天使ぃ? そりゃあ白衣を着てからにしてもらおうか

「真尋、ソープ行かねぇか?」


 本日の第一声。


 相変わらず高校の教室で言っていい言葉じゃない。


 こいつの口から言っていい言葉をあまり聞いたことがないけれど。


 俺は頬杖をつきながらジトリと雄太を眺め、


「きのう行かねぇって言ったばっかだろが」


「いや、きのうのは風俗だろ? それとデリヘル」


「だからそれはどう違うんだよ」


「ああ、それがな。ちょっと調べてみたらさ、本番あんのってソープだけらしいぜ」


 知るかよ。


 毎度毎度変な知識を仕入れてくるんじゃない。


 本当にネット社会は恐ろしい。


 あと平然としてるこいつも怖い。


「だからさ、漢になるにはソープ行くしかねぇだろって」


「ならなくていいっつーの」


「いいのかよおまえ。また怪物になっちまうぞ」


「関係ねぇだろそれは。つーかふつうに彼女でもつくればいいだろが」


「え? 真尋、彼女つくれると思ってんの?」


「ハァン!? テメェそりゃどういう意味だ内容によってはブッ飛ばすぞ」


「いや、だって真尋、ロリコンじゃん」


「ングゥゥ……」


 ぐぅの音しかでなかった。


「まぁ、ただの妄想ってか、理想の話だろうけどさ。俺もそうだし」


「ああ。おまえはマザコンだもんな」


「ちがいますぅ~。マザコンじゃないですぅ~」


「好みのタイプは?」


「好み? そりゃああれよ。お姉さまだろ。髪長くてボインボインな、エロい感じのお姉さま」


「おまえの母親って髪長いよな」


「ああ」


「口元にほくろあるよな」


「よく知ってんな」


「胸デカイよな」


「え、なに? なんか気持ち悪いんだけど」


「雄太」


「なんだよ」


「おまえの理想とおまえの母親、合致してね?」


「え? 合致って……ん? あれ? そういやぁたしかにそんな気も……」


「マザ」


「コンじゃないですぅ~。親には依存してないですぅ~」


「親には?」


「……まぁ、真尋の性癖話は置いといて」


「性癖じゃねぇこの世の真理だ」


 俺の批難を無視し、雄太は咳払いして言う。


「ひとまず今日は部活ねぇし、久々に一緒に帰ろうぜ」


「いいけど、寄り道する気はねぇからな」


「真面目くんアピールめ」


「不真面目くんアピールがなに言ってやがる」


 なんて笑いあい、あっという間に放課後の帰り道。


「にしても、きのうはスゴかったな」


「ああ。あんな体験そうそうないぜ。まぁ、今日も学校きて驚いたんだけどな」


 学校はきのうの戦いでボロボロになった……はずだった。


 けれど、割れたガラスも、ひび割れた校舎も、地面やポールでさえも何事もなかったように元通りになっていた。


 事後処理ってこんなレベルでやってんのか~なんて感心したものだ。


 魔法があるとはいえ万能じゃないだろうし、過労死とかしなきゃいいけれど。


「そういや、あの人って何者なんだろうな」


「サフさん、だっけか? デッケェ鎌持ってたし、死神とかじゃねぇの?」


「いや、それ言うなら白い羽根生やしてたし天使じゃねぇか?」


「ハァ? 天使ぃ? そりゃあ白衣を着てからにしてもらおうか。あと胸もほしい。できればE以上で、自分から脱ぎだすようなエロエロの」


「ハッ。おいおい雄太。そいつは聞き捨てならねぇな」


「ほぉう? なにが聞き捨てならねぇって?」


「決まってる。白衣なんざ必要ねぇ。ロリは総じて天使なんだよ。あと薄着にすりゃ喜ぶんだろとか考えてるソシャゲがあるがな、ロリは冬場着こんでるときが一番の天使なんだよ! 肌寒い季節にロリの上気した笑顔で心から暖まるんだよ俺たちは!」


「ハッ。しょせんは童貞の戯れ言よ。ガキのころの約束なんて口約束以下の妄言だ。すぐに忘れられんのがオチなんだよ。その点お姉さまは違う。大人だからな。テメェの汚い部分まで引っくるめて愛してくれるんだよぉ!」


「それこそ戯れ言だぜ雄太。そんな女、この世界にどれだけいると思ってやがる。巨乳まで含めりゃ確率はクソほど低いぜ。その点ロリは違う。ロリはみんな天使だ。穢れを知らないからこそ無邪気でまばゆいんだ。日本は古来から儚いものを愛でる風習があるだろう。いずれ穢れてしまう、けれどいまはなによりも純粋でまっさらな存在だからこそ庇護欲を掻きたてられるんじゃないか! 女に護ってもらおうなんて甘いんだよぉ!」


「違ぇなぁ! 護るからこそ甘えさせてもらうんだよぉ! 一方的な愛情じゃあそんな考え微塵も浮かばねぇだろうけどなぁ!」


「んだとやんのかテメェこの野郎!」


「上等だ! やってやるよコラァ!」


 いい機会だ。


 ここでロリ萌えと姉萌えどちらがより優れているか決着をつけてやる。


「部活やってるからってそう簡単に勝てると思うなよ。こっちは怪我なんざ怖くねぇからなぁ!」


「ちょっ、おま、怪我覚悟で突っ込んでくんじゃねぇ! あと石だの砂だのセコいんだよ!」


「ハッ。ポテンシャル差を埋めるための常套手段だ! セコかろうが勝ちゃあいいんだよぉ!」


 それからどれぐらい続いたか。


 ロリに対する熱意の賜物か、雄太でさえ息を切らすほど白熱した勝負が続き、気づけば夕暮れ。


「真尋ぉ……いい加減、諦めろっての……」


「ハッ。ロリのためなら、どこまでだって、戦えるぜ、俺はぁ……」


「ったく、めんどくせぇ野郎だな、ほんと……けど、おたがい限界近いみてぇだし、次で、終わらせるぞ……」


「残念、だったなぁ……その手にゃ、乗らねぇぞ……パワー勝負になりゃ、勝ち目ねぇからなぁ……」


「このやろ、ほんとめんどくせぇなぁおい……」


 睨みあい。


 こうなれば、隙をみせたほうの負けだ。


 ジリジリと距離を測り、呼吸をあわせる。


 が、


「ッ……!」


 グラッと、バランスが崩れた。


 先に限界を迎えたのは、俺の脚。


 雄太はその隙を見逃さない。


 一気に駆け寄り、拳を固めて……


「負けるかクソがァ!」


 全世界のロリのために、負けるわけにはいかねぇんだよぉ!


 こちらも負けじと拳を握り、


「ベフッ!?」


「ガッ!?」


 雄太のストレートと、俺のアッパーが交差する。


 そのまま両者、ノックダウン。


 不毛な争いは、無益な結果に終わり……


「いい勝負でした」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る