第6話

「とりあえず、お前……えっと結城」

「はい」

「俺の部屋は好きに使って構わねぇから。 どうせ俺は寝に帰ってきてるだけだし」

「……はい」


 私を"保護"すると説明してくれた小松崎さんは先に戻ると言って、部屋を出ていってしまった。

 正直、同性である彼女がいてくれた方が良かったんだけど。それに蒼さん、ぶっきらぼうだしたまに睨んでくるからちょっと怖いんだよね。


「寝場所は俺のベッド使っていいから。……あぁ、シーツは全部洗ったやつに替えとく。 それと風呂もキッチンも勝手に使え。食材は言ってくれりゃ買うから」

「え、あの……蒼さんはどこで寝るんですか?」

「俺はソファでいい」

「でも、仕事で疲れてるだ──……!!!」


 私の事なんか気にせず淡々と説明してくる蒼さん。

 それにベッドで寝ていいと言われるも、居候させてもらう身なのだから、ベッドでなんか寝られるわけがない。

 だから反論しようと口を開けば、ギッと睨まれてしまい、言葉が詰まってしまう。

 睨まれちゃったし、まぁ、本人がそれでいいのならいいか。居候だから、言うことを聞いておこう。

 私は渋々「わかりました」と返事をすれば、ようやく私を睨む目は逸らされる。


「それと」

「は、はい」


 蒼さんの睨みから解放されたことで、ホッと胸を撫で下ろしていれば、まだ話は続いていたようだ。


「黒コートの男の事だが」

「!!」


 蒼さんから出てきた単語で私の体はピクリと反応してしまう。

 もしかして、居場所がわかったとか。

 恐らくそんな事じゃない、そうわかっているけど淡い期待をしてしまうのは、早く元の世界に帰りたいという思いが強いからかもしれない。


「アイツは俺たち特能課が探してるから、お前はもう探すな」

「え? な、何でですか?」


 期待していた言葉とは違った為、落胆し、同時に疑問も浮かぶ。


「アイツは異能力を持ってんだ。 それにもし見つけたとしてもまたどこか別の世界に送り込まれる場合だってある」


 また別の世界。

 私がいた世界とこの世界の他にまだあるのか。蒼さんに聞いてみるも「それはアイツにしかわからねぇ」と言われるだけ。

 でもだからって、何で探しちゃダメなの。特能課が探すって言っても、他に事件あるだろうし、あの男を探す事だけしていられる訳じゃない。

 なら、私も探せば早いと思うのに。


「言っておくが"アイツを探させるな"って課長から命令が出た。 お前が探そうとすれば俺は阻止しなきゃならねぇ。 だから余計なことはするな」


 蒼さんが課長さんからそんな事言われようが、正直私には関係のない話だ。それに阻止されるのなら、蒼さんが仕事でいない時に探せばバレないし問題ないのでは。


「わ、わかりました」

「じゃあ、とりあえず俺も戻るから」


 頭の中の企みと正反対の返事をすれば、蒼さんは玄関へと向かおうとしていて。

 だが、家の鍵を渡してもらわなければ困る。アイツを探せない。だからと言ってばか正直に話してしまえば、きっと阻止されるだろう。

 企みがバレない理由を急いで考え、私は玄関へ向かう蒼さんを引き留めた。


「あの!」

「ん?」

「ちょっとこの後、化粧品とか諸々買いに行きたいんですけど……」

「で?」

「で、その、……この家の鍵を……」


 ジト目で睨まれ、企みに気がつかれるのではとヒヤヒヤしながらも冷静を装う。

 だめと言われるのか、渋々渡されるのか。

 内心ドキドキしながらも、蒼さんを見つめる。


「……ダメだ」

「な、何でですか」

「そもそも、お前一人で外出して俺の家に戻ってこれるのかよ」

「あ」

「それに、短時間で二度も男に絡まれてるやつに一人歩きさせられるか。 いつも助けられるわけじゃねーんだぞ」


 痛いところをつかれてぐうの音も出ない。

 確かに二回とも蒼さんに助けてもらったし、この家の場所まで自分の足で歩いてきた訳じゃない。

 そもそも、この世界のというか、ここ周辺の道も全くわからないから、こっそり男を探すなんて無理だったんだ。


「そ、そうですよね。 ごめんなさい……」


 謝ることしか出来なくなってしまった私は、企みが無意味だったと気がつき、落胆し俯く。

 じゃあどうすればいいんだろう。本当に化粧水とかケア用品も無いと困る。だから買いに行きたいんだけどなぁ。使わないと肌突っ張るし。


「ったく、わかったよ」

「!!」


 自分の足を見つめながら、悶々とケア用品の事を考えていれば突然頭の上に重みを感じて。その直後盛大なため息をついた蒼さんの言葉で顔をあげれば、頭の上の正体は彼の手だということがわかった。


「今日、課長に言って定時で上がらせてもらう。 その時間でいいなら、買い物付き合う」

「え、良いんですか?」

「仕方ねぇだろ」

「あ、ありがとうございます」

「……じゃあとりあえず、仕事終わるまで部屋で大人しくしてろよ」

「はいッ!」


 私のために定時で帰ってきてくれるという蒼さんは、また特能課に戻るため、部屋を後にした。

 気がつけば私の中の蒼さんの第一印象より、いい人なのかもしれないと思うようになっていて。

 そして、彼が居なくなり、一人になったときようやく気がついた。頭を撫でられたことで鼓動がバクバクと激しく動いていたことに。

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