第5話

「ちょっと蒼。 あれはやりすぎよ」

「仕方ねぇだろ」

「女の子なんだから、優しくしなさい!」

「だったらお前が保護しろよ」

「一人ならしてるわよ! でも出来ないから蒼になってんでしょ?」


 徐々に意識が戻り、誰かの会話が聞こえてくる。

 あれ、私。……ここどこだっけ。誰がいるんだろう。聞いたことのある声。最近聞いた。

 声の主を思い出そうと、まだ半分以上眠っている頭で考えつつ、瞼を開ければ、見たことのない天井が目に映る。


「こ、ここは……」

「あら、目覚めた?」

「!!」


 ぼんやりとした意識の中、何故知らない場所にいるのか考えていれば、突然私の視界いっぱいに現れたのは優しそうな女性の顔。

 急に現れたせいで、飛び上がり、彼女から距離を取るように後ずさってしまう。

 そしてその時ようやく私はベッドで寝かされていたんだと気がつく。シンプルなベッドシートに、女性越しに部屋を見渡してみれば、女性とは思えないようなシンプルな寝室らしき部屋。

 この時、ようやく彼女が特能課にいた小松崎さんだと思い出す。


「こ、小松崎さん……」

「結城さん、大丈夫? 首、痛くない?」

「く、首ですか」


 心配そうに言ってくる小松崎さんの言葉で思い出した。

 そうだ、黒コートの男を探そうと一人で歩いていたら、男に絡まれて。それで蒼さんが助けてくれたんだ。……いや、でも、蒼さんに首を打撃されたんだっけ。

 思い出し、首を意識するも今は全く痛くない。

 でも、何であんな事を。


「蒼。 謝りなさい」

「!!」

「あ? 何でだよ」


 黙り、首を触る私を見て痛みがあるのかと思ったのか、小松崎さんは開けっぱなしになっている隣の部屋に向かって叫んだ。

 その直後、隣の部屋、というか恐らくリビングから蒼さんがムスッとした表情を浮かべながらも顔を覗かせる。


「女の子に手を出すなんて最低よ!」

「うるせぇな!」


 そう言った直後、また顔を引っ込ませてしまった。

 でも何で蒼さんがここに? てっきり小松崎さんの部屋なのかと。それか、二人は同棲してるとか?

 そもそも何で私は、部屋にいるんだろう。


 そして状況把握できず、色々と疑問が浮かぶ中、小松崎さんは私に衝撃的なことを言い出したのだ。


「結城さん……小春ちゃんには、これからここに住んでもらうわ。 因みにここはアイツ、星野 蒼ほしの あおいの部屋だから」

「え……」

「本当は女の私の部屋に泊まらせたかったんだけど、彼氏と同棲してるから無理なのよ」

「あ、あの……でも」

「おい、かなり混乱してるぞ」


 またひょこっと顔を出す蒼さん。

 混乱するのは当たり前だ。急に連れてこられて、ここに住めって。どういうつもりなのか。

 さっきの眼鏡の人は、野放しに出来ないって言っていた。じゃあ、私を監視するために?


「何で急にそんな事……」

「まぁ、それはゆっくり話してあげるからリビング行こう」

「はっきり言ってください。 私を疑ってるんでしょ? 犯罪を犯すんじゃないかって。 それを防ぐために監視するんでしょ?」

「小春ちゃん……」


 リビングでゆっくりと、手を優しく握られ促されそうになったが、私は小松崎さんの手をまた振り払う。

 あの眼鏡の人の目はとても冷たかった。まるで本当の犯罪者を見ているみたいで、すごく嫌だった。

 その事を思い出してしまったせいか、特能課の人達は正直信用なんて出来ない。下手したら何もしていないのに、無理矢理理由をつけて拘置所にでも入れられてしまうかもしれない。

 そんなのごめんだ。いくら異世界だからといっても、絶対に入りたくはない。


「ったく、安達あだちの奴が変なこと言うから、警戒されてんじゃねーか」

「……小春ちゃん」

「……何ですか」

「眼鏡をかけた男は安達 俊介あだち しゅんすけって言うんだけど、俊介が酷いこと言ってしまったわね。彼の代わりに謝るわ。 ごめんなさい」


 眼鏡の人、安達さんの代わりに小松崎さんは私に向かって土下座をしはじめた。額を床につけるほど深く頭を下げている。

 そうじゃない、私は小松崎さんに謝ってほしい訳じゃない。今、こうしてあの人の代わりに謝るのなら何でさっき安達さんが言っているときに止めてくれなかったの。


 しかし、小松崎さんの土下座を見ていたせいか、徐々に怒りの熱も収まってきて。

 正直、どうでも良くなってきてしまった。

 結局は黒コートの男を探さなければいけない。でも今日中に探し出せるとは限らない。なら、今の状態を利用してしまえばいい。

 住む場所があるなら、黒コートを探し出すのに少し楽になるだろう。

 監視されてようが、違ってようがもういい。


「わかりました」

「……」

「良かった! これで、貴女を保護できるわ」

「保護……」

「課長がさっきの言葉を聞いて心配したんだ。 それにわかってて放っといて、餓死でもされちゃあ、後味悪いしな」

「コラッ!」

「ってぇ!!」


 保護とは良くわからないけど、でも、確かに餓死されちゃ、彼らにとっては後味悪いだろう。

 私に失礼なことを言ったと思った小松崎さんは顔をあげて、私たちの近くまで来ていた蒼さんの頭を小突く。


 そんな二人を見ながら私は、随分と会っていない両親や友達を思い出しながら必ず帰ってやる、と心の中で誓った。

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