第3話鬼丸VS桃太郎

 最初に動いたのは俺だった。


 金棒『金剛力』を振りかざし、桃太郎めがけて叩きつける。


 鬼の腕力は大型動物並。


 人間が熊や獅子と力比べをして勝てるはずがない。だからこそ長い間、鬼は人間より上の立場に居座ることが出来た。


 いくら桃太郎といえども人間であることに変わりはない。


 『金剛力』の重い一撃を受ければ、まともに立つことはできない。


 しかし『金剛力』は空を切った。


 桃太郎がいない……と気づくや否や脇腹に鋭い痛みが走る。


 続けざまに背後から迫る殺気。


 俺はとっさに左腕でガードを固めるが、迫ってきているのは、幾百もの鬼を屠ってきた名刀『鬼切』。


 左腕はもらった。そう桃太郎はほくそ笑んでいるに違いない。


 悪いな。そうは問屋が卸さないんだよ!


 ガキンッ! 鈍い音が響き渡る。


 左腕に『鬼切』が弾かれ、桃太郎は大きくのけぞった。表情には驚きの色が見てとれる。


「へっ! その顔が拝みたかったんだ!」


 『金剛力』から手を離し、桃太郎の顔面めがけて渾身の右ストレートをお見舞いする。桃太郎は吹き飛ばされるも受け身をとって、即座に『鬼切』を構え直す。


「とりあえず一発、返させてもらったぜ」


「……驚いた。君、着物の下になにか着込んでいるね? 鬼がそんな小細工を弄するとは想定外だ」


 桃太郎に指摘されたのを不敵な笑みで返す。


 そう、俺は着物の下に籠手と鎖帷子をつけている。どちらも人間から奪って、自分用に仕立て直したものだ。


 鬼は防具を身につけない。


 それが身体能力に優れた鬼の矜持であり、慢心が生んだ暗黙のルールだ。防具で身を守るなど、自らの肉体が貧弱だと言っているようなもの。鬼の世界では恥ずべき行為として浸透していた。


 だが、俺はその暗黙のルールを破った。


 鬼のプライドを保ったまま桃太郎を討つ。


 なるほど、それが出来れば何よりだろう。


 だが、その桃太郎は俺の仲間が総掛かりで向かっても勝てなかった相手だ。プライドなど気にしてはいられない。


 だから俺は人間の防具に頼るのもいとわない。人間には人間の戦い方があり強さがある。鬼ヶ島のことでそれはよくわかった。


 まずは敵の強さを認める。


 そうすることで見えてくる可能性がある。


 山ごもりをしたことでたどり着いた境地の一つだ。


 そして今の攻防でもう一つわかった。


 父の形見の金棒『金剛力』。これは桃太郎には通じない。


 桃太郎の恐るべきは、そのスピード。


 俺が金棒を振り下ろすよりもずっと早く動くことができる。そして見事死角へと入り込み、すれ違いざまに一発の斬撃を浴びていった。


 いくら『金剛力』のパワーが凄くても当たらなければ意味がない。動きを鈍くするただの重石だ。


 だったら、いっそ武器など持たずに拳一つで迎え撃った方がいい。現にさっきは一発お見舞いすることができた。


 素の力比べならこっちに分があるんだ。


 大幅にパワーを落としてでも、確実に攻撃を当てることに専念する。下手にパワーに固執しないことが桃太郎攻略の鍵だ。


 桃太郎は殴られた頬を金ぴかの袖で拭って、ペッと血を吐き捨てる。そして大きく口元を歪めて笑った。


「いいね……いいねいいね最高だね! ぼくを倒すためなら手段を選ばない! 今までにいなかったタイプの鬼だ……いっそう楽しくなってきた!」


 桃太郎がこちらに向かって駆けてくる。


 やることは変わらない。籠手で受けて、のけぞった隙に殴る。万が一籠手ごと斬られても構わない。その時はその時。肉を切らせて骨を切れ、だ。


 どっしりと腰を構えて、桃太郎の剣先を追うのに注視する。動きは速いが、攻撃を捨てて意識すればついていけない程じゃない。


 しかし『鬼丸』を袈裟切りに振りかざす寸前。


 思いっきり砂浜の砂を蹴り上げた。


 桃太郎の動きを見ることに集中していた俺は、眼球にもろに砂のつぶてを喰らってしまう。


「ぐっ……目潰しとは卑劣なっ!」


「ハハハ! これがぼくら人間の戦い方さ! ほら、悔しかったら真似してごらんよ!」


 目が見えないことをいいことに、俺の身体に乱れるような剣戟をぶつけてくる。。


 鎖帷子が守ってはくれているが衝撃までは抑えきれない。名刀『鬼丸』もいわば鉄の塊だ。素早い動きから繰り出される剣技は、金棒で何度も殴りつけられるのに匹敵する威力がある。


 これ以上はまずいっ!


 俺は右も左もわからなかったが、とにかく波の音がする方へと一目散に駆けだし飛び込んだ。幸いにも海のある方角で合っていたようで、視界を奪っていた砂を洗い落とすことに成功する。


 しかし桃太郎に何度も打たれた傷に海水が染みる。息もそう長くは続かん。次の手を考える時間と余裕はなさそうだ。


 さて、どうしたもんか……。


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