地獄の淵へ行ってらっしゃ~い

 ここは、どこだ。


 俺は、なんだ。


 意識が重い。


 感覚が鈍い。


 世界が暗くて、上も下もわからない。


「ん? なんだろう、あれ」


 声が聞こえた。


 幼い、舌っ足らずな声。


「まひろくん。あれ、なんだとおもう?」


 まひろ?


 ……ああ、俺のことか。


 あれって……どれだ?


「どれって、ほら、あのくろいの」


 くろいの?


 くろい……なんだ?


 なにか、大事なことを忘れているような……


 ダメだ。


 わからない。


「そ、そう」


 悪いな。


 頭が働かないんだ。


 あとにしてくれ。


「う、うん……」


 そんな顔するなよ。


 もう暗いし、子どもは家に帰る時間じゃねぇか?


「ほんとだ! いそがなくちゃ!」


 おう。


 元気でな。


「まって! かばんがどっかいっちゃった!」


 カバン?


 ったく、しょうがねぇなぁ。


「ごめん……」


 気にすんな。


 失敗なんてだれにだってあるもんだ。


「ありがとう……」


 しかし、カバンか。


 まずどこになにがあんのかもわかんねぇしなぁ……


「うわ、なにあれ」


 ん?


 どうした?


 なにかあったのか?


「ううん。なんでもない」


 そうか。


 おまえがいいならいいけど、我慢しすぎるなよ。


「そうだね……」


 なんとなく背負いすぎる感じがする子どもだな。


 将来が心配だぜ。


 にしても暗いし、全然わからねぇ。


 こりゃあダメだな。


 仕方ねぇ。


 おまえはいったん家帰れ。


「え、かえるの?」


 ああ。


 あとは俺が探しといてやる。


「でも、なくしたっていったら、ママ、なんていうか……」


 そんときは俺が謝ってやるよ。


 だいじょうぶだ。


 なんなら俺のせいにでもしとけ。


 ――そこで、世界が形を変えた。


 景色のすべてが姿を変えた。


 夕暮れの森に、黒い塊が現れる。


 そして、叫んだ。


「まひろくん!?」


 なんだ、これ……!?


 あ、あたまが……!


「まひろくん、しっかりしてよ!」


 ゆ、ゆう、た……にげ、ろ……


「まひろ、くん……?」


 雄、太?


 なんでいま、あいつの名前が……


「まっててまひろくん、だれかよんでくるから!」


 すまん。


 助かる。


 ……にしても、情けねぇ。


 あんな子どもに縋っちまうしかないなんて。


「あら、これはこれは。ずいぶんと大変なことになってるわねぇ」


 ……だれだ?


 あの子どもが呼んできたのか?


 ありがてぇ。


 けど、子どもはどうした。


「ああ、だいじょうぶよ心配しないで。あの子は元気にしてるから。まぁ、もうすぐ死ぬかもしれないけれど」


 死ぬ?


 どういうことだ。


「どうもこうもないわよ。せっかく準備したメインディッシュだったのに、余計なことしてくれちゃって」


 おい、どういうことだ?


 メインディッシュ?


 準備したって――


「ああはいはい。安心なさい。べつにもとから殺す気なんてないし」


 あんたは、なんだ?


「さっきから質問ばっかりね。まぁ、無理もないだろうけど」


 答える気はあるのか?


「ん~、そうね~。ねぇマヒロくん」


 なんだ。


「高校生って、子どもかしら」


 ババアに決まってんだろうが。


「うふふ。そうね。あなたならそう言うと思ったわ」


 そうかよ。


 ならはじめから聞くな。


「まぁそう言わないで。せっかくの再会なんだから」


 再会?


「ああ、これは失言かしらね。まぁいいわ、また消せばいいんだし」


 消すだと?


「それも気にしなくていいわ。そんなことよりも、あたしはね、子どもには優しいの。だから、あなたみたいなジジイには優しくないのよね~」


 ……ジジイか。


 なるほど。


 ジジイならロリと戯れてても不審者扱いされにくい気がするぞ!


「うふふ。ほんとおもしろいわねあなた」


 ババアに気にいられても嬉しかねぇよ。


「そ。あたしは引く手数多だからどうでもいいけれどね」


 ハッ。


 モテる自慢かよ。


 これだからババアは。


「くだらない僻みね。これだからジジイは」


 ……で、なにしにきたんだあんたは。


「なにって、助けにきたに決まってるでしょ」


 助け……そういえば、頭が……


「さすがジジイね。感覚鈍磨じゃないかしら」


 うるせぇな。


 圧倒的ババアの衝撃で忘れてたんだよ助けてくれてありがとうございます。


「最低限の礼儀はあるみたいね」


 あたりまえだ。


 清廉潔白。


 邪心滅却。


 だからこそロリといても怪しまれにくいんだよぉ!


「ほんと清々しいわね。負の感情ってのがないのかしら。そのあたりはツマンナイのよね。ある種の希望ではあるけれど」


 希望?


「ええ。いまは世界でいろいろあるのよね。そのいろいろを打開する手立てをあらゆる勢力が探してる。そのひとつがあのメインディッシュだったんだけれど……過ぎたことを言っても仕方ないわね。ひとまずあなたをどうにかしないと。せっかくのコレクションをこれ以上滅魔師エクセードに盗られるなんて嫌だもの」


 コレクション?


 エクセード?


 おいババア、ババアだからか知らねぇけど話がわかんねぇぞ。


「質問する態度じゃないわよジジイ。道徳観が歪んでるんじゃないかしら。ロリコンの時点でお察しだけれど」


 ハァン!?


 ロリは世界の神秘なんですぅ~。


 護り崇め奉る対象なんですぅ~。


 そんなこともわからないとかニンゲンじゃないんじゃないですかぁ~?


「そうね。ニンゲンじゃないわ」


 ……は?


「あたしはいわゆる悪魔だもの」


 やっべ。


 自分のこと悪魔とか、すっげぇ痛い人だったわ。


「信じる信じないはあなたの勝手よ。でも、信じたほうがやりやすいかもね」


 やりやすい?


「いまから現実のあなたを叩き起こす。そのとき、その世界で、あなたは一瞬で判断しなければいけない」


 なんだ、どういう――


「無駄話のせいで時間がないの。大事なのはイメージよ。指向性も忘れずにね」


 お、おい、ちょっとま――


「それじゃあ地獄の淵へ行ってらっしゃ~い」

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