黙れ小僧!

 声がした。


 小振りな鈴のように、静かで澄んだ声。


 振り向けばやっぱり、白い仮面とマントを身につけた、小柄な人がいて……


「サフ、さん……? なんで、ここに……っていうか、観てたんですか……?」


「はい。とても面白い論議でした」


「論議って……ケンカじゃ、ないんすね……いつから、みてました……?」


「私が何者か、からですね。その後の年下と年上どちらがいいかはとても興味深い内容でした。年齢相応の健全な欲望のぶつけあいは大変微笑ましいです。特に私を天使と呼び、愛でたい、庇護欲を掻きたてられるなどと言っていただけるのは、どこかこそばゆいものがありましたね」


 いやああああああああ!


 違うんです!


 あれはサフさんのことじゃなくロリ全般のことで!


 いや、サフさんもたしかに天使みたいですけど、違うんですぅー!


 そう叫びたいけれど、体力がない。


 隠れる穴を探す余力もない。


 一瞬で焼けるようにほてった顔を両手で覆い、


「やはり私を天使だと――」


「もうやめて! 真尋のライフはもうゼロよ!」


 やっぱり心読んでるんじゃないだろうか。


 疑いは晴れないが、知る由もない。


 ある程度回復してきたし、上体を起こしてサフさんを……見るのはまだ恥ずかしいから、視線をずらしつつ、


「それで、なにか用ですかね? やっぱり記憶消しとこうとかですか?」


「いえ。仕事ですので」


「ああ。しばらくこの辺に常駐する感じですか」


 それで偶然見かけたから見届けてたとかかな~、なんて、思っていたんだけれど……


「常駐……まぁ、そうですね」


 なんとなく、歯切れが悪い気がする。


 サフさんにしては珍しい。


「あ。あれですかね? 住むとこないならウチの部屋貸しますよ。親あんま帰ってこないんで」


「サフさん、ロリコンの家で暮らすのはヤベェからやめたほうがいいっすよ」


「あ? バカにすんじゃねぇ。ロリババアは守備範囲外だ」


「余計に危険度が増してねぇかその発言。サフさんに対してとかじゃなく」


 雄太はあきれたというか、いっそ引いてるような顔で言ってくる。


 じつに心外だ。


 俺以上の紳士はそうはいないっていうのに。


 サフさんもわかってくれてるのか、いつもと変わらない平坦な声音で、


「住居の提供はありがたいです。ですが、なんと言えばいいか……そうですね。期限が未定と言いますか、上からどのような指示がくるかがわからない状態です。おおよその検討はついてますけれど」


「じゃあその間だけ一緒に暮らす感じですかね」


「……どう、でしょうね。どちらがいいのか計りかねますが……真尋さん」


「なんざんしょ」


「あなたは私といるのが平気ですか?」


「これはまさか、逆プロ――」


「違います」


 秒速で否定されたが、想定の範囲内だ。


 けれど、


「雄太さんも、私といるのは平気でしょうか」


「サフさん! いくらあいつが姉萌えだからってそれはダメです! サフさんじゃ好みの部類にはなれません!」


「すこぶる失礼だなぁおい。そんなんじゃ一生嫌われるぞ」


「黙れ小僧! おまえにサフさんが救えるか! 仕事人間なばかりに恋愛を知らず、ロリババアがゆえにその思考すら浮かばない! 瑞々しい肢体でありながら枯れ果てた、哀れで醜いかわいい天使だ! おまえにサフさんが救えるか!?」


「もうわざと嫌われようとしてねぇか? 癖って怖いな」


「議論は終わりましたか? 終わったのなら質問に答えてください」


 どこか苛立ってるような気がする。


 まったく、雄太が巨乳の姉萌えなせいで……


「直感だけど、俺のせいじゃねぇぞ」


「おまえまで習得すんじゃねぇよ」


 雄太にまで直感極められたら妄想筒抜けじゃないか。


 それはすげぇ困る……いや、ちょっと待てよ?


 俺も直感極められたら、サフさんの心がわかるんじゃ……


「あ、はーい。すぐに答えまーす」


「直感が身についたようでなによりです」


 直感っていうより、あなたのオーラです。


 思わず身震いするような雰囲気に、俺は冷や汗を流しながら口を開き、


「俺は――」


 そこで、黒い塊が現れた。


 神社で見たような、丸型のスールズ。


 まだ繭とかいう状態なんだろう、子どもぐらいの大きさだ。


 けど、油断は禁物。


 あいつの叫びはとんでもない。


 能力だって未知数だ。


 さっさと倒してしまうに限る。


 はず、なんだけれど……


「ちょうどいいですね。真尋さん、雄太さん」


「はい」


「なんすか」


「あれを討伐してみてください」


「と、え? 討伐? 俺らが?」


「でも、期間限定って話じゃ……」


「はい。その認識で間違いありません。だからこそ、試していただきたいのです」


「んー、よくわかんないっすけど、試すだけ試してみますわ」


 と、雄太が目をつぶる。


 右手にバットが現れる。


 ……現れる?


「おいおいおい雄太おまえなにそれ。なんでできてんの? 主人公体質かよズリィぞふざけんな」


「俺だって知らねぇよ。けどできちまったんだからしょうがねぇだろ。武器だけだけど」


「くっそー。俺だってやってやっからな! 《精霊招服せいれいしょうふく火焔獣イフリート》!」


 イメージを高めて唱えてみると、ゴウッと紅蓮の炎が逆巻いて……


「いや、なんでできんのよ。え、こわ。なにこれどういうこと?」


「どういう、と言われましても、そういうこととしか言えませんね」


「そういうことって……しかもサフさんすでに倒してるじゃないですか。なんですかこの時間」


「ちょっとした確認です。ですが、あなたがたの措置はこれでほぼ確定したかと」


「措置」


「はい。措置です。いますぐというわけではないでしょうが、私と一緒にきてもらうことになるでしょう」


「くるって、どこにです?」


「私たちの本拠、スールズ討伐隊の本部です」

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