おまえの胸、ちょっと借りるぜ

「助ければいいでしょう」


 サフさんの声で、意識が戻った。


「今度はあなたが、あなた自身の手で」


「俺の、手で……? でも、俺は……」


「だいじょうぶです。それが可能なチカラは、すでに宿っているはずです」


 たしかに、チカラがわいてくる。


 いままで感じたことがないくらい、大量に、盛大に、身体の奥底から溢れてくる。


「……ん? あれ? 俺なんか、カッコも変わってない?」


 見ればなんか、蒼と白を基調とした衣服に身を包んでいて……


「はい。戦闘服です。防具としても優秀な代物です」


 淡々と、当然のように言ってくる。


 俺は真尋ほど二次元にハマってないから、どう反応していいのかわからない。


「難しく考えなくても結構です。ただ彼を救える程度にパワーアップさせただけですので」


「なるほど。わかりやすいっす」


 ごちゃごちゃ考えてねぇで受け入れればいいわけか。


 じつにわかりやすい。


 声の抑揚がなくて感情が死んでる感じするからちょっと怖いけど。


「そんで真尋は……え、アレだいじょうぶっすか?」


 真尋はいつの間にか完全にバケモノに呑みこまれ、ホルマリン漬けされた標本みたいになっていた。


「ええ。まだだいじょうぶです」


「まだ」


「はい。言ったはずです。時間はないと」


 これほんとガチでやばいヤツじゃないか?


 はやく助けてやらねぇと。


「どうすればいいですか?」


「まずは武器の具現化をお願いします」


「具現化?」


「イメージするんです。強く強く、戦うための武器を。彼を救いだすためのチカラを」


「あいつを、救うための……」


 真尋ならこんなとき、すぐにイメージできてしまうんだろう。


 でも、俺は……


「あ、そうだ。アレなら……じゃあついでにアレも……」


 ふと思いついたイメージ。


 アレを再現できたなら……


 強く強く、イメージする。


 だいじょうぶだ。


 俺ならできる。


 いつものように触っているから、明確につくりだせる。


 そこで、チカラが流れていく感じがした。


 全身から、手の先へ。


 そこで武器を、俺のイメージを、徐々に形作っていく。


「……よし。成功だろこれは」


 現れたのは、バットだ。


 小豆色をしたバット。


 そしてもう片方の手にはもちろん、小豆色のボールもとい、炎の球。


「……驚きましたね。まさか本当に具現化できるなんて」


「え?」


「ああいえ。具現化はそこそこ高度な技術なんです。ですがニンゲンはそういうのが得意だそうなので、ちょっと試してみたのです」


 みたのです、じゃないよ時間ないんじゃないのかよ。


「時間がないからこそ試したのです。できれば僥倖。できなければまたべつの役目をお願いしたまでです」


「ハッ。合理的っすね」


「でしょう」


 ダメだ。


 皮肉も通じない。


 たぶんこの人めっちゃ純粋なタイプだ。


 真尋の好みに合致しちまってるかもしれない。


「まぁいいや。んなつまんない言いあいするよか、あいつ救うほうが大切だしな」


 バットを軽く振りまわし、感覚を確かめる。


 ……うん。悪くない。


 これならいい感じに動けそうだ。


 とはいえ、はじめてだ。


 どこまでガチでやればいいんだろうか。


「もちろん全力です。あなたはまだ自分の実力もわかっていません。様子見やウォーミングアップなどという過信は禁物です」


「厳しいご意見ありがとうございまーす」


 全力か。


 サフさんが言うならそれでいいんだろう。


 でも、


「全力ってのは、殺す気で行けってことっすか?」


「殺す気、ですか。まぁ、それでもいいとは思います。まずは相手の本気を引きだす必要がありますので」


 本気を引きだすか。


 ようはこちらが格下。


 挑戦者なわけだ。


「そんじゃあ真尋。おまえの胸、ちょっと借りるぜ」


 そこでバケモノが動きだした。


 威嚇するようにいくつもの触手を全身から生やす。


 そのうちの数本をこちらに向けて、


「おっと、いきなり……いや、やっときたな。待っててくれるとはお優しいこって」


「おそらくまだ彼の自我があるのでしょう。ですが、そのコントロールも奪われた」


「時間はないってことっすね!」


 サフさんの肯定を置き去りに、俺は思いきり踏み込む。


 地面が抉れる。


 とんでもないパワーだ。


 でも、この勢いのまま突っ込めば制御できなくて返り討ちになる。


「……全力か。エグい課題だしてくるな」


 それでも時間はない。


 習うより慣れろ。


 慣れるには試せだ。


 俺は踏み込みそのまま、地面を蹴る。


 景色が線だけの絵画になる。


 全然みえない。


 それでも動け。


 相手は黒だ。


 黒だけかわせ。


 ただその一心で全身を動かす。


 目を見開く。


 五秒もすれば慣れてきた。


 もともと動体視力には自信があるし、反射神経だって鍛えてきた。


 けど、慣れたせいでわかってしまった。


「触手多すぎんだろこれ!」


 あまりにも手数が多い。


 視界を埋め尽くすほどの黒が縦横無尽に荒れ狂っている。


 こんなんどう攻め込めばいいかわからない。


 というかよく避けれてたな俺。


 どうする? いったん距離を取るか?


 いや、射程範囲レンジは向こうのほうが上。


 離れたところで不利になるだけだ。


 かといってこのままじゃあ……


「ああもう! 考えんのは苦手なんだよ!」


 御託はいい。


 読みあいもまっぴらだ。


 とりあえず俺の全力をぶちこんでやる。


「散れやオラァ!」


 うねうねと襲いくる触手をバットを振りまわして迎撃し、


「《ディアボロ・ホームラン》!」


 炎の球を、思いきり撃ち飛ばした。


 火球は亜音速で飛んでいき、着弾とともに盛大に爆発する。


「へぇ。威力はまずまずだな」


 大気が震え、木霊する。


 ほんまもんの爆撃だ。


 それでも決定打にはなりそうもない。


 防御が速いし、削れるのはせいぜい触手二、三本。


 三発連続で打つころには一発目のが再生しちまうだろう。


 隙のわりにリターンはすくない。


 バットで直接ぶっ叩いたほうが効きそうだ。


「んじゃあ、突っ込むしかねぇってこったな」


 ニヤリと笑い、踏み込む。


 景色が変わる。


 音が止まる。


 黒が眼前に迫りくる。


 当たりどころが悪けりゃ即死。


 よくても動きが鈍って勝機は消える。


 だから全力でバットを振るう。


 黒を砕き、横に跳び、滑るように身を屈め、跳躍しては宙でバットを振りまわし、軌道を変えつつ火球の爆破で移動と防御の同時処理。


「ハッ。いいねぇ。ほんとに頑丈だこのスーツ」


 防御力は申しぶんない。


 これならもうすこし無茶できそうだ。


 そうでもしないと届かない。


 真尋を救うことはできない。


 だから全力で踏み込んで、


「あ、なるほど。問答無用で貫通すんのか」


 かすった部分の服が消滅し、俺は動きを変える。


「触れたらアウトか。なら、こうだ」


 大量の火球を周囲に浮かせる。


 バットを上段に構える。


 そして、


「《ディアボロ・レギオンボム》!」


 踏み込み、時間差爆発。


 ホームランほどの威力はないが、それでも弾くことはできる。


 弾いて弾いて、加速して、そのままバケモノの中心へと向かい、


「真尋を返せやバケモノがァ!」


 全力で、持てるチカラのすべてをこめて、バットを振り下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る