第10話『中途半端な存在』
大河さんに腕を掴まれたままやってきたのは、彼の屋敷。
一度、琥珀さんの屋敷から空間移動し、そのまままた大河さんの屋敷に来たのだ。
しかし、その間もずっと力を込めて私の腕を掴んでいるせいで、腕が痛く、限界だった。
「大河さん! 大河さん! 離して!!」
「!」
屋敷の縁側に来たところで叫び、今出せる力を込めて手を振り払えば、彼の手から腕は解放された。
どうやら私が叫んだことで、一瞬力が緩んだらしい。
解放されてもまだ痛む腕を見てみれば、赤くなっていて、痛む場所を擦りながらも彼を見上げれば、大河さんは振り向き、先程と同じ冷たい目を私に向けてくる。
ただそれだけなのに、なんだか胸が締め付けられるようで、苦しい。
「あの……さっきの琥珀さんとの会話で、思ったんだけど」
腕は痛いし、冷たい目は怖いけど、でもさっき聞いた話がどうしても引っ掛かっていた。
「人間が……嫌いなの?」
「……町案内をさっさと終わらせて距離を置くつもりだったが、まぁいい。この際だから教えてやる……。俺はヒトが大嫌いだ」
ピシャリと言い放たれた言葉には、冷たく重いものを感じた。
"人嫌いの妖"。
それはよく漫画とかでもあったけど、まさかこんな近くに、しかも四国の長の一人がそうだったとは思わなかった。
でも、ここにいる妖は人間と関わることがあるんだろうか。あっても聖妖様くらいだと思っていた。
「何で人が嫌いなの?」
きっとそんな質問しても「何故言わなきゃいけない」なんて言われると思っていたから、返事は期待していなかった。
のに、不思議と彼は話始めてくれた。
「……ヒトは始めて見たものを大体怖がったり、気味悪がるだろ」
「え、……そんな事ないと、思う」
「現にお前は、移動空間に入るのを躊躇っていただろ。 あれは恐怖心があったからじゃないのか?」
「ッ……確かに、初めてだから怖かったけど」
大河さんに言われ、前の事を思い返す。
確かに躊躇った。人間の力ではあんな移動空間なんて作れないからどんな感じなのかわからなかったし。
「今までの聖妖様もそうだ。 必ずあの移動空間に入るのを躊躇った」
その言葉で、昨日大河さんが言っていた言葉を思い出す。
<やはりお前らは、必ず警戒するんだな>
あれは、その事だったのか。
「自分の身が危ないかもしれないと、思うのは普通じゃないの?」
誰しもがそうだ。きっと妖だって。
初めてで、何があるかわからない。そんな場所に連れて行かれれば、何に対してだって警戒するし恐怖心は出てくる。何でそれをダメだというのか。
しかし、大河さんは私の疑問なんて気にすることなく、言葉を続ける。
「じゃあ何もしない、自分に危害を加えない妖を見ても、"自分の身が危ないから祓う"というのは普通なのか?」
「え?」
今まで無縁だった"祓う"という言葉を聞いて、困惑するも大河さんは私から目を逸らし、庭を眺めながら、また続ける。
「……昔、俺はヒトの世界に興味があってな。 しかしここにいる妖は滅多に深い森を通ってヒトの世界には行かない。でも俺はアノ方がヒトの世界に行くと聞いて同行させてもらったことがあるんだ」
"アノ方"とは誰なのか。昔の事を思い出しながら話している大河さんの表情を見ている限り、きっと慕っていた妖なんだろうと思うも、私は黙って彼の話に耳を傾ける。
「でもな、……その時、陰陽師に遭遇し、俺は祓われそうになり、アノ方が庇ってくれて逃げ帰ってきたんだ」
「……え、じゃあその方は」
「祓われた」
「……」
黙って聞いてようかと思ったのに、その言葉を聞いて口を開かずにはいられなかった。
"陰陽師"だなんて、今時はいないはずだ。だから何年も前の事なんだろう。
