おまえついにヤっちまったのか?
「ォ、ぉゥ、ェあ、オウ……オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
繭が叫んだ。
またあの不協和音。
空間が破裂したような爆音が轟く。
世界が震える。
思わず耳を塞いだけれど、遅かった。
なにもかもが遅かった。
痛い。
頭がギチギチと、固いナニかに挟まれたように鈍く、脳に極太の針を何本も刺しこまれたように鋭く。
息もうまくできなくて、耐える間もなく嘔吐する。
それでも繭は止まらない。
あの絶叫は止まらない。
永遠だ。
痛みが、苦痛が、変わることなく続いていく。
その場に倒れるようにくずおれる。
それでも微塵も変わらない。
なにをしようと悪化する。
それは、俺だけじゃなくて。
その場にいた全員が同じように、悶えるように地に伏せている。
そして、学校の窓が砕けた。
壁にヒビがはいる。
このままでは、倒壊する。
ボールネットのポールも軋み、地面がところどころ割れはじめる。
逃げるなんて状況じゃない。
危険なんて状態じゃない。
生還という単語が、遥か遠くに感じてくる。
死という概念が、すぐそばまで迫ってくる。
繭は不気味で不快な声をあげ続け、絶望を辺り構わず振り撒いて……
「すこし、静かにしてなさい」
声がした。
絶叫のなかで聞こえるはずがないくらい静かで、とても澄んだ声が。
「《ハーモナイゼーション》」
リン――と、音が浸透する。
校内に染み渡っていく。
それで、戦況は変わった。
「いまのうちに外へ逃げなさい!」
ハッと、気づいたときには動けるようになっていた。
不協和音が聞こえない。
グラウンドだけでなく、校内に残っていた全員が外をめがけて駆けだして……
「真尋! なにやってんだ! おまえも逃げるぞ!」
「雄太……いや、俺はここにいる」
「ハァ!? 冗談言ってる場合じゃねぇぞ!」
「冗談じゃない。本気だ。俺はここにいなきゃいけない」
「そんなわけがないでしょう」
フワッと、近くにサフさんが舞い降りた。
相変わらずの平坦な声音だけれど、なんとなくあきれたような雰囲気がする。
「せっかく作りだした最後の逃げ道を、まったく」
「でも、そばにいたほうが安全なんですよね」
「……難しい判断ですね。ここが危険なのは間違いない。ですが、あなたに関して言えば外にでれば確実に安全というわけでもない」
「つまり、そばにいたほうがいいってことですよね」
「……そう、ですね。あのレベル相手だとこちらのほうが死亡率は高そうですが、まぁ、そういうことにしておきましょう」
死亡率ときましたよ。
リアルではじめて聞いたけど、実感が半端ない。
ちょっと後悔。
「おい真尋。だれなんだその子。彼女か? おまえついにヤっちまったのか?」
「なんだついにヤっちまったって。俺は紳士だぞ? ロリに手をだすわけないだろうが」
「いやでも、その子、明らかに……」
「お初にお目にかかります。私は……中略。私はサフと申します。あなたがたよりも年上ですので以後お見知りおきを」
そう言って、サフさんはペコリとお辞儀をする。
規則っぽかった紹介を省くなんて、やっぱりヤバイ状況なんだろう。
めっちゃ後悔。
「つまり、見た目めっちゃちっさいお姉さま?」
「ひとことで言うとロリババアだな」
「真尋さん。あなたにはあとでお話があります」
「あ、ヤベ。すみません、悪気はなかったんです」
「なおのこと悪いですね。これは説教のひとつやふたつしなくてはなりません」
獲物を狙う獣って、こんな感じなんだろう。
そのぐらいギラリと、サフさんの目が光る。
そして、
「ので、必ず生き残ってください」
ふたたび不快な和音が轟く。
同時、鈴の音が鳴り響く。
おかげで動ける。
痛みもない。
「《オパール・シフト》」
サフさんが呟いた。
