第4話決着
俺は海面から飛び出した。
桃太郎の姿を探すと、砂浜で『鬼切』を構えて立っているのを視界に捉えた。
地上へと上がる瞬間を狙ってくるかと危惧していたが、野郎は金ぴかのふざけた格好だ。水に濡れれば衣服が重くなる。スピードが自慢の野郎からすると、絶対に避けたいところだろう。
俺は波打ち際に着地すると、海中で取り外しておいた籠手を投擲。同時に桃太郎に向かって走り出す。
中距離からの攻撃は想定外のはず。
『鬼切』で受け流したところを、力一杯殴り倒す!
しかし桃太郎は『鬼切』を使わなかった。 使ったのは『鬼切』の鞘。
左手で腰から引き抜き、投擲された籠手を打ち落とす。
くそ! 涼しい顔して奇襲をやり過ごしやがって!
だが、この中途半端な間合いで退くわけにもいかない。俺は拳を握りしめた。
桃太郎も『鬼切』で迎え撃つ態勢に入る。
両者の攻撃が交差する寸前、俺は口に含んでいた海水を桃太郎の顔面めがけて吹きかける。
これには流石の桃太郎も対応ができず、諸に海水を喰らってしまう。さっきの目潰しの意趣返しだ。ご要望通り真似してやったぜ、桃太郎。
塩水が目に染みて怯んだところに、右アッパーが桃太郎の顎に直撃。今度は受け身をとることも叶わず、桃太郎は砂浜へと背中を打ち付けるようにして倒れる。愛刀『鬼切』が宙を舞い、遙か後方で地面へと突き刺さった。
鬼の筋力で二度も殴られた。
それも二度目は顎にだ。
しばらくは脳震盪で動くことも出来まい。この勝負……俺の勝ちだ。
勝利を確信した次の瞬間。
信じられないことが起きた。
桃太郎が立ち上がったのである。
すでに満身創痍には違いないが、まだ勝負を終わらせまいと、両の足が桃太郎を戦場へと繋ぎ止めようとしている。
だが、真に驚くべきはそこではない。
桃があしらわれたハチマキがするりとほどけた後、桃太郎の額から一本の突起物が生えてきたのである。
あれは間違いない……鬼の角だ。
野郎の人間離れしたスピードに違和感を覚えなかったわけではない。だが鬼の敵だという先入観から、その可能性を無意識のうちに外してしまっていた。人間の中でも特別に優れた存在なのだと勝手に信じ込んでいた。
桃太郎……野郎は人間じゃない。
俺たちの仲間――鬼だ。
桃太郎は鋭い一角を携えた獣と化し、敵である俺を倒さんと睨んでいる。
俺は吐き捨てるように笑った。
「まさか桃太郎が鬼だったとはな……だが、そんなことは些末なことだ。お前が人間だろうが鬼だろうが神だろうが、俺の仲間を殺したのは疑いようのない事実! 決着をつけようぜ、なあ! おい!」
桃太郎が地を蹴った。
鬼の姿になったからだろう。とてつもない跳躍力で一気に間合いを詰めてくる。
こうなったらとことんやるしかねぇ……やるしかねぇよな!
猛スピードで突っ込んでくる桃太郎にタイミング合わせ横蹴りを喰らわす。だが直撃するや否や、桃太郎は蹴り出した足にすがりつき、鬼の鋭い牙で噛みついた。
鋭い痛みに悶絶しながら、桃太郎を引き離そうと足下に拳を振り下ろす。
それを待っていたかのように、桃太郎は額の一本角で拳を受けた。指の隙間に角がえぐり込み、俺は叫声を上げてのけぞった。
さらに桃太郎は下から撫で上げるように一本角で、俺の身体を切り裂く。胴体から顎にかけての鋭い一閃。だが鎖帷子を着ているから大したダメージにはならない。
いい加減腹が立ってきて、俺は桃太郎の顔を右手で思いっきり掴んだ。
「ぶんぶん振り回しやがって! 調子に乗ってんじゃねぇえ!」
アイアンクローの要領で桃太郎の頭を砂浜へと叩きつける。固い地面なら今ので確実に逝っただろうが、柔らかい砂浜だ。油断はできない。
ダメ押しに右ストレートをお見舞いしようとしたところ股間に鮮烈な衝撃が走る。桃太郎が俺の急所を思いっきり蹴り上げたのだ。
股間を押さえてうずくまる俺。桃太郎はよろよろと立ち上がって、どこかへと歩いて行く。その先には父の形見の金棒『金剛力』があった。
まずい。ここで野郎に武器が渡ったら太刀打ちできねぇ。
何かないかと必死に周囲を見渡すと、地面に突き刺さった桃太郎の愛刀『鬼切』が目にとまった。
……剣術なんてやったことねぇんだけどな。
内心ぼやきながらも、身体をひきずりながら『鬼切』を引き抜く。ちょうど桃太郎も『金剛力』を手にしたところだった。人間の身ならともかく、今の桃太郎は鬼の身だ。『金剛力』の重さでも十分扱えるだろう。
武器を持ち替えての立ち合い。
互いのダメージから考えても、これが最後の一撃になる。
桃太郎はどうやって構えてたっけな……?
剣の扱いについて考える余裕はない。とにかく力一杯振るしかないだろう。中途半端に真似して負けるよりはよっぽどマシだ。
俺と桃太郎が同時に駆け出す。
死力を尽くした互いの一撃が交差し……しばしの静寂。
一方が膝から崩れ落ちるように地に伏した。もう一方は武器を手から滑り落として、放心したように空を仰いだ。
波の打つ音だけが聞こえていた。
何度も何度も絶え間なく、聞こえていた。
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