第5話『聖妖様』

 私の前に畏まっている四人のうちの雫さんの言葉で、私はまだ名前を聞いていないことを思い出す。

 色んな事が一気にありすぎて、すっかり忘れてた。


「もう存じていると思いますが、俺が九尾の妖狐で北の国の長である大河たいがと申します」


 雫さんの言葉に続くように、名を言う大河様。白髪で白い狐耳に九本の尾。何度見ても色や毛並みが綺麗だと思ってしまう。白い狐なのかな。

 でもさっきとは喋り方が違うような。気のせいだろうか。

 そんな事を考えていれば、大河様の隣にいる黒い羽が背中から生えた方が、私を見据えながら口を開く。


「自分は烏天狗。東の国の長である秋真あきざねと申します。 以後お見知りおきを」


 彼のクールな自己紹介に、やっぱり烏天狗だったんだと予想が当たり、心の中で小さく喜んでいれば秋真さんはまた私に深く頭を下げてきて。

 "以後お見知りおきを"って言われたことがないから、何だか新鮮。

 固い挨拶をされ、不思議な感覚を感じていれば、今度は秋真さんの隣にいる猫耳をつけた方が、私を見て、笑顔で口を開く。


「俺、猫又です! 南の国の長で、琥珀こはくって言います! よろしくです、陽菜様!」

「あ、よろしくお願いします」


 ニコニコ笑顔で人懐っこそうな琥珀さんにつられ、私まで笑顔になり、挨拶をしてしまった。

 四国の長は、四人とも全く違う性格をしていて、でもって個性が強そうだと素直に感じてしまった。

 恐らく、妖の中で一番関わりがあるだろうこの四人とは仲良くしておいた方が良さそうだなぁ。なんて呑気な事を考えていたら、雫さんが「聖妖様の事についてお話を」と言い出したので、私は背筋を正し、彼女の言葉に耳を傾ける。


「聖妖様とは、妖の中でも特別な存在だということは先ほどの病の話でもうお分かりいただけていますよね」

「はい」


 ここに来るまでに、楽くんからも聞いているし、それは分かっている。聖妖様とは特別な妖なのだと。


「聖妖様とは先ほど話した石英病を治し、国をも守護する、つまり石英病から守る事が出来る妖力を持っているのです」

「妖力……」

「えぇ、聖妖様は普通の妖にはない妖力があるため、特別なのです」

「成る程」

「そして聖妖様の力を貰えたものは、一時的ですが自身の妖としての力を高める事が出来ます」

「……それはつまり、私が妖力をあげればその妖は普段より強くなるってこと?」

「はい」


 説明してくれている雫さんに気になった事を聞いてみれば、微笑みながらも頷いてくれる。思ったより、聖妖様の持つ妖力ってすごいんだ。他人事のように感心していれば、雫さんはまた話を続ける。


「しかし、聖妖様は特別なので、やはりそれを狙う者もいます」

「え……どういうこと?」

「はっきり申し上げますと、命を狙われてしまうと言うことです」

「……」


 今までの彼らや、町の者達の様子を見ていて、とても歓迎されているものだと思っていた。だから、勝手にこの世界全員の妖に歓迎されていると思い込んでいる自分がいた。……どうやらそうではなかったらしい。


「この国の外に住む妖も沢山います。 荒くれ者ですね」

「荒くれ者……」

「そしてその者達の間で〈聖妖様の体、若しくは心臓を食らえば自分が聖妖様になれる、聖妖様の力を得る事が出来る〉という話があるのです」

「体、心臓を食らうって……殺されるって事!?」


 今まで、聖妖様はとても歓迎され、特別な力があると良い話ばかり聞いていたせいか、この力のせいで命が狙われるような事があるなんて思いもしなかった。

 今の正直な気持ちは"嫌だ、怖い、死にたくない"。せっかく少しずつ今の状況を受け入れ始めているのに。

 心臓を食らう、体を食らう、その言葉を聞いて勝手に脳内イメージしてしまい、背筋がゾクリとする。


「陽菜様……」


 人間として生きていた頃は、命を狙われるなんて事とは全くの無縁だったため、ただただ恐怖しかなく、気がつけば私は俯いたまま体を震わせていた。

 しかし今まで雫さんだけが喋っていたのに、そんな私を見て、大河様が私の名前を呼び、私はゆっくりと顔をあげる。


「ご安心ください。貴女様は俺がお守りいたします。指一本触れされません」

「え……」


 堂々とした態度に、自信満々に言う大河様。荒くれ者がどれだけ悪い妖なのか、大河様がどれだけ強い妖なのかまだ全然わからないけど。

 でも何だか大河様の言葉と堂々とした態度を見て、とても心強くて、安心でき、いつの間にか体の震えが止まっていた。


「大河だけでなく、我々もお守りいたします」

「秋真さん……」

「大河だけ良い思いさせねーぞ! 俺もお守りしますよ!陽菜様」

「勿論、私もお守りします」

「皆さん……」



 大河様同様今まで黙っていた秋真さんと琥珀さん、雫さんも"守ってくれる"と言ってくれて、更に心強くなる。

 この方達はやっぱり優しい妖なんだ、と再確認でき、ただそれだけなのにとても嬉しくて、心が暖かくなり、彼らといることが少しずつ心地よくなっていた。


「陽菜様、続きを宜しいでしょうか?」

「あ、はい!」


 雫さん以外の三人が口を開いたことで、少しだけ賑やかになったものの、彼女の言葉で一瞬にして三人は口を閉じた。

 その様子を不思議に感じてしまう。この三人は雫さんに逆らえないのかな。なんて心の中で思っていればまた雫さんの説明が始まる。


「これは多少、個人差があるのですが聖妖様の寿命は約500年です」

「500年……、普通の妖は?」

「我らも個人差はありますが、大体数千年です」

「数千年……じゃあ、今まで何人も聖妖様を看取ったってこと?」

「その通りでございます」


 そうか。私はこれから約500年生きるのか。この妖達と一緒に。でも何で聖妖様だけ500年と短いんだろう。てっきり他の妖と同じ寿命だと思い込んでいた。


「聖妖様は特別な妖力を持っているため短いのです。そして石英病を治すのに妖力を使いすぎると寿命が更に短くなってしまいます」

「……え、そうなの? じゃあ結界張ってるからずっと力使ってるんじゃ」

「いえ、結界は張るときに妖力を多く使いますが、張っている間は微量の妖力なので大丈夫です」

「そっか。ところで前の聖妖様はどのくらい生きたの? ぴったり500年って訳じゃないでしょ?」


 何となく言われた寿命を聞き、前の聖妖様の事が気になり、尋ねてみただけなのだが、彼らは一瞬だけ暗い表情を浮かべた気がした。


「前聖妖様は、聖妖様に目覚めたときから妖力が弱く、更に荒くれ者達の為にと石英病をいくつも治してしまった為、100年ほどしか生きられなかったのです」

「あ……そう、なんだ」


 前の聖妖様は私は面識がない。でも顔は知っている。彼らにとても慕われていた事も知っている。夢で見たから。

 でもまさか、そんな事情があったなんて知らなくて。

 きっと彼らも100年しか生きられなかった前の聖妖様の事は辛いだろう。

 余計なことを聞いてしまったと、今更ながらに後悔した。


「ごめんなさい、余計なこと聞いちゃって」

「いえ、お気になさらないでください」


 聖妖様の事について色々と聞き、ゆっくり生活できるかもなんて思ったが案外そうでもなさそうで、この先少しだけまた不安になっていた。

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