おれらシンユーだし
「ゆーたくん、だいすきー!」
子どもの頃の記憶だ。
俺はいわゆるイケメンの部類にはいるそうで、よくそんなことを言われてた。
「おい、やめてやれよ。ゆうたがこまってるだろ」
「はぁ? まひろくんにはかんけいないでしょー」
「かんけいあるしー。おれらシンユーだしー。こまってたらたすけるんだしー」
なんて、いつも真尋がやってきては女子と言いあいになっていたっけ。
結局言い負かされて涙目になってたけど。
でも、嬉しかった。
だから「ありがとう」って言ったら、「ゆうただけモテてるのがムカつくからジャマしただけだし」なんてそっぽ向いていたけれど。
それでも本当に困っていたから、もう一度ありがとうって伝えたり。
それに照れくさそうに「おう」って返してもらうのも、なんだかたのしかったり。
そういう日々を送っていたんだ。
あのときまでは。
それは、いつもと変わらない登校日。
いつもと同じように女子に呼ばれ、いつもと同じように真尋が現れ、いつもと同じように言い負かされて、いつもと同じようにふたりで帰っていたときのこと。
「なぁ、ちょっとボーケンしてみねぇ?」
「ボーケン?」
「そ、ボーケン。となりのクラスのヤツが言ってたんだ。むこうの山のほうにすげぇ“あすれちっく”があるって」
「へぇ。いいよ。おもしろそう」
「よしきまり! しっかりついてこいよ!」
「うん!」
このときはいつも、真尋が先頭にいた。
引っ込み思案だった俺は、いつも真尋に引っ張られて、振り回されていた。
でも、その背中がまぶしくて、憧れで、それでときどき、羨ましくて。
なにもかもが、刺激的だった。
「おおすげぇ! なわがいっぱいある!」
「ほんとうだ! たくさんあそべそうだね!」
はしゃぎまわって、転げまわって。
ただただ真尋がくれる幸せを甘受するだけで。
それが如実に現れたのが、この日のことだった。
「ん? なんだろう、あれ」
森の奥。
なにか、不思議なものを見つけた。
「どうしたゆうた?」
「まひろくん。あれ、なんだとおもう?」
「あれ? って、どれ?」
「どれって、ほら、あのくろいの」
「くろいの? んー……どれだろ? わかんないや」
「そ、そう」
「ゆうたの目がいいのかもな。あっちであそぼうぜ」
「う、うん……」
そのとき逃げていればよかったのかもしれない。
いや、どちらにしろ、結果は変わらなかったんだろう。
俺が真尋と一緒にいる限り、これは、どうしようもないことだったんだから。
「うわ、もうこんなじかん! ママにおこられる!」
「ほんとだ! いそがなくちゃ!」
夕暮れになって、俺らはあわてて帰り支度を始めた。
「ゆうた! はやくー!」
「まって! かばんがどっかいっちゃった!」
「えー? もう、しょうがないなぁゆうたは」
「ごめん……」
「いいよいいよ。こまってたらたすけるのがシンユーだからな」
「ありがとう……」
へへ、と真尋は照れくさそうに笑い、一緒にカバンを探してくれて。
どうしても見つからなくて、森のなかまで探しに行って。
それで、出遭ってしまった。
あの、バケモノに。
「うわ、なにあれ」
森にはいってすぐだ。
そこには、子どもの頭と同じくらいの大きさをした黒い塊がいた。
けど、
「なにって?」
真尋には、みえていなかった。
だから、気のせいなのかもと思った。
自分の目がおかしいんだろうと思ってしまった。
「ううん。なんでもない」
「そっか。にしてもみつかんねぇなー」
「そうだね……」
黒い塊が気になりつつ、きっと幻覚なんだと言い聞かせて。
そんな風に怯えるように歩いていると、真尋がググッと伸びをして言った。
「よし。こんだけさがしてダメなんだ。いっかいかえろう」
「え、かえるの?」
「ああ。ゆうたのママにてつだってもらおう。うちのママにもたのんでみる」
「でも、なくしたっていったら、ママ、なんていうか……」
「そんときはおれがごめんなさいしてやるよ。ボーケンしようっていったのおれだしさ」
本当に、まぶしかった。
自分にない考えをサラッとだせて。
その考えをあっさり決断できて。
責任だっていとわない。
そんな真尋が憧れで。
そうなれない自分が悔しくて。
そして、心のどこかで思っていた。
真尋のことが、妬ましいと。
その気持ちが積もってしまったんだろう。
溢れてしまったんだろう。
黒い塊が、形を変えた。
そして、叫ぶ。
本能的な恐怖を煽るように不気味で、悲鳴のように心を掻き乱す。
そんな耳障りな絶叫を撒き散らし、
「あああああああああああ!」
「まひろくん!?」
「なんだ、これ……!? あ、あたまが……!」
「まひろくん、しっかりしてよ!」
「ゆ、ゆう、た……たす、けて……」
「まひろ、くん……?」
はじめてだった。
真尋に助けてと言われたのは。
でも、どうしていいかわからなかった。
だから必死に考えて、最善で、最悪の方法を選んでしまったんだ。
「まっててまひろくん、だれかよんでくるから!」
戦えばよかった。
アレが俺の感情ならば、真尋を標的にしてるのならば、俺ならどうにかできたはずなのに。
なのに、俺は逃げた。
真尋を助けたい。
ただその一心で、一目散に逃げだした。
だれになんて言えばいいかもわからないまま、ただ全力で人をさがし――ボフッと、なにかにぶつかった。
おそるおそる身体を離して見上げると……
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