第11話『開きつつある心』

 新しく来た聖妖様は、前の聖妖様よりチビでガキっぽかった。

 元々ヒト嫌いの俺は、なるべく関わりを避けるためさっさと町案内をしてしまおうと連れ出したのに。

 少し歩いたぐらいでへばったり、俺が軽く睨んだりしただけで怯えていた。

 それに町案内はあと少しで終わりそうだったのに、何を思ったのかアイツは今日、琥珀の国に行き、案内してもらっているんだと。

 迹から聞き、俺はただ早くアイツとの関わりを最小限にしたいが為、苛つきながらも南の国へと向かい、アイツを探しにいった。


 その時本当にヒトの考えることはわからない、と思うと共に、腹立たしさも感じてしまった。


 だから、アイツに言ってやった。


 "ヒトが大嫌い"だと。

 "お前は所詮ヒトで、妖じゃない。一緒にするな"と。


 その言葉を聞いたアイツは涙ぐみ、俺に言い返してきやがった。



 ──ヒトのくせに。



 その時はただ、それだけしか思わなかった。


 アイツが移動空間に入り、屋敷からいなくなった後は、腹を立てながらも執務室へ戻り、仕事をやっていればすぐ琥珀と、乱暴に腕を掴み連れていったと琥珀から聞いたのか雫までもがやってきて。

 謝ってこい、としつこいくらい言われたから、俺は渋々謝りにいった。

 だから、もちろん形だけの謝罪だ。


 これで事が収まればと思っていた。


 しかし、アイツは俺の形だけの謝罪を見抜き、どっか行けと言ってきた。


 今までいろんな聖妖様がいた。でもここまで面倒なやつはいなかった。

 だからか、余計に苛立った俺は部屋に入ることなく屋敷へと戻ってきてそのまま執務室へと向かった。

 執務室には先程よりも書類が増えていて、ため息が溢れる。


 町案内を先に終わらせようと、書類の署名を後回しにしていたせいで、仕事が溜まってしまっていた。ただそれだけでも苛々してくる。

 ほんとにあの女が来てから、苛つく事ばっかりだ。


 でも苛々しているだけじゃ仕事は終わらない。

 俺は椅子に座り、書類を片付けるため、筆を握った。





 しかし、あの女が頭にチラつきなかなか集中出来ない。

 先程見た、涙を堪える顔に俺を睨み付ける顔。

 アイツはただのヒトの女なのに。なんでこんなにも気になってしまうのか。


「散歩でもするか」


 気分転換と頭の中からあの女を排除するべく俺は立ち上がり、散歩へ出ようと執務室を後にした。

 昨日行ったが、ついでに町に顔でも出すか。


 そんな事を考えながら、回廊を歩いている時だった。


「今回の聖妖様も女性だよね」

「うん。 でも、毎回僕が迎えに行くけど、色々な真実を言うのが辛いんだ」

「!!」


 調理場から楽と使用人の声がしてきたが、特に気にする事なく通りすぎようとしたところ、"聖妖様"という言葉で自然と足が止まってしまった。

 しかし、楽達は俺の事には気がついていないようで、そのまま話を続けている。


「わかるよ。 聖妖様もかなりお辛いだろう。 急に妖になって、今まで接してきていたヒトには見えなくなるし、存在しない者になるんだからな」

「僕が急に妖でなく、ヒトになった。 妖の仲間には見えない。なんて言われたら信じられないし、そうだとしても受け入れるのに時間がかかる」

「それは誰でもそうだよ」

「……」


 二人の話を聞いたからか、勝手に"自分がそうだったら"と考えてしまう。


 ……あいつらの言うとおり、俺も同じような状況になったら、信じられないし、受け入れるのに時間かかるだろう。それに俺ならそいつらを恨む。

 でも、……アイツはどうした?


 俺たちを恨むどころか俺たちを知ろうと頑張っていた。

 それに俺の態度に「私のせいでないなら気にしない」とも。


 ……そう考えると、アイツの今の状況はかなり辛いのかもしれない。


 ──少し、言いすぎたか……。


 少しばかり自分のしてしまった事が愚かな事だと気がつき、苛立ちは消え、罪悪感が込み上げてくる。


「もう一度行ってみるか……」


 再度アイツに謝りに行こうかと思い、調理場で話をしていた楽から、いつも俺が食べているいなり寿司を受け取り、城へと向かった。



 城へ来て、襖の前で名前を呼ぶも返事は無く、襖を開けてみれば部屋の真ん中でアイツは泣き疲れたのか横になり眠ってしまっていた。


「いなり寿司持って謝りに来たのに、寝てんのか」


 スヤスヤと寝息をたてているコイツにゆっくりと近付き、寝顔を覗いてみれば、涙が流れた跡がある。

 どれだけ泣いたのかはわからないが、疲れて寝てしまうほど辛くて泣いてたのか。

 そう思うと更に罪悪感が強くなっていく。


 しかし、起こすわけにもいかず一旦屋敷に戻り、また後で来ようかと思い、部屋を出ようとしたとき。

 グッと服の裾を何かに引っ張られたような感覚があり、目を向けてみれば、コイツが俺の服を掴んでいやがった。


「やだ、……行かないで。 ……忘れないで……」

「……」


 一瞬、起きたのかとも思ったが寝言のようで。

 顔を覗き込んでみれば、また涙を流していた。

 どんな夢を見ているのか、もしかしてヒトであったときの知り合いや家族か。

 ……そうか、コイツは今、家族がいない状況なんだよな。


 寝顔を眺めていても起きる気配はない。

 だから、仕方なく狐の、本来の姿になって起きるまで待つことにした。


 ──別に尾を毛布代わりに掛けるとかは考えてねぇけど。


 狐の姿になり、女を俺の腹部に寄りかからせ、一応、尾を体にかけてから目を閉じた。

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