ロリだああああああああああああ

 十数分後、


「…………」


「…………」


 部屋では、俺とサフが向かいあって座っていた。


「…………」


「…………」


「…………あの」


「はい」


「いや、えっと……あ、ああそうだ。お茶。お客さんですし、ださないと失礼ですよね」


「お心遣い感謝します。ですがお構いなく。仕事中ですので」


「いや、仕事中でも水分補給とか栄養摂取とか必要でしょうし、持ってきますよ」


 でないとこの沈黙に耐えられないもの。


 ……いや、お茶があったところでどうにかできるのか?


 用がなければ話すこともないというような態度だぞ?


「護ってくれるのはありがたいけど、べつのダメージがあるよなこれ」


 あんな空間がいつまで続くのだろうか。


 この状態がずっと続けば胃に穴があくかもしれない。


 はやく打開する手を見つけなければ。


 なんて、お茶菓子の用意をしながらため息を吐く。


「ひとまずコンビニで買えるような紅茶とケーキがあったけど、口にあうかな……」


 どちらにしろリアクションは薄そうだ。


 気まずい。


 ツラい。


 俺の部屋なのに居心地が悪い。


 重い足をなんとか踏みだし、部屋の戸を開いて、


「まずいですね」


「きゃあああああああ」


「……どうしました?」


「いえ、開けたら目の前にカオナシがいたもので」


 見た目幽霊っぽいのをもうすこし意識してほしい。


 つい女の子みたいな悲鳴がでてしまったじゃないか。


「まぁいいや。俺の超絶技巧でお茶もこぼれてないし、ひとまず落ち着こう」


 カオナシ呼ばわりしたせいかなんとなく不機嫌そうだけれど、渋々小さなテーブルの前に座ってくれた。


 話しかたでもわかるけど、誠実な人なんだろう。


 悪く言えば不器用な人だ。


 おそらく沈黙が苦じゃないタイプなんだろうけれど、初対面の異性相手によく平然としていられるものだ。


 それだけ実力があるってことだろうか。


 素でそうなのかもしれないけれど。


 まぁ、それはいい。


 とにかくお茶だ。


 とりあえず落ち着きたい。


 テーブルにお盆を置き、紅茶とケーキを取りわける。


「どうぞ、お召しあがりください」


「では、ありがたくいただきます」


 丁寧にお辞儀をして、サフは仮面に手をつける。


 てっきり仮面をつけたたまま食べるのかと思ったけれど、アニメの観すぎだったかもしれない。


 ふつうに考えて食べづらいしね。


 しかし、こうなると気になってしまう。


「……なんでしょう?」


「いえいえ、お気になさらず。なんならマントも外していただいてもいいですよ」


「はぁ。では、失礼して」


 不承不承というか、訝しむように後ろを向き、ゴソゴソと仮面とマントを取り払う。


 そして、その全貌があらわになり……


「ロリだああああああああああああ」


 まさかの、いや期待どおりだ。


 あの身長。声の高さ。これでお姉さんがでてこようものならそれはそれで面白いからよし!


 白銀のショートヘアに蒼色の猫目というテンプレも完璧だ!


 さらには蒼と白を基調とした厳めしいながらも動きやすそうな隊服もギャップ萌えで最の高ですありがとうございます!


 なんて興奮していると、サフはムッとしたように眉根を寄せて、


「ロリ、というのがよくわかりませんが、なんとなく不快です。訂正してください」


「身長は小学生、スリーサイズは幼稚園レベルじゃないですか?」


「訂正します。確実に不愉快です」


「お嬢ちゃん。年はいくつだい? おじちゃんとエエことしようやないけ」


「バカにしてるのですか? すくなくともあなたよりは年上です。敬いなさい」


「とし、うえ……?」


 その姿で、年上……?


 じゃあ、ロリではなく、童顔……?