青白い光が全身を包み、手元に集まる。
現れたのは、大鎌。
身の丈を優に超える巨大な武器を手に、サフさんは一気に繭へと接近し――
「オアアアアアアアアアアアェアアアアアアアアアア」
繭が……違う。
そのなかのナニカだ。
ナニカが、這いだそうとしている。
その前に決めるつもりなんだろう。
大鎌を思いきり振り上げ、
「《スラッシュ》」
縦、横、斜め。
あらゆる角度の亀裂が奔る。
白い閃光が迸る。
一瞬でバラバラに斬り裂かれ、繭ごと地へと落ちていき……
「すげぇ……」
強すぎる。
圧倒的すぎる。
これがスールズ討伐隊。
あまりに一方的な勝負に目を見開き、
「まだです。無闇に動かないでください」
サフさんは、その声音は、ひどく真剣なモノだった。
「まだって、あんな細切れなのに……」
「形は関係ありません。核を破壊できたかどうかです」
「じゃあ、できなかったってことですか? あれだけ斬り刻んで?」
「はい。あれではまだ足りなかったようです」
あれで足りない。
まだ倒せない。
神社のときとは格が違う。
「核だけにですか?」
「いまのは狙ってないですごめんなさい」
ほんとに読んでないんだよね?
ただの直感なんだよね?
信じていいんですよねぇ?
訝しむような視線をサフさんに向けていると、雄太がどこか真剣な顔で口を開いた。
「サフさん、でしたっけ? 勝ち目はあるんすかね?」
「……ゼロではないと言っておきましょうか」
「それほぼ負けるヤツじゃないっすか。やっぱ逃げたほうがいいって真尋」
「いや、ダメだ。俺はダメなんだよ」
「なんでだよ」
「俺はそもそも狙われてるんだ。外にでたってほかのに襲われるだけなんだよ」
「ッかぁー! でたよそれ! そこは危険だとか言ってたときからなんとなく気づいてたけど、おまえまた面倒ごと引き受けてんのかよ」
「好きで引き受けてるわけじゃねぇよ」
「ハッ。どうだかな。おまえはむかしっからそういうヤツだったし、その辺の信用度は結構低いぞ」
……まぁ、一番簡単な解決法を避けているという点では好きで引き受けてると言えなくもないけれど。
どちらにしろ、雄太と一緒にいたら同じことだ。
ここにいるにしろ、外に逃げるにしろ、結果はたいして変わらないはず。
なら、俺はサフさんを信じたい。
「雄太、よく聞け。ゼロじゃない勝率は基本勝ちパターンだ。むしろ勝率90%超えてたほうが負けること多い」
「そりゃ二次元での話だろうが。リアルはそんな甘くねぇよ」
「ハァン? サフさんなんていう二次元みたいな存在目の前にしてなに言ってやがんだ。そんなだからヘタレ呼ばわりされんだよ」
「なんだヘタレって。どこのだれに言われてんだよ傷つくだろうが」
「陰で俺が言ってんだよヘタレ」
「おま、だったらおまえだってロリロリ言うのは傷つきたくねぇからだろうが。断然おまえのがヘタレだね」
「あんだけモテてまだ童貞なおまえのがヘタレだね」
「バカ野郎。俺らまだ学生だぞ? んな無責任なことできるかよ」
「でたよ純情大魔人。ふだん下ネタ祭りのくせにそんなだから彼女できねぇんだよ」
「できないんじゃないです~。つくらないだけなんです~」
「議論はその辺にしてください。そろそろ動きがあります」
サフさんが身構える。
それにあわせて俺たちも繭の残骸を見据える。
すると、残骸が動き始めた。
サーッと、風に吹かれたように舞い上がり、集まり、ナニカを形作っていく。
サフさんは核を探しているのか、動かずまっすぐその様子を見つめている。
そのあいだに、残骸は姿を変えた。
大量の目玉を引っつけた、巨大なカマキリ男。
それが、真っ先に浮かんだ感想だ。
そして、次に浮かんだのは……
「あぶねぇ真尋ッ!」
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