童貞のまま平成すぎるとそう言うらしいぜ
「
本日の第一声がそれである。
自席でボーッとしてるときに聞きたくない、そもそも高校の教室でしていい話題じゃないだろうと、寝言をほざく親友の
雄太は優しげなタレ目を楽しげに垂らし、
「あ、風俗がいやなら、べつにデリヘルでもいいんだけど」
「どう違うんだそれは」
「ん? そりゃあ、風俗は店で、デリヘルは家だろ」
「そういう意味で聞いてねぇよ」
じゃあどういう意味だよとか不満げに抜かしてくるが、この話題を続ける気はさらさらない。
俺はそっぽを向いて、窓の外へと視線を移す。
「いいのかよおまえそれで。このままじゃ童貞で終わっちまうぞ? 平成の怪物になっちまうぞ?」
「なんだよ平成の怪物って」
つい気になって返事をしてしまった。
雄太は意外そうに片眉を動かし、
「なんだ、知らねぇのか。童貞のまま平成すぎるとそう言うらしいぜ。ちなみに昭和生まれが結婚しないまま平成を終えると平成ジャンプっつーらしいな」
「そうか。小学生は大変だな」
「小学生でもやってるヤツはやってるっぽいぞ」
毎度毎度どっから仕入れてくるんだその使い道のない情報は。
小学生と間違えた小学生で致すなんてうらやまけしからん。
「ああもう、あれだ。風俗でもデリヘルでも、ひとりで勝手に行ってくれ。俺は興味ない」
「ッかぁー! でたよ真面目くんアピール。いいのかよ俺だけ先に大人になっちまって」
「大人ってのはそういうことじゃねぇと俺は考えてるからな」
「平成の怪物になるぞ」
「ハッ。むしろ望むところだよ」
鼻で笑い、片手であしらう。
頬杖をつき、窓に視線を向けたことでようやく話を切り上げられたが、痛い。
まわりの、主に女性陣からの視線が痛い。
主犯は俺じゃないのに……
なんてため息をついても、状況が変わるわけもなく、
「……怪物、ね。幽霊はいるっぽいし、どうなんだろうな」
思考を切り替えるために呟いた。
窓の外には、相変わらず平和な青空と、まぶしい太陽。
そして、よくわからない黒い存在。
ふよふよと煙のようなそれは、風に吹かれて散っていく。
特に害があるわけでもないようだし、こちらもどうこうできるものでもない。
だから、ホームルームの鐘の音を、あくびを噛み殺しながら聴いていた。
その言葉が、フラグだなんて気づかずに……
それからおよそ八時間。
放課後の帰り道。
「昼じゃねぇのにクソ暑ぃ……おかしいだろ今年の夏……てかいま初夏だよな……? 死ぬだろこれ……」
ダラダラとあふれだす汗を拭い、灼熱地獄――信じたくはないが入門編――の道を歩く。
雄太はこの暑さのなか部活があるそうだ。
下ネタ大魔人のくせによくやるよ。
「あ゙ー……日陰が恋しい。風がほしい。……いや、風は熱風になるかもしんねぇから冷風がほしい。なんなら液体窒素ぶっかけてほしい。あれすぐ蒸発するらしいし」
ぶつくさと呟きながら、せっせと足を前に運び――神社の石段近くにきたときだ。
ガサッと、木陰で音がした。
カサッ、ならまだわかる。
でも、ガサッ、だ。
「……猫、とかか?」
そこは何奴!? とか言えばよかったが、この暑さだ。頭が働かない。
固くなった身体を恐るおそる動かし、音のしたほうへと近づいていく。
すると、またガサガサッと音がした。
それは神社の境内のほうへと遠ざかっていき……
「…………」
なぜだか、追いかけなくてはいけない気がした。
会わなくてはいけない気がした。
危険意識はなかった。
好奇心もなかった。
ただ、飢餓感にも似たなにかが込み上げてきて……
一心不乱に、全力で石段を駆けあがる。
吹きだす汗も、胸を焼く熱気も構わず、全速力で追いすがり……
ついに、境内についた。
咳きこむように熱を吐きだし、息を整えながら周囲を見渡す。
と、みつけた。
みつけて、しまった。