 それは、つまり……


「なんだ。ただのババアじゃねぇか」


「ババ……!?」


 あいにくロリババアは守備範囲外だ。


 俺は純粋なロリがいい。


 警察は呼ばないでほしい。


「そう、そうですか。ババアですか。私ももうそんな年齢になってしまったのですね。仕事優先にしていた結果、ついぞ恋愛をすることもなくお婆さんに……」


「いやいや、そんな落ちこまないでください! サフさんめっちゃ可愛いですし、相手なんて腐るほどいますよ!」


「ババアだけにですか?」


「なにそのブラックジョーク!?」


 この人そんなボケを言えたのか。


「ババアだけにですか?」


「心を読まないでくださいよ」


「読んでません。直感です」


 末恐ろしい勘のよさだ。


 スールズ狩りの賜物かもしれない。


「いやまぁ、いろいろ失礼なこと言っちゃいましたけど、サフさんは本当に美人さんですよ。ただ俺の好みに合致してなかっただけで」


「……なんていうか、なんでしょう。すごく複雑な気分です」


「さて、場も暖まったところで話を進めましょうか」


「そうですね。私の心は冷えきってますが」


 サフさんは切り替えるように息を吐き、


「さて、まずはなにからお話ししましょうか」


「んー……そうですね。俺が狙われてる理由とか?」


「なるほど。現状の判断から始める。それはなかなかいい観点です。しかし、そのお話をするにはまず、スールズのことをもうすこし詳しく説明する必要がありますね」


 静かに紅茶をひと口飲み、


「先ほども言ったように、スールズは負の感情から生まれる怪物です。そして、その感情が濃厚なほど強力になります」


 よくありそうな話だ。


 というより、当然の話かもしれない。


「しかし、ただ負の感情が集まれば生まれるというものでもありません」


「そうなんですか?」


 はい、とサフさんは頷いた。


 口元にケーキのクリームがついている。


 ババアのくせに可愛い。


「スールズは感情の貯留よりも、指向性が重要になってきます」


「指向性」


 飛んでく方向みたいな意味だろうか。


「はい。たとえば……そうですね。なにかゲームはされていますか?」


「ゲーム……スマホのアプリはいくつか」


「それで望んだとおりにならなかったことは?」


「ガチャでほしいのでないとかしょっちゅうですよ」


「その感情はどういったものですか?」


「どう? うーん。なんでしょう。悔しいとか、ガッカリとか、確率低ぃなとか、操作してんじゃねぇだろうなとか、もしそうなら会社爆破したるぞこの野郎とかですかね」


「……なかなか過激ですね。ですが、バラバラです」


「バラバラ」


「はい。自己から生まれる内的なモノと、他所の原因じゃないかと考える外的なモノ、さらには悔恨、疑惑、憎悪と、感情の方向性も違います」


「なる、ほど……?」


 首を傾げる俺に、サフさんは口元を拭って……って食うの速いな。


 そんなに気にいったのかな。


 常備するようにしよう。


 サフさんはぷぅ、と控えめに息を吐き、


「では、カップルはどう思いますか?」


「幸せならそれでいいんじゃないですかね」


「年の差カップルでは?」


「もしロリとつきあってんならブッ殺す。相思相愛とか関係ねぇ。ボコボコにして警察に通報して肉体的にも精神的にも社会的にもブッ殺す」


「……まぁ、そういうことです」


「どういうことです?」


「感情が明確で一貫性があり、なおかつ目的もはっきりしている。そういう感情こそスールズの温床になりえます」


「なるほど。今度はわかりました」


 サフさんの説明は丁寧でわかりやすい。


 なにより親身だ。


 ただ口調も丁寧で固いから距離を感じる。


 恋人できない理由のひとつかもしれない。


 そんな余計な心配をよそに、サフさんは口直しの紅茶を飲み干し、言う。


「そして、六月になってからでしょうか。スールズが急に勢力を増しはじめました」


「つい最近じゃないですか」


「そう。つい最近です。にもかかわらず、ここまで侵食が進んでいる。驚異的な速度です。観測史上類を見ないほどに」


「原因はわかってるんですか?」


「はい。絶対とは言い切れませんが、可能性は高いかと」


「なるほど。ちなみに、その理由って教えてもらえたりします?」


「構いません。あなたも元凶になりかねませんし」


 元凶になりかねない?


