第5話旅のお供に
桃太郎との戦いから半年の月日が流れた。
俺は人間の里の茶屋で団子を食っている。 傘をかぶって角を隠し、大口を開けて牙が見えぬよう気を払えば存外鬼だとは気づかれない。
茶屋の女給も他の客たちも、まさか鬼が堂々と団子を食いにやってきているとは思うまい。
そんな俺に声をかけてくる軽薄そうな金ぴかな男が一人。
「やあ、鬼丸っち! どうだいここの団子は」
「人前で鬼丸っちはやめろ。俺の正体がバレるだろうが」
「えー! つまり人前じゃなかったらいいんだー?」
「意味深な言い方もやめろ……まあ団子の味は悪くねぇな」
「給仕の女の子も可愛いしね!」
「そこは全面的に同意する」
女給に桃太郎がにこやかに手を振ると、女給はポッと顔を赤らめて手をふりかえしてきた。ちょっとうらやましい。
あの戦いで、俺は……桃太郎に敗北した。
そして果たし状の約束通りに死ぬ……はずだった。
しかし桃太郎はそれを拒んだ。
「いやー、こんなに楽しい戦いをした相手を殺すはないでしょ。鬼ヶ島の開発については先延ばしにしといてあげるから、またいつでもかかっておいでよ、鬼丸っち」
また生き延びてしまった。
桃太郎からというのは不本意の極みだが、向こうから直々にかかってこいというのだ。元々プライドなど捨てている。可能性があるならどこまでも縋りついてやる。
この半年間で、桃太郎とは7回の果たし合いをしたが未だに勝てたことがない。悔しい気持ちはあるが、どこか充実感もあった。恨みと憎しみが渦巻いていた修行時代では感じられなかった……本気でぶつかり合える存在。
それに桃太郎の提案は、暗に、俺が挑戦を続ける限り鬼ヶ島の開発を止められることを意味していた。
戦い続けることに意義がある。
それだけで救われる気がした。
そんなある日、桃太郎から果たし合いとは別件で用事があるといってきた。現在全敗中の身としては無碍にもできない。指定されていた茶屋へと向かい、団子を食いながら待っていたところに、桃太郎がやってきて今に至るというわけだ。
桃太郎は注文したおしるこを一啜りすると、話を切り出した。
「実はさ。ぼく、また旅に出ようと思うんだよね」
「ほう、どこへ行くつもりだ?」
「いや、どことかはわかんないんだけど……ほら、ぼくのコレあるじゃない?」
桃太郎は自身の額を指さした。
桃のマークがあしらわれたハチマキがあるが、言っているのは鬼化したときの角のことだろう。
「そろそろ知っときたいと思うんだよねー、自分の生まれというかルーツというかさ」
「おまえ、川から流れてきた桃から生まれたんだろ? じゃあ桃の木がルーツなんだろうよ」
「そうなんだろうけど、それだけじゃコレの説明つかないじゃん。だから、探しに行こうと思うんだよ。ぼくが生まれたと思われる桃の木を」
確かに桃太郎の正体は依然としてよくわからない。普段は人間の姿だが、俺と戦ったときのように鬼の姿にもなれる。もちろん俺は人間の姿にはなることができないし、俺の仲間にもそんなやつはいなかった。
桃太郎は人間なのか、鬼なのか。それとも別のなにかなのか。
なるほど。興味をそそられる話ではある。
「で、どうやって探すつもりだ」
「うん、とりま婆さんがぼくを拾ったっていう川を辿っていけばなんとなかなるかなって」
「いい加減だな……ま、頑張れや」
俺が心にもないエールを送ると、桃太郎はきょとんとした顔でこちらを見た。
「いや君も行くんだよ、鬼丸っち」
「はあ? なんでだよ?」
「ほら、旅は道連れ世は情けっていうじゃない。一緒にきてよ」
「だからってなんで俺だよ。他にもいるんだろ? 鬼退治した犬猿キジとかよ」
「犬は芸能界デビューしてケツカッチンだし、猿は大切な家庭を二つ掛け持ちしてそれどころじゃないし、キジは異世界に飛ばされてハーレム生活してるし……とにかく君しかいないんだ!」
「お前の話より犬猿キジの話の方が気になってきたんだが」
俺は大きくため息をついた。
全敗男の俺が断れるわけがない。
それに桃太郎が旅に出ている間は、果たし合いもできなくなる。だったら、一緒について行った方が幾分か退屈しないだろう。
桃太郎の秘密も、決して俺に関係のないものとは言い切れない。
鬼になれる桃太郎のルーツだ。
鬼に関する秘密も含まれていてもおかしくない。もしかすると俺が知らないだけで、他にもひっそり暮らしている鬼がいるかもしれない。
過去の因縁に縛られるだけでなく、そろそろ未来のことを考えてもいいのかもな。
「いいぜ。お前のルーツ探しに付き合ってやるよ」
「さすが、鬼丸っち!」
「だから鬼丸っちはやめろ」
桃太郎を窘めると、俺は皿に残った最後の団子――きびだんごを口に放り込むのだった。
おしまい
桃太郎 -オーガサイド- 10介 @narou_10suke
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