あ、それたぶん言っちゃいけないヤツ
空間が揺れ、地面が砕け、バケモノが悲鳴のような声をあげる。
「雄太さん。やりましたね」
「あ、それたぶん言っちゃいけないヤツ」
サフさんのフラグのせいかわからないけど、バケモノはまだ生きている。
モゾモゾと蠢いている。
そして、いままで以上の、いままでの人生で一度も感じたことがない、本当の殺気というモノを、噴きだした。
――ああ、これはヤバイ。
漠然とした意識。
ただの直感。
それでも明確すぎる死のイメージに、俺は震えることしかできなくて……
「なぜ言ってはいけないかわかりませんが、いい働きでした。あとはお任せください」
サフさんが言う。
言いながらゆっくりと、俺の前に歩みでて、
「《トパーズ・シフト》」
全身が蒼く煌めいた。
蒼海のごとき清純な輝きは、彼女の胸の前で凝縮し、新たな武器を形作る。
弓矢だ。
サフさんは空色の弓矢を手に取ると同時、静かに、流麗に引き絞り……
「《ショット》」
ヒュッと、風を切る音。
時間が停止したと感じるほど、きれいで落ちついた一撃。
それはまっすぐバケモノへと飛んでいき、そのなかの真尋ごと貫いて……
「いやなにやってんすかサフさん!?」
あんなきれいな立ち姿のくせしてノーコンなんすか!?
どんだけポンコツっぷりを重ねるつもりですか!?
慌てる俺をよそに、サフさんは淡々と言う。
「なに、と申されますと、隔離ですね」
「隔離?」
「はい。兆しは彼の家でも感じていたのですが、巧妙にカモフラージュされているせいで気づくのに遅れました。核は真尋さんのなかに潜んでいたんです」
「なッ!? じゃあまさか、あのときに!?」
もしかしたら一番最初、アレにはじめて襲われたときに……
「心当たりがあるのですね」
「あ、すみませ……ん? あれ、なんで俺ふつうに話せてるんだ?」
「その説明はあとにしましょう。とりあえず、スールズに本気をださせ、真尋さんから意識をそらし、核を分離させるための隙をつくる。そのためにあなたを利用させていただきました」
「それも合理的ってヤツですか」
「はい。わたしでは真尋さんを盾にされかねないので」
淡々としすぎて怖い。
仕事のためならほんとになんでもしそうな勢いだ。
「じゃあ、俺の役目は終わりですか」
「残念ながらまだです。真尋さんを隔離したところでスールズは止まりません。いまは核をスールズの体内に戻し、討伐できる状態にしているところです。なので、私が戦闘しているあいだ、あなたには真尋さんの保護をお願いします」
説明のあいだも目線はブレない。
つねにバケモノを見据えている。
それほどヤバイ相手なんだ。
「了解です」
震えを無理やり押し込んで、俺はしっかりと頷いてみせる。
彼女に心配をかけたくない。
余計な意識を割かせたくない。
それすらも見透かされているのか、サフさんは「気負いすぎないように」と釘を刺してきたけれど。
それでもこれは俺の夢だ。
俺の手で、俺自身のチカラで真尋を助けるのは、昔からの俺の夢。
もしかしたら、サフさんには最初からこの景色がみえていたのかもしれない。
わかってたけどとんでもない人だ。
「サフさんも死なないでくださいね」
「はい。核さえわかればあの程度は敵ではありませんので」
真尋を貫いた矢は光輝き形を変え、その全身を護るように覆っている。
アレが隔離なんだろう。
それを確認したのか、サフさんが動く。
「《オパール・シフト》」
青白い光がサフさんを包み込み、巨大な鎌が現れる。
襲いくる触手を最小限の動きでかわし、斬り裂き、一気に本体へ接近する。
「はは。改めて次元の違いがわかるな」
あっさり本体と斬りあいを演じるサフさんに、もはやあきれ笑いしか浮かばない。
しかもそのまま本体にまでクリティカルヒットをかまし、
「雄太さん! お願いします!」
なんて、真尋を引っ張りだして放り投げてくる。
俺もいつかああなれるだろうか。
「……いや、そこまでは俺の仕事じゃないか」
俺の役目は真尋を救うこと。
弾丸さながらとんでもない速度で投げつけられた真尋を抱きとめ、
「おいおい俺のほうくんなって!」
不利を悟ったのか、スールズがこちらに向かって跳んでくる。
どうやら分裂ができたようで、サフさんはしばらく対処に追われそうだ。
「あー、ヤバイな。あっちのが足速ぇ」
逃げようとするもあっさりまわり込まれ、両手の鎌を研ぐように打ち鳴らしてくる。
どうする? 戦うか? 真尋を護りながら?
「そりゃあさすがに無理だよな~」
いまの俺にそこまでのチカラはない。
ならどうする? どう逃げる?
時間はない。
はやく考えろ。
そのあいだにスールズが動く。
一足で間合いを詰められる。
「チッ。しょうがねぇか」
ここまで頑張っときゃあ、真尋も怒りはしねぇだろう。
真尋を後ろに放り、俺は吠える。
「真尋にゃ指一本触れさせねぇ! かかってこいやァ!」
小豆色のバットを正眼に構え……
そのときには、バケモノは鎌を振り下ろしていた。
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