 俺は眉をひそめる。


 サフさんは一拍置くと、スッと、一瞬だけ視線を鋭くし、


「原因は、平成の終了」


「え、それって……」


「はい。焦りや周囲からの圧力など、様々な要因はあるでしょう。ですが、今回のはそれで片付けられるレベルではありません。ゆえに、特異的に数とチカラを増しているスールズは、こう総称されています。平成の怪物と」


「平成の、怪物……」


 親友の顔が浮かんでしまった。生暖かいドヤ顔をするんじゃねぇ童貞のくせに。


 妄想に対して悪態をついていると、サフさんが小さく咳払いした。


「では、『なぜあなたが狙われているか』に話を戻しましょう」


「あ、そうだ。それ聞いてたんだった。お願いします」


 サフさんはひとつ頷き、


「端的に言いますと、妬みです」


「妬み?」


 いやいやそんなバカな。俺のどこに妬む要素が……


「あなたのことを好いている相手がいると言ったら?」


「どこの幼女ですかいますぐ迎えに行ってきます!」


「…………」


「なんですかその牛乳拭いたまま放置された雑巾を見るような顔は! おくちウサギさんにしてないではやく教えてください! いまごろロリがさびしくて泣いてるかもしれないんですよ!? ふざけてる時間はないんですよ!?」


「では、高校にその相手がいるとしたら?」


「高校生とかババアじゃねぇか」


「……それが原因のひとつでもありそうですね」


 サフさんはなんとも言えない表情でため息をつく。


「いま言ったのは可能性のひとつです。ですが、反応的に妬みであるのは確かです。あなたはどこかのだれかから妬まれている。これは確定です。真尋さん、なにか心当たりはありませんか?」


「んなこと言われたって……」


 思いあたる節は、正直なくもない。


 雄太。


 あいつは下ネタ大魔人ではあるが、気が利くし、優しいし、運動神経抜群だし、なによりイケメンだ。


 野球部でピッチャーやってるしファンクラブまであるぐらいゴリゴリのイケメンだ。


 あいつ関連でならいろいろ言われたことはあるし、現在進行形だというのも知っている。


 ようは雄太と毎日のように一緒にいるのが妬ましいということか。


 なら、あいつから距離をとればいいだけの話。


 じつに簡単で、妥当な話だ。


 俺みたいな底辺とじゃあ釣りあわないとつねづね思っていた。


 だから、


「心当たりはなくもないですね」


「では」


「でも、変える気はありません」


 サフさんは口を閉じ、真意を探るようにこちらを見つめる。


 俺はその瞳をまっすぐに見返し、


「あいつは俺のヒーローだ。陰から文句を言うような性悪に、真っ正面からぶつかる度胸のないようなヤツに、譲るつもりはありません」


 こういうことはいままでにもあった。


 何度もあった。


 女は怖いと知った。


 無垢なロリしか信じられなくなった。


 それぐらい、いろいろなことがあった。


 けど、負けなかった。


 あいつのいない世界なんてありえないから。


 なにより、あいつは下ネタ大魔人のくせして純情野郎なんだ。


 そんなことも知らないヤツが、恋人なんて許さない。


 しかもあいつは俺以上に友達想いなヤツだぞ?


 そんなヤツの親友を殺そうだなんて……まったく、わかっていないにもほどがある。


「……なるほど。妬まれる理由がなんとなくわかった気がします」


 一瞬だけ、どことなく神妙な表情に変わり、


「では、こちらも方針を変えまして――」


 そこで、アラームのような、ブザーのような音が鳴り響いた。


 サフさんは即座に真剣な顔つきになって、懐から小型の機械を取りだし、


「スールズの反応です。場所は……伊勢宮高校」


 そこは、俺の通う高校。


 いま、雄太が部活をしているであろう場所だった。

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