これは、鏡の中の木之瀬ゆづなに会う前からなのだが、時々鏡をみていると不思議な感覚に襲われることがある。

 地面がどこにあるのかわからなくなる。まるで、鏡の中に吸い込まれていくような。鏡の中の自分が、何故か自分と一体化するような、そんな感覚。


 鏡の中の木之瀬ゆづなに会う前は特に気にしていなかった。


 だけど、彼女と会って、考え方は変わる。

 あれが夢でなければ、もうすぐ俺も彼女の様に……。


「いやいや、あるわけないだろ。うん」


 自分を正当化するように、俺は男子トイレを去った。

 鏡はもう、見ないようにしよう。


 ◇◆◇


「相沢さん、次、移動だよな。一緒に行くか」


 クラスメイトの前で堂々とリア充的対応をできる俺、リア充だな。


「うん♪ あ、名字じゃなくて……名前で呼んでくれると、うれしいな」


「うん。じゃあ小鳥」


「春季っ」


 相沢さんは俺の腕に抱き着いてきた。とても嬉しそうに。かわいいが、好みのタイプではないから、正直うざったい。

 周りの男子や女子は、歓喜の声を上げて、勝手に盛り上がっている。ちなみに俺は心の中では絶対名前で言わないぞ。

 学校一の人気者同士である俺たちの交際は、悔しそうにするも、反対する者はいなかった。皆、口をそろえて「あの二人ならお似合いだよね」と言う。

 また、俺たちの交際が気に入らないにしても、そこでテンションの上がったクラスの雰囲気を壊すのも、敵を増やすだけだからできないのだろう。


「あの、さ、生徒会選挙、春季は立候補するの?」


 移動中、相沢さんから期待の眼差しを向けられた。

 俺はまあな。と、軽く返しておく。

 他の生徒もいるし変に目立っているので、これは「立候補しない」なんて言えない。それに生徒会にはもともと立候補するつもりだ。逆に立候補しなかったら百人以上から「なんで?」と問いただされるだろうし。


「それ、ことりが推薦者になってもいい?」


 推薦者……つまりは、立候補者が生徒会に入るにふさわしいと理由をつけて推薦発表をする人。まあ別に、誰がやっても変わらないだろうし。


「ああ、もちろん」


 OKを出した。


 授業が終わり、俺は相沢さんではなく山崎たちのグループに割り込んだ。相沢さんも女子と話しているし、問題ない。

 山崎、青葉、桜岡の俺が最も気に入らないグループ。いつの間にか、そんなグループと俺は仲がよくなっている。

 

「お? リア充春季様がこんな所に何をしに?」


「山崎、そーやって俺をハブる気だろー?」


 俺はあくまで冗談っぽく言うと、「ちぇーばれたかー」とこちらも冗談っぽく言う。

 

「あ、そんなことより、隣の席の夏奈が言ってたんだけど」


「夏奈って誰?」


「和田だよ! 桜岡、女子の名前くらい覚えろ」


 都市伝説やら怪談やらの話題をやたらと持ってくる青葉は、にんやりとしながら声を潜めて、嬉しそうに語る。


「最近この学校、ある都市伝説が流行ってるらしいよ」


 桜岡はまたそれ?と、呆れたような、困ったような口調で眉をひそめる。

 桜岡含め俺たち3人は、こういう実際にはありもしない怪談の話とかを持ってくる青葉に呆れながらも、聞く姿勢をとる。


「時々、この学校の鏡の中に、女の子が現れるんだって」


「えっ!?」


 俺はいつもなら「いやいやそんな話、あるあるだろー(笑)」と、興味の欠片も現さないのだが、今回は違った。

 つい声を出してしまった俺を、山崎と桜岡は怪訝しそうな目でみる。


「い、いやー、なんかあるあるな都市伝説だなーっ……て、逆にビックリしたわ!」


 なんとごまかすも、青葉は目を輝かせて首をぶんぶん振る。


「いやいや、それが今回は本当に、実際にみたって、和田が言ってたんだよ」


「あはは! あいつ話盛るとこあるじゃん? 和田の気のせいだって! な、桜岡」


「だねー。さすがに青葉、真剣すぎ」


 山崎が真剣に語る青葉のことをゲラゲラ笑い、それに乗っかるように桜岡も呆れたように笑って、廊下を歩きだす。


 俺も鏡の中の女の子、見たよ。とは言い出しにくい。

 一番最初に青葉を否定する空気作り出したのに青葉に乗っかるのも絶対おかしい。


「まあまあ、青葉はまだ子供なんだから、許してやれよ二人とも」


 そんなこんなで「子供じゃねー!」と、必死に都市伝説について説明し続ける青葉の話を、俺たちは仕方なく、聞くことになっていた。そう、俺は熱心に、仕方ないから熱心に聞くことにした。


「でさ、その女の子は、自分を見た人を、その鏡の中に引きずり込むらしいんだよ」


「へ、へえー」


 じゃあ、彼女は引きずり込まれたのだろうか。それとも彼女が自分を見た人を引きずり込むのだろうか。

 だったら俺、危ない。


「お前、この話いつ終わんのー?」


「僕さ、この前学校の中庭で猫見たんだよね。どっから入ってきたんだろ」


 山崎と桜岡うるさい!

俺が仕方なく熱心に聞いてるんだから、邪魔しないでくれ!聞く耳持たずに別の話すんな!


「青葉、もうこのへんで終わりなー! あー怖かった怖かった」


 あれ?

 俺もその場の空気に流されて、自分から青葉の話を切り上げてしまった。自分でも何やってるんだかわからない。


「3人ともちゃんと聞けよー」


 怒った風にしながらも、いつもの通りなので、そこまで攻めない青葉をみていると、お前みたいな奴が損するんだよ。と、指摘したくなってしまった。


 俺はその日の放課後皆が帰ったころに、廊下の突き当りの鏡……つまりは、鏡の中の木之瀬ゆづなと出会った場所に、もう一度訪れることにした。

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