第3話『四人の長』

 聖妖様は本当に妖にとっては特別な存在らしい。

 私が楽くんと"四国の長"がいる屋敷に向かうため、町中を通れば、私に気がついた妖達が驚き、そして頭を深く下げたのだ。

 だが、私は元々は普通の人間。だからその状況に驚けば、楽くんからは「慣れてください」と苦笑されながら言われてしまった。……慣れるまで時間かかりそうだ。



 そして、町の奥まで来ればそこには立派な門があってその門の前には茶色の狐の尾と耳を生やした人物が二人。髪の毛も茶髪の門番二人はよく見てみれば同じ顔だ。

 妖にも双子っているのかな、なんて考えながらも彼らの前へと到着すれば、楽くんが説明することなく、門番は両端に避けて、私に深く頭を下げる。

 やはりすぐには慣れそうにない、彼らの対応を気にしながらも開けられた門をくぐれば、中には立派な屋敷が建っていた。庭には小さな池があったり、木々が植えられていたり、と見るからに裕福な方が住んでいそうなお屋敷。


 ──ここに四国の長がいるんだろうか。


 敷地内を見渡しながら楽くんに着いていけば、屋敷の縁側を歩いていた使用人らしき人物が私たちに気がつき、慌て始めた。


「大河様~!!」


 叫ぶ使用人の声を聞きつつも、楽くんは玄関から屋敷内へと入り、私も続くように上がる。屋敷内は光が反射するほどキレイに掃除がされていて、また建物内を見渡してしまう。


「ここの屋敷には"大河たいが様"という九尾の妖狐様が住んでおられます。 僕は大河様の使いでもあります」

「そ、そう。九尾の妖狐……」

「他国のお三方は、城で貴女様をお待ちになっています」

「え、……城? というか、四国の長ってさっき言ってたけど、もしかしてこの世界には国が四つあるの?」

「はい、その通りです」


 この世界に来て、楽くんの言葉を聞いたときからずっと気になっていたこと。

 "四国の長"。

 何となく四つの国があって、それぞれに長がいるんだろうとは思ってたげど、やはりそうだったようだ。そして、今ここにいる"大河様"はそのうちの一人なのだろう。


「厳密に言えば、この国には五つの国があります」

「五つ? でもさっきは四つって」

「それはいずれ四国の長様達からご説明があるかと思いますので」

「あ、うん」


 そう言ってきた楽くん。聞かないで、と言っているような気がしたので、私はこれ以上何も聞くことなく口を閉じた。

 そして黙った楽くんについていき、回路を歩いていれば前から誰かが歩いてきて。それは白髪に白い狐耳、さらに九本の尾がある男性で、すぐにこの国の長である"大河様"なんだとわかった。


「大河様、新たな聖妖様をお連れしました」

「……」

「えっと……三好陽菜です」

「陽菜、か」


 私の目の前に立ち止まった大河様は、恐らく身長180を越えているであろう高さで、鋭くはないが冷めているような目付きで私を見下ろしてくる。

 ジッと私を見つめる目線は、まるで私を品定めしているかのようで、なんだか落ち着かない。


「よ、よろしくお願いします……」

「……まぁ、いい。 後の三人が待っている。行くぞ」

「あ、はい」


 無言で見られていたことに耐えられなくなった私が、軽く会釈をしたら、彼は突然クルッと踵を返して歩き出す。

 恐らく"行く"というのは、先ほど楽くんが言っていた城の事だろう。

 大河様の後ろを歩き出せば、私の後ろを歩き出す楽くん。楽くんも来てくれるなら、少し安心かも。と、今となっては、楽くんは一番安心できる人物になっていた。



 大河様に着いていき、彼が立ち止まったのは回廊の一番奥にある襖の前。その襖には、巫女の服を来た女性が両手を合わせて祈りを捧げているものだった。

 その絵を見て、一瞬、夢で見た前聖妖様なのかと思ったが、髪色が違うため違うようだ。

 この絵を見て思い出したが、始めて楽くんに合ったとき、着物で違和感あったのだが、この世界の妖は皆着物姿だった。……やっぱ江戸時代みたい。

 なんてどうでもいい事を考えていれば、大河様がその襖をゆっくりと開け、その先は真っ暗で闇の世界だった。


「真っ暗……」

「ここを通れば、城へと行ける」

「こ、ここを通るの……?」

「これは移動空間となっているのです」


 驚く私に、言葉足らずな大河様の代わりに楽くんが説明してくれて理解する。……のだか、本当に移動なんか出来るのか。

 本当は入った瞬間に、真下に落ちてしまうんじゃないか。なんて考えも出てきてしまう。


「やはりお前らは、必ず警戒するんだな」

「え?」

「俺が先に行く。着いてこい」


 戸惑い、変な考えがバレてしまったのかと思ってしまうような言葉を言ってきた大河様の顔を見上げれば、少しだけ顔を歪めていて。

 しかしその直後、彼はその闇の中へと入っていってしまったのだ。

 確かに彼は入った。下へ落ちるわけでもなく、闇に飲み込まれるような感じだった。

 でも、だからといって簡単に飛び込めるほど私に勇気はありません。始めての体験に私の心臓は今、バクバクと激しく動いている。


「大丈夫ですよ。 本当に移動するだけですから」


 躊躇い、なかなか行かない私を見かねてか、楽くんが後ろから顔を覗かせ、ニコリと笑みを浮かべながらも言ってきてくれる。

 言ってきてくれるのは良いのだけれど、でもやっぱり怖いものは怖くて、私は楽くんに手を差し出す。


「楽くん、……手、繋いでくれる? ……やっぱり怖くて」


 突然の私の申し出にとても驚く彼だったが、苦笑する私を見て「わかりました!」と笑顔で承諾してくれて、私はようやく楽くんと一緒に不気味な移動空間の闇に飛び込めたのである。





 ***





「陽菜様、目をお開けください」

「もう着いた?」

「はい、闇の空間はほんの一瞬だけですから」


 手を繋ぎ、隣にいる楽くんに言われゆっくりと目を開ければ、先ほどいた屋敷とはまた雰囲気が違う回廊が目に入ってきて。

 そして回廊の先には、上への階段と下への階段があり、屋敷と違うのは窓があり、そこから気持ちいい風か吹き込んできていた。


「陽菜様こちらです」


 いつの間にか私の手を離していた楽くんは、私を誘導してくれるのか、また前を歩き出す。

 楽くんに着いていき、上への階段を上る際、窓から外を見てみればそこには広範囲に広がった雑木林や、家が沢山ある町が見えた。

 そしてそこからの景色を見て、高い建物に今いると言うことがわかる。


 ──そういえば、城って言ってたよね。


 先ほどの大河様や楽くんの言葉を思い出す。

 なら、本当にあの屋敷から一瞬にして移動したんだ。

 と、そんな事を考えながら階段を上り、その先には巫女服を来た絵が描かれた襖があり、どうやらこの階はこの部屋だけらしい。襖の反対側は窓があり、やはり、雑木林の景色と町が見える。


「失礼します。 聖妖様をお連れいたしました」


 楽くんは中にいるであろう大河様と他の長達に声を掛けてから正座し、襖をゆっくりと開けた。

 部屋は八畳ほどで、そこにいたのは先に来ていた大河様と他の長様三人。

 一人は黒髪ポニーテールに背中に黒い羽があり、目付きは鋭い。……烏天狗?

 もう一人は茶色の短髪に同じ茶色の猫耳と尾が二本。……猫又だろうか。

 そして四人の中で唯一女性が一人。軽く着崩した着物を着た薄い水色の長い髪の女性。サイドの髪の左側だけ三つ編みにしていて後ろ髪は毛先だけ巻かれている。

 更にその女性は私を見て、タレ目を少し細め微笑んだのである。

 ただそれだけなのに、同じ女性に惚れそうになってしまった。


「陽菜様?」

「──あ……ごめんなさい」


 とても色っぽい女性に見惚れていた私に声を掛けてきた楽くんに慌てて反応すれば、彼に案内され、八畳の部屋の右側の奥にある場所へ移動する。そこはまるで将軍が座るような上段の間のようで。

 座れば、長様四人が私に向かって畏まり、姿勢を正したのだ。

 その状況を見て、こちらまで緊張してしまう。楽くんは長様四人の更に後ろに待機するように正座しているし。


 今現在の状況に私はまた、戸惑うことしかできなかった。

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