「普通というか暗黙の了解で、何もしない妖に手を出さない陰陽師が殆どだ。だから、何故俺たちが祓われそうになったのか最初、不思議だっだ。でも後から聞いたが、あの陰陽師は、見習いだったそうだ」
「見習い……」
「しかも妖を見たのが、俺とアノ方が初めてだったらしい。だから初めて見た俺たちに対して、恐怖があったのか、慌てて祓おとしたんだと」
「……」
「だから、俺はヒトが大嫌いなんだ」
力強く言ってくる大河さんは、先程よりも更に鋭い目付きで私をギロッと睨んでくる。
その目付きはとても怖く、目線だけで殺されてしまいそうだ。
しかし、いくら自分が危なかったからといってそんな理由で、しかもたった一人の見習い陰陽師の人での事だけで人間全体を嫌うなんて、理不尽すぎる。
私は手にグッと力を込め、拳を作りながら大河さんの目を見返す。
「……ッその見習いの人はそうだったかもしれないけど、だからって、皆同じって考えないで! それに私はもう人じゃない!妖よ!」
「ふん、元々はヒトだろう。 考えもヒトだ。 その状態で何が妖だ! 貴様ら、ヒトと妖を一緒にするな!」
「ッ!!」
皆が皆、同じではない。妖だって個性があるのと同じで人間だって個性があるし、考えは全く違う。
でも大河さんの言葉が思ったよりも堪えたようで、ズキンと胸が痛む。
確かに私は元々人だ。でも今は妖。
しかし、大河さんは私を人だという。
──私はいったいどっちなの。
人として生きることも出来ず、妖として否定されてしまった。
私は何者なの?
人でも、妖でもないなら何なの。
妖として生きていこうとしたのに。
……私は人にも、妖にもなれない中途半端な存在なんだ。
「わ、私だって……」
「!」
「私だって、出来ることなら人として人生を終えたかった! なのに、突然人としての人生を奪われて、妖にされ、この世界に来た。だから、妖達と同じになりたい、少しでも皆に近づきたいと、……思ってたのに……そんな言い方、するなんて……ッ」
語尾になるにつれ、声が震え、鼻の奥がツンッとして視界が霞む。
否定されたことにより、悲しさが込み上げてきて涙が流れそうになったが、大河さんの前で涙を流すなんて事はしたくはない。
だから涙越しに大河さんを睨み、涙が零れる前に踵を返し、移動空間に飛び込んだ。
そして、私はそのまま部屋に戻った。
襖越しに迹くんがどうしたのかと、聞いてきたが「何でもない」と嘘をつけば、これ以上聞いてくることはせず、彼の足音が遠ざかる。
足音が聞こえなくなり一人になった途端、ぼろぼろと溢れ出す涙。
一体私は何者なのか。
何で、私は聖妖様になってしまったのか。
聖妖様になんかなりたくはなかった。
人として、これからもずっと……ずっと、暮らしたかったのに。
もっともっと友達と遊んで、仕事して、恋をして、結婚もしたかった。
でもそれはもう叶わない。
何でッ……。
どうして、……。
「っぅ……」
開けたままの廻り縁の扉からは風が吹き込むも、部屋には私の泣き声だけが響き、溢れ出して止まらない涙は、服の裾を徐々に濡らし、畳にもシミを作っていく。
今まで我慢していたものが、一気に溢れ出して来てしまい、更に辛さが増してきた時だった。
小さな足音が回廊から聞こえたかと思えば、私の名前を呼ぶ、大河さんの声が聞こえてきて。
「陽菜様、ご無礼な発言失礼いたしました。お詫び申し上げます」
先程の事で謝罪しに来たらしい。きっと本心じゃない。そんな事くらいはわかる。恐らく今後の事を考えての形だけの謝罪だろう。
そんなものいらない。今は声も聞きたくないのに。
「形だけの謝罪なんていらない! 顔も見たくない! どっか行って!!」
あまりにも辛かったせいで、私は大河さんにそう叫んでいた。
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