ああもうこれだから帰宅部は!

 ドンッと突き飛ばされ――そのすぐ横を、漆黒が駆け抜けた。


 漆黒はそのまま校舎に激突し……けれど、音がしない。


 すこしして、ズルリと漆黒が這いだした。


 そこには丸い、きれいな穴があいていて……


「…………」


 なにが起こったのかわからない。


 けれど、ヤバイ。


 ただただ明確な死のイメージしか浮かばない。


「真尋! ボーッとすんな! またくるぞ!」


 雄太に腕を引っ張られる。


 けれど、


「わ、わりぃ。腰が、抜けちまって……」


「ああもうこれだから帰宅部は! なら回復するまで担がれてろ!」


 言って、雄太が俺を負ぶさる。


 意味がわからない。


 なんで、そんなことをする。


 狙われてるのは俺のはずだろ。


 こんなことしたら、雄太のほうが……


「おまえ、自分が犠牲になればとか、変なこと考えてねぇだろうな」


「え……?」


「ハッ。図星かバカ野郎。ふざけんじゃねぇ。おまえはここに、生きるために残ったんじゃねぇのかよ。信じるって決めたんじゃねぇのかよ」


「ッ……そう、だな。悪い、雄太」


「謝んのは俺じゃなくて向こうにしろよ。それよりおまえ、アレの攻撃みえてるか?」


 チラリと漆黒を――巨大人型カマキリのスールズを見る。


 ヤツは両手が鎌のくせに、全身からうねうねと何本もの触手を生やし……そのうちの三十本ぐらいはサフさんが相手していた。


 ほんとすごいなあの人。


「俺の動体視力じゃ厳しいな。というか、みえたとしても反応できる気がしない」


「なるほど。役に立たねぇロリコンだ」


「ハッ。文句があるなら捨て置けよマザコン」


「テメ、見捨てられねぇだろってタカくくりやがって! つーか母親が嫌いな男はいねぇだろが!」


「限度があるし必ず好きとは限らねぇんだよマザコン」


「そうかいわかったよ。ロリに嫌われる呪いを覚えて祟ってやる」


「すまん許してくれなんでもするから」


 こいつやると決めたらほんとになんでもしやがるからな。


 ふざけて提案した千本ノックを完遂したこともあるし、マジでやりかねない。


「ったく、わかったらそろそろ降りろ。さすがにちょっと疲れてきた」


 野球部エースも人ひとり負ぶってのランニングはツラいようだ。


 むしろよくこれで逃げ切れたな。


 俺も運動始めようかしら。


 なんて考えつつ雄太の背中から降り、そのまま並んで走る。


 と、雄太が口を開いた。


「よし。じゃあこっからは別行動だ」


「お、二手にわかれるのか」


「なに嬉しそうにしてんだ傷つくだろうが。ひとまず走ってりゃ当たらないっぽいからな。それなら真尋でもできるだろ」


「帰宅部をなめるなよ? 持久走大会のタイムは十四分だぞ」


「持久走って二キロだよな? うわっ……真尋の足、遅すぎ……?」


「うるせぇな。体育会系が速すぎんだよ」


 帰宅部なんてみんなそんなもんだ。


 そんなもんのはずだ。


 俺が特別遅いわけじゃない。


 ラノベとかの自称底辺は盛っているんだ。


 そうに違いない。


「まぁいいや。十四分は走ってられるってことだし」


「シャトルランは三十回だけどな」


「うわっ……真尋の体力、なさすぎ……?」


「わかったろ? 帰宅部のすごさが」


 雄太は戦慄した表情でうなずいてくる。


 泣きたい。


「ひとまず別行動には賛成だ。貫通技ならまとまってるほうが危ない気がするし」


「よし、んじゃ俺は向こう行ってるわ」


 雄太はあっさりとペースをあげて、あっという間に二十メートルは離れていった。


 加速装置でも積んでるんだろう。


「ッ! ぶねぇ……いきなし飛んでくるからビビるわ」


 漆黒の触手がかすりそうになり、ペースをあげる。


 この速度だとそう長いこと持たない気がする。


 サフさんあとどんくらいかかりますかね?


 様子を見てみるけれど、あの場が異次元過ぎてよくわからない。


 でも、決め手に欠けてる印象だ。


 まだ核がみつからないんだろう。


「核ってどんなヤツなんだろな」


 それさえわかればなにか手伝える気もする。


 あれだけ斬り刻んでダメだったんだから、どこか別のところに隠してるとかもあるはずだ。


 もしそうなら、俺の役目は……


「こっちだバケモノ!」


 雄太だ。


 いつの間にかグラウンドの反対側にいた雄太が大声で叫んでいる。


「あいつ、なにバカなことを……!」


 甘かった。


 雄太がまさか、このために別行動を望んでいたなんて。


 俺に生きろと言ったくせに。


 犠牲を変なことだとか言ってたほざいたくせに。


 なんでおまえがそんなことをしてるんだ。


「やめろ雄太! そんなことだれも望んでない!」


「うるせぇ! 真尋は黙ってろ! ただでさえ体力ねぇくせにしゃしゃってくんじゃ――ぶねぇ!」


「ほらみろ! おまえまで狙われてんじゃ――うおおおお死ぬかと思ったあ!」


「だから黙れって言ってんだろ! つーかここで借りを返せなきゃ、俺は一生後悔するんだよォ!」


「借りを返すだぁ?」


 なんのことかわからない。


 借りならこっちのほうがあるはずだ。


 そう思って口を――開きかけたとき、ボスッと音がした。


 雄太だ。


 雄太が、散乱していた野球ボールを、スールズ目掛けて投げつけていて……


「ボール……? まさか、あのときに……!」


 俺の考えを裏づけるように、スールズはいくつもの目玉を雄太に向け、


「サフさん! 核はたぶん――」


 そこで、ドッ……と、胸に衝撃があった。


 見れば、漆黒が胸に刺さっていた。


 ゴブッと、胸からナニかがこみあげてくる。


 意識も、どこか遠くなってくる。


「はは。意気込んだくせに、呆気ねぇ」


 そんな悪態すらも、漆黒の世界へと呑みこまれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る