ほらね。完全フラグだと思ったよ

「ちょ、まっ、待って……!」


 胸が苦しい。


 横腹が痛い。


 帰宅部に自宅から高校までの全力疾走はキツすぎる。


 いくら家から近いとこを選んだとはいえ、俺の足じゃ二十分は余裕でかかる。


 年一の持久走大会よりハードだ。


 ぜぇぜぇフラフラと校門にたどりつくと、先に到着していたサフさんが気づいたように振り向いた。


 驚くべきことなのか、そういうものと捉えるべきなのか、彼女は空を飛んでいた。


 警報が鳴った途端すぐさま身支度を整え、あっという間に窓からフライアウェイだ。


 そんなサフさんは不思議そうに首をかしげ、


「なぜついてきたのですか?」


「り、理由が、必要、ですか……?」


「ええ。報告書に書く際に困るので」


「あ、あー、じゃあ、なるべくトラブルに、ならないように……サフさんのそばにいたほうが、安全、だと、判断しました……」


「なるほど。それは合理的です」


 納得したように頷き、サフさんは踵を返す。


 その背中について歩きながら、


「それで、場所はどこですか?」


「……向こうのほうですね」


「グラウンド……雄太、無事だろうな!」


 現在時刻は十七時三十分。


 冬ならともかく夏だとまだ続いてるはずだ。


 制止の声も振りきって、俺はグラウンドへと……


「は、腹いて……オエッ」


「意気込んだわりに呆気ないですね」


 うるさい! 帰宅部なりに頑張った結果なんだよ!


 なんて声を張りあげる余裕もなく、呼吸を整えるので精いっぱいだ。


「無理をされてもこちらが困りますので、私のあとについてきてください」


「よ、よろしくおねがいします……」


 グラウンドにつくと、やはりというか、当然のごとく部活は続いていた。


 そう。


 続いていたんだ。


 明らかに、おかしな存在がいるというのに。


「なんで、平然としてるんだみんな……」


「みえていないからです」


「みえて、ない……? そんな、だって、あんなデカくて……」


 グラウンドにいたスールズは、神社であったヤツとは比べ物にならないくらいデカかった。


 おそらく、家一軒ぶんくらいはある。


「そもそもみえるほうが珍しいんです」


 サフさんがこちらに振り向いた。


 蒼色の瞳が、まっすぐに俺を射抜き、


「先天的か、後天的か……あなた、いつからアレがみえるようになりました?」


「アレは……たぶん、小学校低学年ぐらいから。そんで、幽霊がみえるとか騒ぎになって、嘘つきだっていじめられはじめて……」


「それを彼に助けてもらった」


「……はい」


「彼とはそれ以前から交流があったのでは?」


「そうです。幼なじみってやつですね」


「……なるほど。やはり、そういうことですか」


 サフさんの表情に陰が落ちた……気がした。


 仮面だからわからないけど、なんとなく。


 でも、そう感じた次の瞬間には、いつものサフさんの空気がして、


「ひとまずアレを駆除しましょう。多少不自然な点がありますが、繭の状態には変わりません。適切に対処すれば被害はないでしょう」


「それはフラグというやつなのでは」


「フラグ? 繭はコクーンでは?」


「いえ、なんでもないです」


 お婆さんだからそういう系の言葉には疎いんだろう。


 と、そこでひときわ甲高い金属音が響き渡った。


 ホームランだと歓喜がわき、


「ほらね。完全フラグだと思ったよ」


 予想どおりというかなんというか、ものの見事に繭に直撃したボールを眺め、チカラなく笑う。


 サフさんは苦虫を噛み潰したように、


「参りましたね。いまのでスールズが目覚めはじめています。真尋さん、避難誘導をお願いできますか?」


「あー、どうだろ。言っても信じてもらえないんじゃないかな」


「では、見殺しにすると?」


「それもなぁ……」


 突然起動の変わったボールにざわめくヤツらを眺めつつ、考える。


 なにが最善なのかを。


「あまり余裕はないですよ」


「わかってます」


 急かすなんて珍しい。


 よほど切羽詰まってるのかもしれない。


「では、私は先に討伐の準備をしておきます。ひとたび戦闘になれば被害ゼロは難しいですよ。特にあれだけの民間人がいるとなると、こちらも集中しづらいですから」


 サフさんは言うや否や純白の翼を生やして空高くまで飛んでいき、


「《――――、――――》」


 パァっと、まばゆい白がそのまわりを包んでいく。


 なにか唱えてるっぽいし、魔法の準備とかだろうか。


 と、


「ん? なんだありゃ?」


「おいどうした丸山まるやまぁ! 集中しろー!」


「あ、はいすんませーん! でもなんか、あそこに変なのいませーん?」


「ああ? 変なの? なに言ってんだ! 熱で頭やられたかー? なら水分とってこい水分!」


「んー? 俺しかみえてない? まぁいいや。んじゃあもう何球か投げたら水分補給行ってきます!」


 あれ? 雄太のヤツ、もしかしてみえてる?


 いや、サフさんがみえてるだけか?


 ……いや、待てよ?


「おい雄太ぁ!」


「あん? おお真尋ぉ! きてたのかー!」


「ああ、ちょっと野暮用でなぁ! んで、悪いんだけどちょっとランニングとか行ってきてくんねぇかー?」


「ランニングー? おいおい、散々投げたり打ったりしたあとで走らせるとかどんな鬼畜だよー!」


 ……ダメか。


 雄太さえ動かせば、あとは勝手についてくだろうと踏んだんだけど。


 なら、


「じゃあぶっちゃけるけど、そこ危険なんだよ! いますぐ逃げたほうがいい!」


 危険……と、雄太の唇が動いた気がする。


 直球勝負だ。


 あいつは異変を感じてる。


 なら、これで……


「先生! 今日は解散にしましょう!」


「解散? もうそんな時間かー?」


「最近暑いですし、無理しないほうがいいかと!」


「それもそうかー! 先生も暑いのいやだし、今日は解散だ! いや、気温高い日は毎日早めに切りあげるぞー!」


 部員たちがさっきのホームラン以上の歓喜をあげる。


 話の通じる先生でよかった。


 あるいは雄太に対する信頼なのかもしれない。


 単に暑いし面倒だからという可能性もあるけど。


 雄太はこっちに向けて親指を立ててアピールしてくる。


 勘違いした女子が黄色い歓声を送ったりしているが、どうでもいい。


 ロリじゃないからな。


 ロリ以外にならどれだけモテても構わないし、あいつの好きにしたらいい。


 ――そんな風に、平静だった。


「よし。これでなんとかなるか?」


 漠然と、漫然と、今回もどうにかなるだろうなんて、甘すぎるほど甘く考えていた。


 サフさんが、『参る』なんて弱気な言葉を吐いた意味を。

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