くん達がどんな話をしていたのかわからないけど、考えを改めてくれたのかな。
少しばかりまた建前で言っているんじゃないかと思う反面、何だか彼に認められたような気がして少し嬉しくなっていた。
でも、"ヒトは好きになれません"か。
まぁ、人それぞれ……妖それぞれ色んな考えがあるし、もし出来るのなら、今後ゆっくりと人の良い部分を大河さんに伝えられたら良いな。
「大河さん──」
「陽菜様」
「!!」
「あ、はい!」
大河さんにケンカの事はもう忘れ、長を降りてはダメと伝えようと口を開いた時。
閉められた襖越しから雫さんの声が聞こえてきて、つい返事をしてしまえば「失礼致します」と言う声とともに襖が開かれた。
「!!」
ゆっくりと襖を開け、私の前に座る大河さんを見た雫さんは驚いたのか、目を丸くする。
もしかして、大河さんの本来の姿を見たことがないのかと思ったが、きっと彼らは長を努めて長い。
だから、もっと違う理由で驚いたはずだ。
驚く雫さんから大河さんに目を向けてみれば、彼は下げていた頭をあげていて。
大河さんの大きな狐の体は徐々に小さくなり、身体中にあるもふもふした毛も徐々に消えていく。
そして、彼の体はいつもの人の姿へと戻ったのだ。
いつもの大河さんだ。てか、よくアニメとか漫画で表現されてるボフンと煙が出て、姿変える訳じゃないんだ。
「大河……」
「……」
いつもの姿に戻り、私の前に正座している大河さんは雫さんに名前を囁かれ、彼女から顔を逸らしてしまう。
とにかく雫さんが来たってことは何か用があったんだよね。それに大河さんもわざわざ来てくれたみたいだけど忙しいかもしれないし。
「とりあえず……大河さん」
「はい」
雫さんから顔を背ける彼の名前を言えば、ピシッと背筋を伸ばし私をまっすぐ見てくる大河さん。
「長を降りるだなんて、もう、言わないで。 私も悪い事しちゃっただろうし……」
「……ありがとうございます」
「話はもうこれで終わりね」
「はい」
ケンカしてしまった事はもう引きずらないよう、手をパンッと叩き、終わりの合図をすれば大河さんは頷く。
これからずっと関わっていくんだから、ギクシャクしていたらお互い息苦しくなっちゃうからね。
しかし、少しだけ私たちの会話を聞いていた雫さんは、まだ驚いた表情のまま、大河さんに問う。
「た、大河。 ……あなた、乱暴に連れ回した他に陽菜様に何をしたのよ」
「お前には関係ねぇ」
私が"終わり"と言ったからか、自分のした事を言いたくなかったのか、大河さんは雫さんに冷たく言い返し、立ち上がる。
そしてそのまま部屋を出ていってしまった。
いなり寿司に気が付いたのは、彼が出ていって数秒後の事。
「いなり寿司……大河さんが持ってきたのかな」
「陽菜様……」
「雫さんそんなに驚いてどうしたの?」
「いえ……大河が陽菜様の前であの姿になっていて驚きました」
「あぁ、狐の姿? ……何で?」
雫さんの言葉でつい首を傾げてしまう。
それほどあの姿は、滅多に見れないという事なんだろうか。
理由がわからず、自分で色々と考えていれば雫さんが教えてくれた。
彼が、大河さんが、今までの聖妖様に本来の姿を一度も見せた事がないという事実を。
その理由は恐らく、彼の過去と私に言ってきた言葉が原因だろう。
しかし、何故急に態度が変わったのか気になったらしい雫さんは「大河が何かまたご無礼を……」と心配してきたので、大河さんから"ヒト嫌い"を聞き、ケンカした事だけは話しておいた。
狐の姿を今までの聖妖様に見せたことがないって事は、少しずつ心を開いてくれてるって事なんだろうか。
何だかそう考えれば考えるほど嬉しくて、顔が綻んでしまっていた。
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