第4話『結界』
ただただ、私は言われるがまま来ただけなのに。
四国の長、四人が私の前へと並び、そして彼らはゆっくりと頭を下げたのである。
女性はキレイに揃えた手を前へ付き頭を下げ、大河様達は武士のように固く頭を下げている。
「あ、あの……頭を上げてください!」
「聖妖様、いえ陽菜様」
「は、はい」
「我ら、妖の住む世界に来ていただき拝謝致します」
「いや、その……あっちで妖としてなんか住めないし」
「聖妖様にしてしまった事に関しては、申し訳ありません」
「しかし、我らにとって聖妖様が不在というのはあってはならないのです」
「……何で?」
"聖妖様"の存在が、この世界に大事だということは楽くんから少し聞いた。
でも詳しくは聞いてない。
だからきっと今、目の前にいる長四人なら教えてくれるかと思ったのである。……あとはいい加減教えてくれないと納得できないけど。
私の問いに、四人は頭を上げて私を見つめてくる。
「妖はヒトとは違い、基本的に病気にはかかりません」
「外傷は負う場合はありますが」
「しかし、唯一どの妖もかかってしまう不治の病が一つだけあるのです」
「不治の病……」
「"石英病"です」
そんな病気は聞いたことがない。恐らくこの世界だけの病気なのだろう。
"石英病"……石英は知っている。確か、英語ではクォーツって名前で、鉱物だよね。その石英の病気か何かなのだろうか。
「石英病は発症すると、体が少しずつ石化していってしまうのです」
〈体が少しずつ"石化"〉そう言われて、何となくイメージが湧いた。
私の好きな漫画でも名前は違うけど似たような病気があって、体が少しずつ石となっていった事を思い出す。
──きっとあんな感じだよね。
「その為にも、貴女様に結界を張っていただきたいのです」
「結界? でも、私はそんな事したこと無いし」
結界なんて張り方分かるはずがない。元々が陰陽師とかなら別なのかもしれないけど、私は至って普通の人間だったんだ。
「大丈夫ですよ、陽菜様」
女性が、笑みを浮かべながらも私の名前を囁き、スッと立ち上がり私の前へと来たかと思えば手を差し出してきて。
私はその手を取った瞬間、全身ゾクリと寒気がした。その原因は彼女の手だ。とても冷たく冷えきっている……もしかして、雪女かな。だとしたら、容姿から見ても納得が出来る。
「さぁ、こちらへ」
手の冷たさは我慢しながらも、彼女に連れて行かれた先は上段の間から降り、座っていた向かいにある扉の前。その扉を開ければそこは、高欄付き廻縁。
廻縁に出てみれば、ふわりと春風のような気持ちのいい風が吹き、そこからの景色はとても美しいものだった。
高欄に手を付きながら下を覗きこめば、今私がいる建物の回りにはちょっとした草地があり、その先には下の階にあった窓から見た通り、雑木林がある。
更にその先には恐らく大河様のお屋敷が見え、その周囲には私が通ってきたであろう町と他の町が見えた。
そして、私が通ってきたらしき町の奥には私が今まで住んでいた世界からこちらへ来たときに通った深い森がある。
──あそこから来たんだ。お母さん達は、元気だろうか。病気になっていないだろうか。
しかし、そんな事を考えても向こうは私の存在自体消えているのだから、相手が私を思うことはない。無理やり納得してここに来たのに、今更、悲しさが込み上げてきてしまう。
「陽菜様」
「っ、ごめんなさい。 大丈夫……」
「我らが言うのもお門違いかと思いますが、ご無理をなさらないでくださいね」
「はい……」
確かに彼女の言う通り、彼らがそんな事を言うのはおかしい。彼らのせいで私はこうなったのだから。
でも、もう彼らを恨んだところで何も変わらない。
きっと悪い妖達ではないんだろうから、彼らとこれからを暮らすのも悪くはないかもしれない。
隣にいる雪女さんの少し悲しそうな表情を見て、そんな事を思えるようになっていた。
「では、早急に結界を張ってしまいましょう」
「でもやり方が……」
「大丈夫ですよ。 私がお教えします」
「お願いします」
「両手を上に、掌を空に向けてください」
「こう?」
雪女さんに言われた通り、両手を上げて、掌を雲ひとつない青空に向ける。
これで結界が張れるのか。なんて考えていれば、隣からは「その状態で半径5km程のドームを作るイメージをしてください」と普通に言われた為、私も普通に半径5kmのドームをイメージして作ろうかと思ったが、すぐに疑問が湧く。
「ご、5kmって……どのくらいですか?」
「あら、やはりそうなりますね」
ふふっ、と微笑む雪女さん。絶対に聞くことは分かっていたような態度だ。
雪女さんって、ちょっと意地悪?
そんな事を思いながら、ずっと上げていた手が疲れてきた為、下ろせば後ろから楽くんが声を掛けてきて、振り向けば大きめの紙を丸めたものを手にしていた。
「こちらが四国全体絵図になります」
丸めた絵図を床へ起き、広げれば絵図が現れる。
中央には城のような建物。恐らく今私がいる場所だろう。周囲には雑木林のような絵。
中央から北には"北の国"と書かれていて、南側にはそのまま"南の国"、他にも"東の国"や"西の国"と書かれていた。
この四つが彼ら、長ごとの国らしい。
その国ごとにある屋敷は国の中央にあってそれを囲うように町がいくつかある。
そして四つの国全体を見れば雪女さんが言っていたようなドームを作れば全ての国が結界に入るようだ。
「大体わかった。 やってみる」
絵図を忘れないうちに、また両掌を上げて、空へと向ける。
そして、絵図で見た四国を囲うようにドームをここから、広げて──。
その瞬間。
自分がいる真上からキラキラと光輝く何かが現れ、それは私の思い描いた通りドームのような形をし、国を覆った。
「もしかして、これが──」
「聖妖様にしか張ることができない結界です」
「あ、消えちゃった……」
特別な結界。そう聞いて、少しばかり感激してしまったが、キラキラと輝いていた結界は、スゥッと消えてしまった。
それを見て、結界を張るのを失敗してしまったのかと思ったが、雪女さんはそんな私の気持ちを察したのか「失敗していませんよ、特別な結界は普段見えなくなっていますから」と教えてくれて、小さく安堵のため息を溢す。
「この結界は、貴女様がこの結界の中にいれば無くなることはありません。 しかし結界の外へと出た場合、6時間以内に結界内に戻らないと結界は壊れてしまいますので。それだけはお忘れになりませんよう、お願いします」
「……そう」
結界の事は良くわからないけど、まずこの結界から出るようなことは無いだろう。だからそこまで気にする必要はなさそうだ。
しかし、先程から思っていることがある。大河様含め、この四人は見たことがあった。
確か、あの夢で前聖妖様の回りにいた妖達。
「そういえば、前の聖妖様の夢を見たときあなた達を見たのですが」
「えぇ、私達です。 ……あぁ、申し遅れました。私、雪女で西の国の長である
やはり、夢で見た妖だと分かり、そして雪女の雫さんに優しく背を押されながらも歩けば、また上段の間に座らされ、長達はまた先程のように私の前へ横に並び、畏まったのだった。
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