鏡
「春季、クラスの女子、どう思う? ぶっちゃけ美人揃いだと思うんだけど!」
へえ。てか今それ聞く?もうクラス替えから半年たってるだろうが。
「相沢小鳥とか、学校一の可愛さだと思うんだけど!」
体育の時間、男子更衣室はいつものように賑やかだった。
俺はこの時間が、大っ嫌いだ。
でもまあ、付き合わないと、冷めたやつと思われるし、なんか、後に引けなくなってしまったし。俺。
「まじかー、狙ってんの? そんな山崎に残念なお知らせがあるんだけど、聞く?」
俺はにんまりと笑って山崎の耳元に囁く。
「俺、相沢さんと付き合うことになった」
「は、は? はあああっ!? 相沢さんと!?」
うるっせえな。わざわざ耳打ちしたのにそんな大声出すなよ。
とは言わず、俺はまた、ほくそ笑んでに山崎を見下す。
彼女と付き合うのは簡単だった。
「俺と付き合ってください」
「はい!」
当然だ。学校一の美少女である彼女が、学校一の人気者(らしい)である俺の告白を断るはずがなかった。
断られたら断られたで話題になってよかったけど、付き合うことになったのなら、話題としては今までで最高になるかもしれない。それは相沢さんだって同じなはず。
「高塩くんって、人気者だよね。誰に対しても友好的というか、すごいし! それでも私を選んでくれて嬉しいなっ」
キャピキャピしてるなー。
私が選ばれて当然だよね的な天然装ったブリっ子全開彼女。これで女子にいじめられないとかお前の"友好的"の方がよっぽどすごいよ。
山崎も、相沢さんも、俺の嘘のための道具でしかないんだ。可哀想なんて思わない。だって、嫌いだし。
二人だけじゃなく、クラス全体が嫌いだ。クラスの雰囲気そのものが。昔はそんなではなかった。別に付き合ってやってもいいかなーとか、まあそんな感じ。でも――。
木之瀬ゆづなの存在を、完全に無視しているこのクラスの雰囲気が、どうにも許せない。
それでも俺は、なるべく自分の嘘に隠れて、この雰囲気を守っている。なんという矛盾した心だろうか。
最近は、自分の言動が嘘か本当なのかも、よくわからなくなっている。
中学の頃、不良で一匹狼で、誰も寄り付かなかった高塩春季と、高校に入った瞬間、誰にでもいい顔見せて、クラスどころか学校一の人気者みたいになった高塩春季を、誰が同一人物だというのだろうか。
嘘をつき続けて後者の自分になっていくうちに、これがいいことじゃなくても、もうなんかいいやと開き直る。
そんな投げやりな生活をして1年と半年、生徒会選挙も話題にあがってきた今日この頃、俺は日直の仕事で夕方まで残っていた。日直の日は1人になれるからなんだか帰りが楽でいい。
教室の鍵を閉めて、今度は廊下の窓を閉める。
その時だった。
「……助けて」
空耳ではない。確かに聞こえた。【あの子】の声が。
「木之瀬さん?」
辺りを見回しても、彼女らしき人物は見当たらない。しんと静まり帰った廊下が、随分と長く感じる。それはこの2年A組が2年の校舎で一番奥の教室だから、ではないと思う。
誰もいないはずなのに、確かに聞こえたのだ。その声が。
「私の声、聞こえるんですか……?」
「聞こえる……けど」
俺は、振り向きたくなかった。
だって声がした後ろには――。
「私はここです」
鏡しかないはずなのに。
振り向いた俺は、ぞっとした。冷ややかだった寒気が、一気に凍り付いて、俺の体を硬直させた。
「高塩くん……お願いします」
鏡の中に、行方不明中のクラスメイト、木之瀬ゆづながいた。鏡の中”だけ”に。
俺は、声を出すことが出来なかった。うまいことこの場を見なかったことにする嘘なんて、存在しない。頭をフル回転させても、今みていることは、事実でしかない。
どんなに辺りを見回しても、 鏡の中にしか人はいない。1人であるはずの鏡の中に、2人も存在しているのだ。
清楚で古風な長い黒髪を、耳の後ろにピンでとめている。清潔感漂う彼女の立ち振る舞いは、明らかにあの、木之瀬ゆづなだった。
彼女は鏡と現実の境目に手を触れながら、閉じこまれた鏡の中で、確かに俺にこう言った。
「これ以上、嘘をつかないで――」
その後俺がどうしたかは、覚えていない。
彼女の俺をまっすぐ見つめる瞳と、最後に言ったあの言葉だけが、脳裏に焼き付いていた。
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