「……なん、だ、あれは……?」
黒くて丸い、イビツなナニカ。
ひとことで言えば不気味。あるいは恐怖。
手のひらサイズよりもすこし大きいそれは、宙に浮かんだまま、ギョロギョロといくつもの目玉を動かしている。
「ォ、ァあ、ズ、ルい……クぐヤしシシぃ……」
ぶつぶつと、何事か呟いて……
そして、目玉がこちらを向いた。
ギョロリと、すべての視線が突き刺さる。
見覚えがある気がする。
この風景を、知っている気がする。
他の煙とはモノが違う。
とてつもない不安を掻き立てられる。
――逃げないと。
そう思っているのに、身体が動かない。
金縛りにでもあったように、全身が動かない。
――死ぬ。
それが脳裏を掠めた瞬間、ナニカが叫んだ。
皿や黒板を引っ掻いたような不快な和音。
頭のなかをグチャグチャに掻きまわされるような痛みがする。
思わずその場に跪き、
「ぅ、オゥエエ……!」
溜めこんでいた中身が吐きだされていく。
それでも気分はおさまらない。
むしろどんどん膨れあがる。
怖い。
痛い。
フラフラする。
逃げなきゃ。
ダメだ。
暑い。
落ち着け。
寒い。
動け。
嫌だ。
死にたくない。
俺は、まだ……
「だれか、助け――」
絞りだせたその言葉さえ、ナニカの叫びに掻き消される。
死が、絶望が眼前に迫り――傾いた。
ナニカの形が崩れていく。
斜めにズレ、横に裂け、縦に割れる。
幾筋もの線が刻みこまれ、絶叫とともに塵となる。
「…………たす、かった……のか?」
目の前の出来事についていけず、呆然と溶け消えていく絶望を眺め……
「どうやら、間にあったようですね」
鈴のような声がした。
小振りな鈴のような、きれいで透き通った声。
いまだ絶不調な頭をなんとか動かし、そちらを見ると……
「白い、カオナシ……?」
真っ白なマント。
顔のような模様のついた白い仮面。
背は同年代と比べると小さいが、あの声だ。
女性と考えると……それでもかなり小さい気がする。
そんなカオナシは直立不動で、
「お初にお目にかかります。私はスールズ討伐隊日本支部第三部隊所属のサフと申します。お怪我はありませんでしょうか」
淡々とした、ただ規則で決められたとでも言うような台詞。
顔だけじゃない。
感情も見えない。
「スールズ、討伐隊?」
「はい。先ほどの怪物――スールズを狩ることが私たちの使命です」
スールズ。
怪物とサフは言った。
二次元大好きだからある程度の関係性はわかったけれど、
「あれは、なんなんだ」
「なに、と申されますと、ココロ、あるいはタマシイの具現化、という返答が正確でしょうか」
「たま、しい……?」
「はい。恨み、妬み、嫉み、辛み……様々な負の感情により生みだされる欲望の化身。それがスールズです」
「なんで、そんなのがこんなところに……」
「たしかに、スールズは人の密集した場所ほど現れやすい怪物です。ですが、どこにでも存在しうる怪物でもあります」
だからこその日本支部、そして部隊なんだろう。
ファンタジー大好きな俺だからこその順応だ。
「ひとまず、助かったってことでいいんですよね?」
「はい。ひとまずは助かったという認識で構いません。話がはやくて助かります」
……ん? なにか、聞き捨てならない言葉があったような……
「それでは参りましょうか」
そう言って、サフはくるりと踵を返す。
「行くって、どこに?」
「あなたの家です」
「俺の家」
「はい。対象の近くにいたほうが護りやすいので」
「護りやすい……」
これは、あれだ。
狙われてるとかで、また襲われるパターンのヤツだ。
「なんでこんなことに……」
どこで選択を間違ったのだろうか。
たぶん石段のとこだ。
そこ以外考えられない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます