なんのために、なにをするかだ

「動き? ……ああ、なるほど。アレか。いいぜ、やれるもん全部試してみようじゃねぇか」


 雄太は炎の球を振りかぶり、


「《ディアボロ・マグナム》!」


 豪快なオーバースロー。


 コントロールも抜群で、スールズのど真ん中へと飛んでいく。


 そして、


「こんな感じか?」


 くるん、と指をまわした。


 すると球は毛糸玉のごとく形を変え、グネグネとスールズの全身に絡みつく。


 ギリギリと締め上げ、動きを、叫びを妨害する。


 期待以上に効いている。


 想像以上に奏功してる。


 きっと、目的が変わったからだ。


 倒せないのをわかってて攻撃するという、漠然なモノから。


 相手の動きを止めるという、明確なモノに。


「そうだ。言ってたじゃねぇか」


 スールズはココロの具現化。


 しかし、イメージだけでは生まれない。


 大事なのはもうひとつ。


「指向性。なんのために、なにをするかだ」


 これは魂と魂のぶつかりあい。


 より強く明確な意志こそが、勝敗をわける。


 強く強く、イメージする。


 強く強く、刀を握る。


 勝つ。


 生き残る。


 そのためにはなにをする?


 決まってる。


「アイツを全力で、ブッた斬るッ!」


 全身からチカラがわいてくる。


 明確なイメージが溢れてくる。


「……ォォ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 スールズが糸を引きちぎった。


 さすがにじっとはしてくれないか。


「やるぞ雄太! 援護を頼む!」


「おうよ! まかしとけ!」


 受けたら吹っ飛ぶのであれば、まともに受けなければいいだけだ。


 集中しろ。


 イメージしろ。


 勝負は一瞬で決まる。


 一瞬で決める。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 スールズが鎌を広げて突進してきた。


 さっきよりも断然速い。


 だが、


「《ディアボロ・ホームラン》!」


 炎の球が亜音速で飛ぶ。


「か~ら~の~、絡みつけ!」


 糸のように絡みつく。


 けれどあっさり斬り裂かれる。


 一秒すらも稼げない。


 雄太はニヤリと不敵に笑い、


「ハッ。足んねぇなら増やすだけだ。《ディアボロ・レギオンボム》! 捕らえろ!」


 いくつもの球がスールズへと飛んでいく。


 糸のように伸び上がり、クモの巣のように絡みつく。


「グ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 暴れようとするが、縛られてまともに動けていない。


 鎌で斬り裂くことも、触手で引き剥がすこともできていない。


 これなら狙える。


 これならやれる。


 しかし、武器は刀。


 受ければアウト。


 ヘタな接近戦は自滅を呼ぶ。


 そんな状況で浮かぶ勝利のイメージは、ひとつだけ。


「《焔神招来えんじんしょうらい》!」


 ゴウッ、と極大の焔が刀身を包む。


 そしてまっすぐ、大きく刀を振りかぶり、


「《紅魔滅翔塵こうまめっしょうじん》!!」


 気合いを、魂をこめた、全身全霊のひと振り。


 その切っ先から、焔が飛ぶ。


 紅の斬撃が飛翔する。


 それは一直線に怪物へ向かい――


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 しかし、スールズは抗ってくる。


 触手を繰りだし鎌を突きだし防ごうとする。


 それでも焔は止まらない。


 俺のイメージは揺るがない。


 触手は裂け、鎌にはビシリとヒビがはいる。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオがオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 ついに鎌を砕き、斬撃がスールズの身体に届いた。


 そう思った瞬間、スールズの身体がふたつに裂ける。


 紅蓮の焔が焼き焦がす。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……サ、スガ……マヒ、ロ、ォォォォォォ……――」


 スールズは断末魔とともに塵となり、消えていった。


 けれど……


「……最後に名前呼ばせるなよ、後味悪ぃな」


「いや、あれ俺がコントロールしてるわけじゃねぇし」


 なんとも気持ち悪い幕切れだが、倒せたことに変わりはない。


 しかし、今回のスールズは雄太の妬みが原因らしくて……


「なんかさ、言いたいことあんなら直接ぶつけてこいよ」


「んなことしたら真尋が泣いちまうだろ」


「怪物つくるよかマシだろ」


「ハッ。違ぇねぇ」


 カラカラと笑うその顔に、後悔はみられない。


 嘘も感じない。


 これからはもっと本音でぶつかりあえそうだ。


 俺も思ったことは溜め込みすぎないようにしよう。


 特に溜め込んでる意識はないけど。


「さて、これで終わりだよな。やったか? みたいなフラグも立ててねぇし」


「いや、たしか核壊さなきゃいけねぇって話だし、まだ警戒しといたほうがいい」


「あ、そうか。んじゃあサフさんは……」


「お見事でした」


 トコトコと、サフさんが近づいてきた。


 いつの間にかスールズを倒していたようで、片手になにやら禍々しく光る球みたいなモノを持っている。


 たぶん、あれが核なんだろう。


 サフさんはパキリとその核らしきモノを砕いた。


 これで完全に討伐終了だろう。


 俺は安堵の息をこぼす。


 雄太は緊張の糸が切れたのか、サフさんを見ながら自慢げに笑い、


「ずいぶんと遅かったっすね。俺たちで倒しちゃいましたよ」


「はい。盛り上がっていたようなので、すこし様子をみようかと」


「え、いつから観てたんすか?」


「真尋にゃ指一本触れさせねぇ、あたりからでしょうか」


「めっちゃ序盤じゃないっすか!」


 俺の意識が鮮明になったころにはケリつけてたのか。パワーアップしたはずなのに次元が違う。


「しかし……」


 と、サフさんがこちらに顔を向けた。


 仮面がちょっと怖いからチビりそうになったけれど、ビビリじゃない。


 しいて言うならロンリーだ。


「ではロンリーさん」


「ほんとに直感ですよね?」


 いい加減疑わしくなってきた。


 けれど確かめる方法もなく、サフさんは淡々と言葉を続ける。


「やはりあなたは少々特別なようです。チカラを得た者は必然的に驕ってしまうものですが、あなたはとても冷静でした。彼我の実力差がよくみえています。最悪の想定もできていました」


 それは冷静というより、ただ熱くなれないからな気がする。


 悲観的ではない。


 けれど、楽観的でもない。


 表面上は喜怒哀楽があったとしても、本能的な情動があったとしても、心の奥底は微動だにしない。


 まるで意識が自分のなかじゃなく、すこし離れたところから俯瞰しているように。


 当事者意識がなく、すべてがどうでもいいと感じるように。


 なにもかもが褪めてしまう。


 なにもかもが消えてしまう。


 ただただ平静なんだ。


 平成になることを疑わず、漫然と、漠然と、つねにぼんやり過ごしてきた。


 平穏に、静穏に、グダグダと目標もなく生きてきた。


 だから、実力差がみえてるとかじゃない。


 特別なんかじゃない。


 どちらかと言えば、雄太のほうが……


「平正であり続けるのは難しいことです」


 サフさんが、諭すような、叱るような、真剣な声音で言う。


「一定に、誠実に、ありのまま生きられるのは素晴らしいことです。だからこそあなたは……いえ、これはいいでしょう。代わりに年長者として言いますが、謙虚と卑下は違います。あなたはもっと誇っていい。いえ、誇りなさい。それがチカラある者としての礼儀であり、果たさねばならない責任です」


 ……誇り、か。


 いまの俺からは一番遠い言葉かもしれない。


 なにも持っていなかった。


 なにも特別なことがなかった。


 幽霊がみえてはいたけれど、それはマイナスでしかなくて。


 だからといって捨てられるモノでもなくて。


 それで、話すことが怖くなった。


 関わることが怖くなった。


 嫌われるくらいならいっそ、端から仲良くならなきゃいいと思った。


 だから、話しかけられたときか、用事があるとき以外は他人と距離を置くようになった。


 そんな風に逃げ続けた俺に、誇れるものなんて……


「傷つき傷つけるぐらいなら、武器を捨てて争いをなくす。その優しさも、誇っていいチカラだと私は思います」


「…………」


 敵わないと思った。


 どこまでも敵わないと、そう思った。


 純真で、純粋で、つねに真摯に語りかけてくれる。


 こんな俺にすら、優しく叱ってきてくれる。


「ロリババアのくせに、惚れたらどうしてくれるんですか」


「ババアとして、見届けるくらいの責任は持ちましょう」


「はは。さすが、仕事人間なだけはありますね」


「そうですね。それも仕事ですので」


 いまは敵いそうにないけれど、いつか絶対見返してやる。


 俺は静かに心を決めた。


 サフさんは空気を変えるように、平坦ながらもちょっとだけ明るい声音で、


「そういえば雄太さん。一度死なれた感想はいかがですか?」


「は?」


 死んだ?


 なにそれどういうこと?


 決心すらも吹っ飛ぶ発言に目を丸くしてると、雄太はおもむろに頭を掻いて、


「あー、そっすね。おかげさまで後悔は晴れました。あと、めっちゃチカラが漲ってます。けど、これって期間限定とかだったりしますかね?」


「そうですね。今回限りの臨死体験です。渡したチカラもすぐに尽きるでしょうから。……私のは、ですけど」


 最後のはよく聞こえなかった。


 たぶん聞こえないように呟いたんだろう。


 サフさんはペコリとお辞儀をして、


「では、私は記憶消去等の事後処理がありますので、これで失礼します」


 記憶消去。


 またとんでもないワードがでてきたな。


 でも、当たり前なのかもしれない。


 すこし……いや、かなり惜しい気分だけど、できれば忘れたくなんてないけれど、それが仕事なら仕方ない。


 だって彼女は、そういう人なんだから。


 だから、せめてもの抵抗に、俺は精いっぱいの笑顔を浮かべ、


「それじゃあ、お願いします」


「はい。行ってまいります」


「行って……え? だいじょうぶなんですか?」


「ご心配なく。その場にいた方々の魂は把握しておりますので」


 珍しく会話が噛みあわない。


 ほんとに直感だったのかもしれない。


「あの、俺らの記憶は消さなくてもいいんですか?」


「はい。消したほうが面倒ですので」


「面倒」


「では、失礼します」


 ぽかんとする俺を尻目に、サフさんはあっという間にフライアウェイ。


 瞬く間に姿すら見えなくなってしまい……


「あー……真尋、ひとまず帰ろうぜ」


「……そう、だな……」


 結局そのまま記憶を消されることもなく、俺たちは再び、いつもの日常を取り戻すこととなった。

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