第8話『猫又』
〈ご安心ください。貴女様は俺がお守りいたします。指一本触れされません〉
今日一日、大河さんを見ていてふと感じた。
命が狙われると言われて、私が怯えていたときに言ってくれた言葉は本心なのか。それとも、ただの建前なのか。
私はふかふかの布団に入りながら、天井を眺める。
上段の間の奥には六畳ほどの和室があり、そこが私の寝室らしい。
城に戻ってきてから人間の時と同じような夕食を食べ、二階にあるお風呂にも入った。……因みに移動空間がある場所は四階で私が普段いる部屋は五階階らしい。
そして寝室に戻ってくれば、布団が敷かれていて、まるで旅館に泊まりに来ているような気分になってしまった私は、なかなか寝付けずにいる。
まだ今日初めて会っただけだけど、大河さんが本当によくわからない。
前の聖妖様達は、どう思ったんだろう。失礼なやつ?嫌なやつ? それとも、仕方がない?
しかし、いくら考えても私は本人ではないのだから分かる筈がない。
仕方なく、私は目を閉じて考えるのをやめた。
***
気がつけば、私はぐっすり眠れたらしい。目が覚め、体を起こせば、一瞬「どこだ?」と思う部屋を見渡す。
──そっか、ここは私の部屋だ。
六畳程の寝室には窓から日が差し込み、暖かい。それにローテーブルの上には数冊の本があって、装飾や置物が色んなところにある。昨日は疲れててそこまで考えてなかったけどこれはまるで江戸時代の姫の部屋みたいだ。
「とにかく着替えよう」
布団の横に置いてあった巫女服。それを手に取れば、昨日楽くんが私の部屋に来た時の事を思い出す。
あのまま私が彼を部屋に入れてなかったら、どうなっていたんだろう。
それに夜中に苦しくなったとき、私の近くにいた人は誰?楽くん?
「ふぁぁ……」
まだ疲れが完全に取れてないのか、欠伸が止まらない。
でもまだ、きっとお世話係りの子は来ていないだろう。
なんて思いながらも寝室の襖を開ければ、廻り縁に繋がる扉は全開で景色がよく、その手前には上段の間に向かって畏まっている赤髪の少年がいた。
「!!」
「おはようございます。 陽菜様」
「お、……おはよう」
「俺は迹と申します。 南の国の長である琥珀様の使いでございます」
彼の名前を聞いて、昨日の琥珀さんの言葉を思い出す。
そうか、彼が琥珀さんの。
そう思いながらも彼の顔を見れば、やはり楽くんとそっくりだった。
しかも、容姿も白から赤になっただけだ。墨くんも楽くんの容姿が黒になっただけ。……と言うことは、雫さんのところの子も色ちがいの楽くん風の子って事なのかな。
「迹くんね、よろしく」
「ただ今、朝食の準備をしていますのでしばらくお待ちください」
「うん、ありがとう」
そして準備が出来たと運ばれてきた朝食のメインは焼き魚だった。
とても美味しそうで、キレイに完食したのだがふと国の絵図を思い出して、私の結界範囲内に海がないことに気がつく。
四国の周りは深い森になっていた。一体この魚はどこから獲ってきたんだろう。
「ねぇ、迹くん」
「はい」
「この魚ってどこで獲ったの?」
「魚は、南の国にある湖から獲れます」
「湖なんてあるんだ」
「はい、湖の底には海に繋がる穴があり、そこから魚達が入ってくるのです。それに湖は南の国にしかありませんので南の国限定の食材です」
あっという間にご飯をたいらげ、成る程、と感心しながら満たされたお腹を休ませていれば、食器をお盆ごと下げてくれて、部屋から出ていく迹くん。
また一人になり、昨日結界を張るのに出た廻り縁へと出れば、また優しい春のような風が吹き、私の髪を靡かせた。
「人間世界では冬だったのに、ここは春なのかな」
ポツリと独り言を呟けば、また風が吹く。
それにしても、ここの陽気はとても気持ちよくて過ごしやすい。
「陽菜様」
「はい」
「失礼します」
廻り縁で景色や風を感じていれば、閉められた襖の向こう側にある回廊から声がして返事をすれば、襖が開かれ、私は慌てて部屋へと戻る。
「おはようございます!」
「琥珀さん、おはよう」
やってきたのは琥珀さんだった。
琥珀さんはやはり昨日と同じく笑顔でやってきて、その笑顔を見るとつい私まで微笑んでしまう。
「陽菜様、今日は南の国にご案内しますよ!」
「ありがとう!」
大河さんから「まだ全部の町を案内できていない」と言われているが、昨日言われた言葉のせいか、彼とは顔を会わせたくはなかった。
だから、今日は琥珀さんと行動しよう。
「じゃあ、早く行こう!」
「わっ、ひ、陽菜様!?」
もしかしたら、今日もここに来るかも。という考えで、大河さんと遭遇したくなかったから、琥珀さんの手を引き、部屋を飛び出した。
琥珀さんを連れ、慣れつつある移動空間に入れば、大河さんの屋敷のようで。
彼に聞いてみれば長達の屋敷は皆同じなんだとか。間取りも同じらしいので、屋敷の案内は省いてもらった。
町に出れば、建物や景色は北の国とは変わらないものの町中にいる妖達が違った。
北の国では妖狐が一際多かったような気がするが、ここでは琥珀さんのような猫耳の妖が多い。多分、猫又なんだろうけど。
「南の国では、猫又が多いの?」
「そうですよ! 基本長と同じ妖はその国に入り、それ以外の妖は好きな国に入っている感じです」
「成る程……」
琥珀さんの説明をされ、なぜ北の国に妖狐が多かったのか納得が出来た。
そして、また町の妖達が私たちに気がつき、囲まれてしまう。
「琥珀様! 今日もたくさんの魚が獲れましたよ!」
「その魚を是非、聖妖様に食べていただきたいですな」
「聖妖様、私達をお守りいただきありがとうございます!」
「あ、いえ……」
「皆、落ち着いて!」
北の国同様、一斉に声をかけられ、また目が回りそうになりながらも返事をしていれば琥珀さんは声を張りながら寄ってきた妖達から、私を引き離してくれる。
昨日、今日と町に来てみて、町にいる妖達からは私の事を受け入れてくれているようで、少しだけホッとしている自分がいた。……やっぱり大河さんだけなんだろうか。
そんな事を考えている時だった。
「聖妖様なんていなくなっちまえー!!」
「!?」
大勢の妖達の後ろから大きな声が聞こえてきて。一斉に皆がその声がする方へと振り向けば、そこには猫耳をつけた男の子が顔を歪ませ、怒りの表情を浮かべていた。
猫耳に二本の尻尾って事は、琥珀さんと同じ猫又なのかな。
しかし、男の子の言った言葉が衝撃過ぎて唖然としてしまう。
「おい、
突然の言葉に、その場にいた全員が驚いていたが、琥珀さんが真っ先に、怒鳴り声をあげる。
「聖妖様は、病を治してくれるんだろ? 何で、父ちゃんは治さないで、国外にいる連中ばっかり治したんだよ!!」
「又吉!」
琥珀さんが怒鳴った事でも驚いたが、又吉という子供は涙を目に浮かべながら走り去ってしまった。
そもそも、私は昨日来たばかりだ。だからきっとあの子の父親の事は前の聖妖様なのだろうと思うも、なんだか心が苦しい。
ズキンと痛んだ胸の前で両手を結んでいれば、それに気がついた琥珀さんが私に頭を深く下げてきた。
「申し訳ありません」
「聖妖様、又吉が申し訳ありませんでした」
琥珀さんが頭を下げた事でその場にいた、妖達も一斉に私に頭を下げて謝ってくる。
またもや驚くも、きっとあの子は聖妖様が変わった事を知らないかもしれない。
そう思い、慌てて「気にしないでください! 頭を上げて!」と言えば、琥珀さん達は渋々頭をあげてくれる。
「陽菜様、アイツの事は後でお話させてください」
「わかった」
琥珀さんの言葉に頷き、町中案内が再開された。
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