第9話『湖』
町中案内を開始して、歩いている最中、琥珀さんは先程の又吉くんの事を教えてくれた。
やはり彼の言っていた聖妖様とは、前の聖妖様らしい。
そして父親は、例の病"石英病"にかかってしまうも、聖妖様や琥珀さんに隠していたんだとか。
その理由は、もともと妖力が弱かった聖妖様、それに加え荒くれ者達の病気を治していたせいで、更に寿命が縮んでしまった事を知っていたため、聖妖様にこれ以上力を使わせたくなく、隠していたらしい。
聖妖様や琥珀さんが知ったときには、もう手遅れだったんだとか。
「しかし、陽菜様にあんな事を言うとは思わなかったです。 本当に申し訳ありません」
「いや、本当に気にしないで! でもあの子、父親亡くしているなら本当に辛いんだろうな」
「……そう、ですね」
「琥珀さん?」
又吉くんの事で、少しだけ暗い表情をしていた琥珀さん。しかし、私の発言のせいだったのか、一瞬言葉が詰まった気がした。
どうしたのかと、彼の顔を見上げるも、琥珀さんは何か思い詰めた表情をしていて、これ以上「どうしたのか」なんて聞ける雰囲気ではなくなってしまった。
「陽菜様! さぁ、次行きましょう」
「あ、……うん」
しかし、先程の暗い表情を隠すかのように急に笑顔を作る琥珀さん。
私、何か余計なことを言っちゃったのかな。心の中で思いながらも、隣で歩く彼の横顔を見るもそれ以上聞くことが出来なかった。
「次の町はどんなところ?」
「行き先は町ではなく、湖です」
「湖……」
琥珀さんから出た言葉で、朝食の魚の事を思い出す。
そういえば、迹くんが湖は南の国にしかないって言ってたっけ。
その湖には、いつか行ってみたいと思っていたため、こんな早くに行けるとは思わず、胸が高鳴る。
「迹から湖の事はお聞きになられたんですよね」
「うん。 魚美味しかったから気になって!」
「ありがとうございます。 我が国の湖は魚が獲れるだけでなく、景色も楽しめるんです」
「そうなんだ!!」
そんな話を聞いてしまえば、余計早く見たくなってしまう。だから私は琥珀さんの背中を押して「早く行こう!」と急かした。
そして到着した湖は私が思っていたよりも、ずっとキレイで息をのむ程美しかった。
日の光が反射し、キラキラしていて、反対側にある深い森は大きな湖に写し出されている。
湖の中を覗き込めば、底が見えるほど透き通っていた。
この湖は林を歩いて少しの場所にあるため、近くの町に住んでいる妖達が漁をしているらしい。
それにしても本当にキレイだ。
「陽菜様のお気に召しましたでしょうか?」
「うん、とってもキレイで気に入った……。 ねぇ、琥珀さん」
「はい、何でしょうか」
「もう南の国の町案内は終わり?」
「はい」
「なら、暫くここで湖見ていて良いかな?」
嫌なことを忘れられそうな程、キレイなこの湖をもっとずっと見ていたくなった私。
勿論、琥珀さんの事も考え、「まだ仕事が終わっていないなら私の事は気にせず戻って良いよ」と言ったものの、自分も残ると言われてしまった。
しかも「一人に出来ないから」と言われてしまう始末。
「でも琥珀さん、長の仕事があるんじゃ」
「今日の為に、昨日のうちに仕事終わらせてあるので大丈夫ですよ」
正直、知らない場所で一人は心細かった。だから、出来ることなら琥珀さんにいて欲しかったけど。と思っていたので、彼の返事に私は安堵していた。
琥珀さんは気を使ってくれたのか、湖のほとり近くにある木の木陰に案内してくれて、私はその場に座り込む。
「なんかこの景色見ている間だけ、嫌なこと忘れられる気がする」
「そうですね、……俺もたまにここに来てぼんやりする事あります」
「そうなんだ。 何か琥珀さんの安らぎの場所取っちゃってごめんなさい」
「いえ、他にも来ている者いますから」
そんな話をしている中、琥珀さんは私の少し後ろにずっと立ったまま。
──座れば良いのに。
心の中で呟きながら、湖を眺める。
湖には、来たばかりの時には居なかった小船が浮かんでいて、妖が乗っているようだった。
それを琥珀さんに聞いてみれば、漁をしているんだとか。
人間の世界では見たことのない魚だったけど、とても美味しかった。……また食べたいな。
のんびりと過ごしていれば、ふわりと優しい風が吹きまた私の髪が靡く。
「琥珀さん」
「はい」
「この世界の季節って今は何?」
「季節は……ヒトの世界で言えば、春ですね」
「春かぁ」
"春"と言われ、納得してしまう。確かに春のような風が吹いてて過ごしやすいもんね。
「しかし、この世界では季節というものはありません。 ずっとこの陽気です」
「え、そうなの? 冬とかないんだ」
「はい」
琥珀さんの言葉で衝撃を受け、日本には四季があったせいか少しだけ寂しい。
雪とか降らないんだ。それに暑い夏もないし、紅葉がキレイな秋もない。
……でも、春の陽気なら、桜とかはあるのかな。
人間の世界にある季節を思い出していた時だった。
パキッと小枝が折れたような音が近くからしてきて、私と琥珀さんは湖から音がした方へと目を向ける。
「!!」
「大河」
そこにいたのは、顔を歪め、とても不機嫌そうな大河さんだった。
彼の姿を見た瞬間、急にバクバクと鼓動が早まっていく。
それは恐らく、大河さんと顔を会わせないようわざと彼が来る前に城を出てきてしまった罪悪感からだろう。
「大河さん……」
「ここにいたのか」
「大河、どうしたんだ。 お前が他の国に来るなんて珍しいな」
「……」
大河さんがここに居ること自体驚いたが、彼は琥珀さんの事なんて眼中にないような素振りで私に近付いてきて。
今度は何を言われるのか、恐怖心が少しずつ出てきた私は、距離を縮まるごとに後ずさったのに。
後ろにあった木に背中が当たり、逃げられなくなってしまった。
それを良いことに、私の腕をグッと掴み、"立て"と言わんばかりに掴んだ腕を上へと引っ張る。
「痛ッ……」
立ち上がったのは良いもの、大河さんの力が強いせいか掴まれた場所が痛い。下手したら、アザが出来てしまうほど。
でも、そんな私に気にすることなく彼は掴んだままの腕を引きながら歩き出してしまう。
「おい、大河」
「なんだ」
だが、そんな大河さんの腕を琥珀さんは掴み、引き留めてくれた。
のに、大河さんは琥珀さんをギロリと睨んでいる。
その睨んだ顔が、今まで以上に冷たく怖いと思ってしまい、背筋がゾクリとする。
四国の長は、皆仲が良いと思っていたけどそうではないのかな。
「お前、いい加減にしろよ。 陽菜様に乱暴なことするな!」
「……黙れよ。 何で俺がヒトに優しくしなきゃいけねぇんだ」
「陽菜様はもう、今は俺たちと同じ妖だろ!」
「お前だって俺と同じだろ……特に聖妖様に対しては」
「ッ……」
少しだけ琥珀さんと口論になったものの、大河さんは意味深な言葉を琥珀さんに言い放ち、私の腕を掴んだまま歩き出してしまった。
振りほどく事も出来ない私は、ただ、足が縺れないよう必死に彼に着いていくしかなく、振り向けば琥珀さんは苦虫を噛み潰したような表情をし、見えなくなるまでその場から動くことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます